2020年4月5日日曜日

ベートーヴェン:ウェリントンの勝利(エリック・カンゼル指揮シンシナティ交響楽団)

ベートーヴェンを神格化し「楽聖」として崇めるドイツ音楽至上主義者にとって、しばしば「ウェリントンの勝利」と名付けられた管弦楽曲(その後の分類に照らせば交響詩のような作品)は、見たくない作品とされてきた。どうしても無視できない時には、「戦争交響曲」と呼ばれることもあるこの作品を、戦争を正当化し、大衆に迎合する作品として、ベートーヴェンの駄作に分類してきた。そのように烙印を押された本作品は、しなしながらベートーヴェンの交響曲第7番とともに初演され、大好評を博したことにより、巨額の収入を作曲者にもたらしたことは事実である。

芸術としての音楽、その崇高な精神を具現化したベートーヴェンの作品の中で、これほど評価の低い作品はない。だが、どういった扱いをされようと、聞いてみないわけにはこのような評価が正しいのかも判断できない。実演で全く演奏される機会のない作品であるにもかかわらず、この作品の録音は結構ある。古いところではドラティが、カラヤンが、そしてマゼールに至っては2度も録音している。交響曲第7番とカップリングしたのはマリナーだった。

そういうわけで、私としてもこの作品を無視するわけにはいかず、初めてカラヤンの演奏を聞いてみた。ステレオ効果によって左右から異なる太鼓やラッパの響き。やがて良く聞く「ルール・ブリタニア」のメロディー。そこに混じるのは火器を使用した銃声の音や戦車の大砲。効果音が挿入される中、フランス軍は撤退し、イギリス軍が勝利を収める。

音楽は2部構成。第1部で戦いが描写的に描かれ、第2部で英国の勝利の賛歌となる。英国国家の変奏曲も聞かれる。戦争が美化され、フランス軍の敗北に沸き立つオーストリアの民衆に、この作品は大いに受けたようだ。マリナーの演奏で聞くと、さらに野原の動物や野鳥の鳴き声までが挿入され、さながらハリウッド映画のようでもある。もしかしたらこの作品は、現在に続く映画音楽の魁となったのだろうか。

エリック・カンゼルはウィーンで学んだアメリカ人の指揮者だが、シンシナティ・ポップスを指揮して数多くの楽しいライト・クラシックの作品を録音した。テラークは80年代を中心に先駆的な録音技術を総動員して、数々の効果音をデジタル収録し、音楽に差し挟むことによって新しいマーケットを創造した。ディズニーの音楽を収録した一枚は、我が国でも長年、ヒット・チャートの第1位を続けた。シュトラウスのワルツやポルカも、爆竹や汽車の音がミックスされ、楽しいことこの上ない。であれば、この「ウェリントンの勝利」を収録したCDもまた、ド派手な演出なのだろうかと思いきや、その音楽の流れは自然で純粋であり、原作を忠実に再現していると言える。

「ウェリントンの勝利」が描く戦争とは、スペインにおけるビトリアの戦いのことで、1813年のことである。ここで思い出すのは、後年チャイコフスキーが作曲した序曲「1812年」のことだろう。この作品もフランス・ナポレオン軍の敗退とロシア軍の勝利が、さながら戦争映画のように描かれている。大砲や鐘の音も挿入され、その様子は「ウェリントンの勝利」を彷彿とさせる。チャイコフスキーはベートーヴェンからこのアイデアを参考にしたのであろうか。私がここで取り上げたカンゼルによる録音でも、チャイコフスキーの序曲「1812年」とカップリングされている。

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