2020年4月25日土曜日

ベルリーズ:交響曲「イタリアのハロルド」作品16(Va:ピンカス・ズーカーマン、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団)

ある人がデュトワのヴィオラ独奏付き交響曲「イタリアのハロルド」は名演だ、と言った。この人は専らドイツ音楽が好きな人で、ベルリオーズなど聞くような人ではないから不思議に思ったが、やがて合点がいった。確かヨーロッパだったかへの出張帰りの直後で、おそらく機内のオーディオ・プログラムで最新リリースの演奏を聞いたのだろう。「イタリアのハロルド」は幻想交響曲に比べると有名ではなく、地味である。ただヴィオラの独奏が協奏曲のように加わっているのが興味深かった。その時から、私も「イタリアのハロルド」を聞くときには、デュトワの演奏にしようと思っていた。

けれども聞いたこともない曲のCDを買うのは勇気のいることで、何せ1枚3000円近くもするCDの新譜は、学生の私には大変な出費だった。結局それから何十年もたって、私はようやく「イタリアのハロルド」を聞くことになった。デュトワの演奏は1987年の録音で、ヴィオラ独奏はピンカス・ズーカーマンである。

ヴィオラ付きのオーケストラ作品は非常に珍しいが、この曲はあのヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ、パガニーニの依頼により作曲されている。パガニーニはヴィオラも弾いていたということだろう。パガニーニは幻想交響曲を聞いて感動し、ヴィオラのための作品を依頼したのだ、とのことである。やがてパガニーニはこの曲を聞いて大いに感動し、大金を差し出した。これに感動したベルリオーズは、劇的交響曲「ロメオとジュリエット」をパガニーニに献呈した、と音楽史には書いてある。

パガニーニが自らヴィオラを弾いて、この曲を演奏したことがったかどうかよくわからないが、ヴィオラの技巧を示すというよりも、より純音楽的な意味でこの曲の持つ牧歌的な味わいは捨てがたい。ビゼーの交響曲などにもつながるような自然なリズムが、聞く者を魅了する。だが不思議なことに、どんな演奏で聞いてもそう感じるわけではない。少なくとも私の場合はそうだ。

ベルリオーズの作品についていつも思うのだが、演奏がしっくりくるときにはとてもいい曲に聞こえるのに、つまらない演奏で聞くと何かぼやけて捉えにくい。私の経験では、ミュンシュやデュトワ、それに小澤征爾の演奏がしっくりとくる。この「イタリアのハロルド」に関しては、知る限りデュトワの演奏しか思い浮かばない。

「イタリアのハロルド」の4つの楽章には、それぞれ標題が付けられている。

  第1楽章「山におけるハロルド、憂愁、幸福と歓喜の場面」
  第2楽章「夕べの祈祷を歌う巡礼の行列」
  第3楽章「アブルッチの山人が、その愛人によせるセレナード」
  第4楽章「山賊の饗宴、前後の追想」

このうちもっとも印象的なのは、のどかな田舎のお祭りを思わせるようなリズムの第3楽章ではないだろうか。オーボエによる主題がメランコリックに響くとき、私はどこかにひとり旅をしているような気分になる。やがてヴィオラが絡んでは来るが、その様子は控えめであるのが好ましい。

そう、この曲はヴィオラが目立ち過ぎてはいけないのだと思う。あくまでオーケストラが主体で、そっと寄り添うのがいい。もっと言えば、ベルリオーズの作品全体に言えることは、かなり多くの場面で独奏楽器による表現が目立つものの、全体の調和を乱してはならないことだろう。指揮には絶妙のバランスとパースペクティブが求められる。

第1楽章の序奏がまるでワーグナーの楽劇のように静かに始まって、 やがて主題がヴィオラによって奏でられるとき、いい演奏で聞くと胸が締め付けられるような懐かしさがこみあげてくる。若い日の頃を思い出すかのように、遠くを見つめ、しばし当時触れた景色などを回想するような部分は、ゆっくりと情緒を込めて欲しいと思う。

第2楽章の心地よい巡礼者の行進を聞きながら、私は晩春の陽の中をひとり散歩している。眠気を誘うにはまだ少し寒い今年の4月は、世界的な感染症のパンデミックによってすべてが静止してしまった。静止画のような風景の中で、耳元には静かに音楽だけが聞こえている。ここでズーカーマンのヴィオラは、技巧的であるというよりは余裕のあるさりげなさで、デュトワの柔らかくも優美なセンスに上手く溶け合っている。

マゼールの演奏聞くとやかましいだけの第4楽章も、この組み合わせによる表現は秀逸だ。絢爛華麗な曲だが、幻想交響曲のような毒性はなく、エキセントリックな演奏ではもたない。従ってデュトワのような見通しの良い演奏が望ましい。前の楽章のメロディーが回想されるが、もはやヴィオラの独奏がほとんどないのもこの曲の面白い特徴だろう。

なお、このCDには序曲「ロブ・ロイ」が含まれている。この序曲も牧歌的なオーボエのソロが印象的で、どことなく「イタリアのハロルド」の延長のような趣きである。やはりデュトワの全体を俯瞰した曲想が、ゆとりをもって聞き手に届く名演だと思う。

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