
「ローマの謝肉祭」の演奏は、しっとりと落ち着いたものもあるが、ミュンシュの演奏のように賑やかで速い演奏が結局は楽しい。「ローマの謝肉祭」に限らず、ベルリオーズの音楽全般にそういう傾向がある。バランスが難しいとでも言おうか、激情的な演奏は何度も聞くと飽きるし、ゆっくりとした演奏はつまらないと感じることがある。集中力を保つのが難しいとも言える。
ミュンシュの指揮した序曲集は激しい方の部類で、ベルリオーズの音楽のある種の側面を表現し尽つくしているが、ベルリオーズの音楽の特性がよく計算されており、破綻しているわけではない。大人しいデュトワやC.デイヴィスによる正確で理知的な演奏よりも、しばしば好ましい。ただ録音が古くて奥行きに乏しく、何かおもちゃのように聞こえてしまうのが惜しい(この点はリマスタ技術によりかなり改善されている)。
二つの歌劇の序曲、すなわち「ベアトリスとベネディクト」と「ベンヴェヌート・チェルリーニ」は、序曲のみが有名だがこれらの音楽からほとばしりですキラキラとしてダイナミックな音感は、ミュンシュとボストン響の黄金時代を思わせる驚異的なアーティキュレーションによって、聞く者を唖然とさせる。他の演奏で聞くと別の曲のように聞こえる。序曲「海賊」でも同じだ。大盛況に終わったコンサートのアンコールを聞くような熱くてストレートな演奏に興奮する。これらの作品と演奏で、ベルリオーズのファンになれるかも知れない。
序曲のうちいくつかを欠いているものの、他の作品で演奏される管弦楽曲を、このCDは収録している。歌劇「トロイ人」より「王の狩と嵐では、その表現の美しさが際立っている。「トロイ人」は非常に長いオペラで、初めて聞いただけではどんな音楽があったのか思い出せないのだが、こういう部分があったのかと気付かされる。同様に交響曲「ロメオとジュリエット」の中のスケルツォ「マブの女王」も息をつかせず走り抜ける名演で、曲の面白さに感銘を受ける。全般に他の演奏では味わえない興奮と楽しさを感じることは間違いない。なぜ、他の演奏はつまらないのかと思う。魔法のようだ。
ミュンシュの演奏を聞いていたら、若き小澤征爾の代表的な著作「僕の音楽武者修行」を思い出した。この文章にはブザンソンの指揮者コンクールで優勝した後、ミュンシュの弟子として練習に立ち会えたこと、そのことがもとでタングルウッドの音楽祭にも参加することができるようになったことなどが、瑞々しい感性で綴られている。ボストン交響楽団の音楽監督に登りつめる小澤の音楽は、その原点にミュンシュの存在が大きく影響しているのは確かである。
なお、この序曲集には、 序曲「ウェーヴァリー」作品2、序曲「宗教裁判官」作品3、序曲「リア王」作品4、序曲「ロブ・ロイ」が含まれていない。これらを含む完全な序曲集は、シャルル・デュトワやコリン・デイヴィスの演奏で聞くことができる(序曲「ロブ・ロイ」は後述する「イタリアのハロルド」に収録)。特にデュトワによる演奏は冷静で整っているが、フランス風の軽やかなサウンドも持ち合わせていて、デッカの録音もいい。一方、ここで取り上げたミュンシュのディスクには、最後にサン=サーンスの交響詩「オンファーレの紡車」も収録されている。
【収録曲】
1.ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」作品9
2.ベルリオーズ:歌劇「ベアトリスとベネディクト」序曲
3.ベルリオーズ:序曲「海賊」作品21
4.ベルリオーズ:歌劇「トロイ人」より「王の狩と嵐」
5.ベルリオーズ:歌劇「ベンヴェヌート・チェルリーニ」序曲
6.ベルリオーズ:劇的交響曲「ロメオとジュリエット」よりスケルツォ「マブの女王」
7.サン=サーンス:交響詩「オンファーレの紡車」作品31
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