2020年4月10日金曜日

ベートーヴェン:合唱幻想曲ハ短調作品80、カンタータ「海の静けさと幸ある航海」作品112(P: マウリツィオ・ポリーニ他、クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

クラウディオ・アバドがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して録音した80年代のベートーヴェン全集の中で、田園交響曲を収録したCDは私の宝物のひとつである。この演奏には個人的な思い入れがある(ただし演奏は平凡である)。そしてそのCDに併録されているのが、いずれも合唱を含む短い曲、「ピアノ・合唱・管弦楽のための幻想曲」(いわゆる「合唱幻想曲」)と、ゲーテの詩に基づくカンタータ「海の静けさと幸ある航海」(あるいは「静かな海と楽しい航海」)である。

カンタータ「海の静けさと幸ある航海」は、ゲーテの2つの詩を用いた作品で、しかもゲーテ自身に献呈されている。足してもわずか8分の曲は混声合唱団を含み、1814年から1815年にかけて作曲された。ここで思い起こすのは、文豪ゲーテとその21年年下だったベートーヴェンとの関係である。

一般にゲーテとベートーヴェンは、あまり関係が良くなかったとされている。私もそう思っていた。いくつかのエピソードが、そのことを示していることも教えられた。しかしベートーヴェンはゲーテのために作曲した作品が結構多い。そのような中で、劇音楽「エグモント」は最も有名である。「エグモント」は1810年頃に作曲されている。そしてベートーヴェンがボヘミアのテプリッツでゲーテに会うのが1812年のことである。

ベートーヴェンの研究家として知られる作家のロマン・ロランは、二人の関係を調べた最初の人かも知れない。彼はベートーヴェンが、かねてより憧れていたゲーテに対して不遜な態度を示したこと、それがもとでゲーテはベートーヴェンを遠ざけるようになったこと、などを記している。ところがよく調べてみると、ベートーヴェンはその後、以前にもましてゲーテに好意をいだくようになり、またゲーテの側もベートーヴェンの音楽を好むようになったとのことである。このあたりの経緯は「ゲーテとベートーヴェン―巨匠たちの知られざる友情」(青木やよい著・平凡社新書)に詳しいようだ。興味深いので読んでみたいと思っているが、最近目が悪く、読み通せるか自信がない。

そのようなベートーヴェンとゲーテの出会い(1812年)と、その1か月後の再会を通して、互いを尊敬しあうような関係になっていった、というのが上記の書の内容だが、そうであればこのカンタータ「海の静けさと幸ある航海」が、1814年に作曲され、原作者に献呈されているのも頷ける話である。ただこの作品は、現在では取り上げられることはほとんどない。興味深いのは、メンデルスゾーンが同じ詩に同じタイトルの作品を作っていることだ(1830年)。ゲーテは、ベートーヴェンよりも後まで生き続けたため、幼少期のメンデルスゾーンに会い、その天才ぶりに驚いたエピソードは有名である。メンデルスゾーンは、尊敬するゲーテの「イタリア紀行」を携えてイタリアを旅行している。

ベートーヴェンのもう一つのカンタータである合唱幻想曲は、ピアノと合唱とオーケストラが絡み合う印象深い作品である。最初はピアノ・ソナタのような独奏で始まり、続いてオーケストラが入ってきてピアノ協奏曲のような音楽となる。さらには合唱が入って3つ巴の展開となるに従い、規模も大きくなり、壮大に曲が終わる。

この曲は1808年に作曲され、交響曲第5番や第6番「田園」などとともに初演されている。にもかかわらずこの曲の主題は、あの交響曲第9番の終楽章のメロディーの原型とも言えるものである。 たかだか20分程度の曲なのに、独奏ピアノのほか、独唱者6名(ソプラノ2、アルト、テノール2、バス)、さらに四部合唱が加わるという大がかりな編成で、それ故か演奏される機会がほとんどない。

このたびアバドの指揮で聞いた「幻想合唱曲」のソリスト、合唱は以下の顔ぶれである。

 マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
 ガブリエラ・レヒナー(ソプラノ)
 グレートヒェン・イーダー(ソプラノ)
 エリーザベト・マッハ(アルト)
 ヨルク・ピータ(テノール)
 アンドレアス・エスダース(テノール)
 ゲルハルト・イーダー(バス)
 ウィーン国立歌劇場合唱団

たったひとつの主題が様々に変奏・展開されてゆく興味深い作品。春の夜道を散歩しながら、毎日のようにベートーヴェンの知られざる管弦楽曲を聞いてきた。そしてとうとう残すところは、ハ長調ミサだけとなった。

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