2020年2月27日木曜日

モーツァルト:交響曲第36番ハ長調K425「リンツ」(ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団)

モーツァルトを得意としたブルーノ・ワルターは、晩年の頃にコロンビア交響楽団を指揮して交響曲の再録音を行った。コロンビア交響楽団は録音用に結成されたか、もしくは名前を変えたオーケストラだが、アメリカ人の楽団員に理想的なモーツァルトの何たるかを、短時間で教え込むのは大変だっただろうと思われる。このリハーサル風景を記録した録音があった。タイトルは確か「The Birth of A Performance」となっていたように思う。

交響曲第36番「リンツ」は、比較的長いアダージョの序奏があるのが特徴である。その序奏部分を丁寧に、かつ手際よく指示して、またたくまに音色を変えてしまうその様子は、雑然としたモノラル録音からも聞き取れた。冒頭の音を一小節ごと弾いては止め、止めてはまた繰り返す。音の長さや強さ、そしてその間隔を細かく指示していくのである。

この録音はCDになって、たしか六大交響曲のCD(輸入盤)にも付録として付けられていたため、私は懐かしく思い購入した。今では弟に譲ったまま帰ってこなくなってしまったが、「リンツ」の録音はこのワルターにつきると今でも思っている。特に第2楽章が絶品だ。練習の成果が、見事に表れている。モーツァルトの歴史的演奏は、このようにして誕生し、今でも高い評価を受けている。

「リンツ」はわずか4日で作曲されたモーツァルトの傑作である。リンツとはブルックナーゆかりのオーストリア第3の都会で、私も地図帳を広げるたびこの街に興味を持ち、この交響曲のように素敵な街だと想像しながら、まだ一度も行ったことがない。モーツァルトは1783年にこの地を訪れ、この曲を作曲した。緩やかに始まる序奏が終わると、幕が開くように第1楽章の主題が顔を出す。典型的なソナタ形式である。ワルター独特のポルタメントがここでも光る。

第2楽章アンダンテの美しさは例えようがない。ここの演奏をワルターは慈しみに満ちながら、弦楽器をエレガントに響かせる。この曲は飾り気がなく、それでいて高貴でなければならない大変難しい曲だと思う。いい演奏で聞けば、これほど素敵な音楽はないのだが、そう感じる演奏は非常に少ない。ワルターは、やはりモーツァルトの本質をわかった人だと思うのは、私の場合この曲によってである。

第3楽章のメヌエットも昔風のゆったりとした演奏で、この辺りはさすがに古めかしくもあるのだが、いまとなってはあまり聞くことのできない演奏のスタイルを、かえって新鮮に思う人も多いのではないか。私も何度かこの曲を実演で聞いてはいるが、こんな懐古的演奏には出会うことはない。

終楽章を含め、この曲の調性はハ長調。先日触れた第34番や「ジュピター」、ピアノ協奏曲「戴冠式」などが同じハ長調である。モーツァルトのハ長調は、無色の素地がそのまま表れる。だから、表情付けが難しいのではないかと想像している。その結果、いい演奏とそうでない演奏が鮮明になる。指揮者の個性がストレートに表れるとでも言うべきか。たとえばあのクライバーのビデオなどは、神経質すぎて見ていられない。一方、ベームやテイトのような職人的指揮者は、この曲を正確に把握し、その曲の魅力を引き出すことに成功している。スタジオ・モニター用ヘッドフォンのように、モーツァルト演奏をピュアに判断する基準は、このようなハ長調の作品だと感じている。


(追記)
コロンビア交響楽団とのステレオ録音による演奏は1960年のものである。他の交響曲とカップリングされているものは、たいていこの演奏だが、上記で触れたリハーサルは1955年になされている。この際に録音されたと思われるのがモノラル録音でリリースされている。ステレオの方は弦楽器がやたらキーキー鳴り、分離され過ぎた低音がボワッと響くなどちょっと聞き苦しい時もある。演奏の方もワルターが若いからか、旧盤の方が引き締まっている。私が持っていた3枚組のCDには、この「リンツ」だけ1955年のものも収録されていたように思う。

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