2020年5月7日木曜日

ウェーバー:舞踏への勧誘(ベルリオーズ編)、序曲集(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

ベートーヴェンの亡きあと、音楽の中心はパリに移っていたのではないか。もちろんウィーンは音楽の都であり続け、シューベルトもいたし、ロッシーニやパガニーニだってウィーンを訪れている。しかしそのロッシーニは結局、パリで成功し晩年はパリに住み着いた。少なくともオペラに関する限り、絢爛豪華なグランド・オペラ様式を確立したマイアベーアらの活躍するパリこそが、その中心地だった。

だからドニゼッティもベッリーニもパリの観客ためにオペラを書いたし、ワーグナーもフランスの音楽から影響を受けた。そのパリではモーツァルト以降のオペラを継承し、ドイツ・ロマン派のオペラ様式を確立したウェーバーの作品もまた、聴衆にもてはやされた。ウェーバーの「魔弾の射手」を見てベルリオーズは作曲家を志したとさえ言われている。「オペラの運命」(岡田暁生著、中公新書)によれば、パリは「十九世紀オペラ史における首都」であり、グランド・オペラによって「イタリアの旋律の甘さと、ドイツの重厚な管弦楽と、フランスのきらびやかさ」が融合された。

ウェーバーによって作曲されたピアノ曲「舞踏への勧誘」が、ベルリオーズによって恐る恐る編曲され、見事な管弦楽作品となったことは有名である。私が子供の頃などは、男性が女性を勧誘してダンスを踊り、再び会釈をして別れるというストーリーが見事に表現された作品を、よく耳にしたものだった。どういうわけか今ではほとんど聞かなくなってしまったが、「舞踏への勧誘」は音楽を聞き始める入門者にうってつけの作品として知られていた。

カラヤンによる「舞踏への勧誘」がFMで放送されたとき、私はカセットテープに録音して何度も聞いた覚えがある。そして今私の手元にある一枚のCDには、この作品とともにいくつかのウェーバーの序曲が収録されている。久しぶりに聞く「舞踏への勧誘」は非常に懐かしい。

「オベロン」や「オイリアンテ」といった作品は、「魔弾の射手」ほどではないにせよ少なくともその序曲は有名であり、従って比較的よく演奏される。序奏に続く「オベロン」序曲の、ほとばしり出るような速い主題は、かつてモノクロの映像で見て腰を抜かしたことがある。確かブルーノ・ワルターの指揮だったのではなかったか。それに比べると大人しい演奏だが、カラヤンの指揮するウェーバーの序曲は、どの演奏も丁寧でしかも艶があり、ベルリン・フィルの機能美を活かして極上の音楽に仕上がっている。

私は初めて「アブ・ハッサン」という歌劇の序曲も聞いたが、ここで打ち鳴らされる中東風の音楽も楽しいし、その他の曲もドイツ・初期ロマン派の香りが実に麗しい。ドイツの放送局のクラシック・チャネルを聞いていると、ウェーバーの時代の作品が良く演奏されている。その中にはワーグナーの交響曲などもあって、この時期のドイツ人作曲家の人気ぶりがうかがえる。まだ古典派の骨格を残しながら、ほのかなロマン性を感じるところが良いのだろう。

ウェーバーは数多くの歌劇を残したが、すべての序曲を収録したディスクはほとんどない。そんな中でカラヤンは、その中から懐かしい「舞踏への勧誘」を含め、選りすぐりの作品をオーソドックスに演奏している。ところがカラヤンは交響曲や協奏曲はおろか、歌劇「魔弾の射手」でさえ全曲録音を残していない(と思う)のは不思議なことだ。どこかに録音があれば、是非とも聞いてみたいと常々思っているのだが。ともあれ今日も、初夏の夜風に吹かれつつカラヤンのウェーバー序曲集を聞きながら、しばし近くの遊歩道を散歩をすることとしよう。フラワー・ムーンと呼ばれる五月の満月を見上げながら…。


【収録曲】
1.舞踏への招待作品65(ベルリオーズ編)
2.歌劇「オイリアンテ」序曲
3.歌劇「オベロン」序曲
4.歌劇「アブ・ハッサン」序曲
5.歌劇「魔弾の射手」序曲
6.歌劇「精霊の王」序曲
7.歌劇「ペーター・シュモル」序曲

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