ちょうど14年前に息子が生まれたときも、このような抜けるような快晴だった。立春を過ぎたとはいえ強い北風の吹く寒い日で、そのことが陽射しの多さを私の記憶の中で印象的なものにしている。暖冬と言われる今年の冬も、ここへきて寒気団が南下し、東京も真冬の寒さを取り戻した。そんななか、私は妻と共に一年ぶりとなるオペラの鑑賞に向かった。
歌劇「セヴィリャの理髪師」は我が国でも人気のある演目で、毎年どこかの団体が公演しているようだし、新国立劇場でも1998年以来数年おきに、この作品が上演されている。今回のヨーゼフ・E・ケップリンガーによるプロダクションも、2006年、2012年、2016年に続く4度目の上演ということのようである。
今回の上演の目玉は、何といってもロジーナを歌う脇園彩(メゾ・ソプラノ)で、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル出身の彼女はすでにミラノ・スカラ座でこの役を演じているというから、たいしたものである。そして標題役フィガロには フランス人のフローリアン・センペイ(バリトン)、アルマヴィーヴァ伯爵にはアメリカ人のルネ・バルベラ(テノール)、ドン・バジリオにはイタリア人のマルコ・スポッティ(バス)、バルトロには同じくイタリア人のパオロ・ボルデョーニャ(バリトン)が務める。この4人はいずれも、新国立劇場には初登場らしいが、現在この作品を上演するとしたら、もっとも旬に乗ったキャストであるとの触れ込みである。
余裕を持って出かけたはずが、気が付いてみると開演5分前だった。2階の左脇最前列のA席は、発売と同時に確保していた。4人の人の前を通って自席につくと、早くも指揮者のアントレッロ・アッレマンディが登壇。ピットに入った東京交響楽団が有名な序曲を演奏し始めた。
最初の一音を聞くと、それは適度に抑制され、ああこれはあのアバドがヨーロッパ室内管弦楽団を指揮したような感じだと思った。テンポを少し速く取り、窮屈にならない緊張感を維持しながら、木管やホルンを歌わせていく。音を大きくしないが、2階席からはオーケストラの音が直接響いて良く聞える。これが歌とどう調和するか、聞きものである。
舞台は早くも幕が上がり、回転台に乗せられたセヴィリャのアパートの内部断面となったり、表になったり、慌ただしい。右脇にはネオンを伴った娼館があって、ここを経営してるのが小間使いベルタ(ソプラノの加納悦子)だという設定らしい。ブックレットによれば、設定はフランコ政権下のスペインで、みな意味ありげな服装をしている。つまり、ロッシーニの音楽なのに舞台は垢ぬけない。なのに、とてもカラフルではある。
序曲の間から登場人物が舞台に揃い、それぞれ何やら象徴的な仕草を見せてはいるが、これがどうも舞台の大きさに比して小賢しく、興がそがれる。以降、この舞台での欠点は、それぞれの登場人物がする仕草が細かすぎて、何かを主張するには説得力がなく、全体の流れにうまく乗り切れない印象を残した。音楽が素晴らしいのに、演技が小さいと思ったのは私だけだろうか。
テレビ画面で見るオペラは、小道具に至るまで細かく演出され、それをアップで写す。だがこのような大舞台で見る場合には、観客の視線を象徴的な一点に集める工夫が必要だ。饒舌すぎる演出は散漫となる。加えて我々は、字幕を追う必要がある。この字幕が大変で、長すぎると読みづらく、短すぎると心情が伝わりにくい。視線を切り替える回数を減らす工夫から、複数の人物の会話を一度に表示するから、読み終えると実際の会話よりも先に理解してしまう。ロッシーニのような会話の多い舞台では、これはもう避けられないと言うべきか。
以上、批判的なことを多く書いたが、これは以下に述べるこの舞台の素晴らしさを語る上で妨げにならないようにするためで、音楽的にはこれほど見事なロッシーニの舞台を見たことがない。今回の上演の特筆すべき点は、高水準の歌手が揃ったことによる歌の饗宴ということになる。
特にロジーナの脇園彩は、オペラの中でも最も有名なアリア「今の歌声は」で、自信に満ちた声と演技を披露した。彼女が出てきた瞬間に、何か舞台が急に変わった。このオペラでは脇役を除き、女性は彼女ひとりである。そのことが一層、彼女の存在感を際立たせた。オーケストラがピタリと寄り添いながらも、音楽の道筋を弛緩することなく進めてゆく。いわば理想的な伴奏に彩られて、彼女は一階と二階を行ったり来たり。運命に逆らってでも意志を通す新しい人間像は、モーツァルトから受け継がれている。
脇園は第2幕でも再びアリア「愛の燃える心に」を歌うが、ここでの彼女も実に堂に入ったもの。会場から間髪を入れずブラーヴァが飛び盛り上がる。これを受けるアルマヴィーヴァ伯爵のルネ・バルベラが、私には印象深い。彼の歌は何といっても第2幕終盤で歌う超技巧アリア「もう逆らうのをやめろ」につきる。あまりにも難しいため省略されるのが慣例だったこのアリアが復活したのは、ロッシーニ・ルネッサンスが定着した1970年代に入ってからだったという。ここの部分を聞くと、フローレスがMETで歌った圧巻の歌唱を思い出す。
この日の公演でもっとも大きな歓声に包まれたのは、ドン・バジリオを歌ったマルコ・スポッティだったかも知れない。ただ、フィガロのフローリアン・センペイといいバルトロのパオロ・ボルデョーニャといい、すべて歌手の水準が高く、しかも安定していた。男声がオーケストラの音と混じって早口で歌うと、どこどなく音が籠ってしまう。もしかすると1階席で聞いていたら、そういうことも少なかったのかも知れない。だが、絶妙なタイミングで飛ぶブラボーは、3階席から多く聞かれた。
オーケストラから聞こえるべきギターやチェンバロの音は、少し小さすぎて物足りなかった。嵐のシーンなどは、舞台がくるくる回転しながら、非常に饒舌にいろいろな動作があったが、この部分でコーダに向かう物語の転回もまた、こういった物語の特徴のはずだ。だが、今回の演出はあまりに何もかも詰め込み過ぎで、ストーリーにメリハリが欠ける。このことに最大の不満が残るのが惜しい。それはあの有名なフィガロのアリア「私は町の何でも屋」の歯切れの悪さでも見て取れた。
少なくとも音楽に関しては、非常に高水準の「セヴィリャの理髪師」であったことには違いない。さすがに2階の席で聞くと、あの早口の重唱も音楽に乗って、ちゃんとロッシーニ・クレッシェンドになって聞こえてくる。カーテンコールに何度も応える歌手やオーケストラの横顔を見ていると、今回の公演も満足の出来栄えだったのだろうと思った。
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