クラウディオ・アバドがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して録音した80年代のベートーヴェン全集の中で、田園交響曲を収録したCDは私の宝物のひとつである。この演奏には個人的な思い入れがある(ただし演奏は平凡である)。そしてそのCDに併録されているのが、いずれも合唱を含む短い曲、「ピアノ・合唱・管弦楽のための幻想曲」(いわゆる「合唱幻想曲」)と、ゲーテの詩に基づくカンタータ「海の静けさと幸ある航海」(あるいは「静かな海と楽しい航海」)である。
カンタータ「海の静けさと幸ある航海」は、ゲーテの2つの詩を用いた作品で、しかもゲーテ自身に献呈されている。足してもわずか8分の曲は混声合唱団を含み、1814年から1815年にかけて作曲された。ここで思い起こすのは、文豪ゲーテとその21年年下だったベートーヴェンとの関係である。
一般にゲーテとベートーヴェンは、あまり関係が良くなかったとされている。私もそう思っていた。いくつかのエピソードが、そのことを示していることも教えられた。しかしベートーヴェンはゲーテのために作曲した作品が結構多い。そのような中で、劇音楽「エグモント」は最も有名である。「エグモント」は1810年頃に作曲されている。そしてベートーヴェンがボヘミアのテプリッツでゲーテに会うのが1812年のことである。
ベートーヴェンの研究家として知られる作家のロマン・ロランは、二人の関係を調べた最初の人かも知れない。彼はベートーヴェンが、かねてより憧れていたゲーテに対して不遜な態度を示したこと、それがもとでゲーテはベートーヴェンを遠ざけるようになったこと、などを記している。ところがよく調べてみると、ベートーヴェンはその後、以前にもましてゲーテに好意をいだくようになり、またゲーテの側もベートーヴェンの音楽を好むようになったとのことである。このあたりの経緯は「ゲーテとベートーヴェン―巨匠たちの知られざる友情」(青木やよい著・平凡社新書)に詳しいようだ。興味深いので読んでみたいと思っているが、最近目が悪く、読み通せるか自信がない。
そのようなベートーヴェンとゲーテの出会い(1812年)と、その1か月後の再会を通して、互いを尊敬しあうような関係になっていった、というのが上記の書の内容だが、そうであればこのカンタータ「海の静けさと幸ある航海」が、1814年に作曲され、原作者に献呈されているのも頷ける話である。ただこの作品は、現在では取り上げられることはほとんどない。興味深いのは、メンデルスゾーンが同じ詩に同じタイトルの作品を作っていることだ(1830年)。ゲーテは、ベートーヴェンよりも後まで生き続けたため、幼少期のメンデルスゾーンに会い、その天才ぶりに驚いたエピソードは有名である。メンデルスゾーンは、尊敬するゲーテの「イタリア紀行」を携えてイタリアを旅行している。
ベートーヴェンのもう一つのカンタータである合唱幻想曲は、ピアノと合唱とオーケストラが絡み合う印象深い作品である。最初はピアノ・ソナタのような独奏で始まり、続いてオーケストラが入ってきてピアノ協奏曲のような音楽となる。さらには合唱が入って3つ巴の展開となるに従い、規模も大きくなり、壮大に曲が終わる。
この曲は1808年に作曲され、交響曲第5番や第6番「田園」などとともに初演されている。にもかかわらずこの曲の主題は、あの交響曲第9番の終楽章のメロディーの原型とも言えるものである。 たかだか20分程度の曲なのに、独奏ピアノのほか、独唱者6名(ソプラノ2、アルト、テノール2、バス)、さらに四部合唱が加わるという大がかりな編成で、それ故か演奏される機会がほとんどない。
このたびアバドの指揮で聞いた「幻想合唱曲」のソリスト、合唱は以下の顔ぶれである。
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
ガブリエラ・レヒナー(ソプラノ)
グレートヒェン・イーダー(ソプラノ)
エリーザベト・マッハ(アルト)
ヨルク・ピータ(テノール)
アンドレアス・エスダース(テノール)
ゲルハルト・イーダー(バス)
ウィーン国立歌劇場合唱団
たったひとつの主題が様々に変奏・展開されてゆく興味深い作品。春の夜道を散歩しながら、毎日のようにベートーヴェンの知られざる管弦楽曲を聞いてきた。そしてとうとう残すところは、ハ長調ミサだけとなった。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調作品102(Vn: ルノー・カピュソン、Vc: ゴーティエ・カピュソン、チョン・ミュンフン指揮マーラー・ユーゲント管弦楽団)
ブラームスには2つのピアノ協奏曲、1つのヴァイオリン協奏曲のほかに、もう一つ協奏曲がある。それが「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」という曲である。ところがこの曲は作品番号が102であることからもわかるように、これはブラームス晩年の作品であり(54歳)、すでに歴史に残る4つの交...
-
現時点で所有する機器をまとめて書いておく。これは自分のメモである。私のオーディオ機器は、こんなところで書くほど大したことはない。出来る限り投資を抑えてきたことと、それに何より引っ越しを繰り返したので、環境に合った機器を設置することがなかなかできなかったためである。実際、収入を得て...
-
当時の北海道の鉄道路線図を見ると、今では廃止された路線が数多く走っていることがわかる。その多くが道東・道北地域で、時刻表を見ると一日に数往復といった「超」ローカル線も多い。とりわけ有名だったのは、2往復しかない名寄本線の湧別と中湧別の区間と、豪雪地帯で知られる深名線である。愛国や...
-
1994年の最初の曲「カルーセル行進曲」を聞くと、強弱のはっきりしたムーティや、陽気で楽しいメータとはまた異なる、精緻でバランス感覚に優れた音作りというのが存在するのだということがわかる。職人的な指揮は、各楽器の混じり合った微妙な色合い、テンポの微妙あ揺れを際立たせる。こうして、...
0 件のコメント:
コメントを投稿