2021年1月10日日曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(1)プロローグ

コロナ禍で外出もままならないお正月を迎えた。元日恒例、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートも、たとえ無観客であったとはいえ、予定通り開催できたことは嬉しいのだが、お正月の華やいだ気分に浸れるものではなかった。ただ、映像で見るコンサートとは違い、録音されたメディアで聞く演奏は完成度が高いように感じられる。特に6回目の登場となるムーティの指揮は、特筆すべき水準に達している。この模様は早くも1月8日に配信されており、私はその演奏を聞きながらこの文章を書いている。

思い起こせば、私たちの手元には過去のニューイヤーコンサートの音源がある。外出を控え、自宅に留まらざるを得ない日々こそ、これらに耳を傾ける時間である。そこで、過去から最近までのニューイヤーコンサートについて、私なりに語ってみたい。ヨハン・シュトラウス一家のワルツやポルカを中心とした曲目について、まとめて記すまたとない機会に、この異常な日々を利用してみたい。

最初に断っておくことがある。それはウィンナ・ワルツの演奏として、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートが最高であり、それしか考えられないというのは完全な誤りであるということだ。自らも作曲家であったロベルト・シュトルツが残した大全集(CD12枚組、演奏時間は14時間以上に及ぶ)は、ベルリン交響楽団とウィーン交響楽団を起用しているが、この演奏こそ最高の歴史的な録音である。この演奏で聞いていると、つまらないように見える曲であっても、演奏次第で楽しい曲になることがわかる。中学生の時に心を躍らせたこの演奏については改めて書いてみたい。

ニューイヤーコンサートに登場した指揮者であっても、他にもっといい演奏をしている指揮者も多い。例えばヘルベルト・フォン・カラヤンは、87年元日に学友協会の指揮台に立ち、一生に最初で最後のニューイヤーコンサートを指揮したが、この記念碑的な事件の頃にはすでに体力の衰えは隠せなかった。この日の映像と録音は、いまもって評価も高く、私も所有しているが、カラヤンのワルツはベルリン・フィルと録音した一連のディスクの方が、より完成度が高いことは言うまでもない。

ニクラウス・アーノンクールもまた、ベルリン・フィルやコンセルトヘボウ管との間で、刺激的でエポック・メイキングな録音を残している。オーストリア人でもある彼は、ウィーン・フィルでなかったからこそ、自分の音楽を思うがままに演奏させることができたのかも知れない。2001年と2003年のニューイヤーコンサートは悪くはないが、少し真面目過ぎてリラックスしていない。

若くして亡くなったヤコフ・クライツベルクは、もう一つのウィーンの伝統的オーケストラ、ウィーン交響楽団を指揮して、真摯で正統的なワルツのCDを残している。このブログでも取り上げた。また、イギリス人には珍しくウィンナ・ワルツの演奏を残したジョン・バルビローリもまた、ハレ管弦楽団と愛すべき演奏を披露していて興味深い。

オーストリア人の指揮者、あるいはオーケストラでなくてもウィンナ・ワルツの名演奏は多い。その代表はフリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団のものだろう。オーマンディがフィラデルフィア管弦楽団を指揮したものも素晴らしい。これらより新しいものとしては、ウィーンで学んだエリック・カンゼルがシンシナティ・ポップスと録音した2枚の演奏が、テラークの効果音満載のエンターテイメント精神に溢れていて、現代のシュトラウス演奏に相応しい効果を上げている。やはりそのうち触れてみたい。

ウィーン・フィルにしばしば登場しながら、ニューイヤーコンサートを指揮していない指揮者も多い。かつてニューイヤーコンサートは、今ほどのイベントでも何でもなかったからである。代表例としては、カール・ベームだろうか。ベームはオーストリア人ではあっても、グラーツという田舎出身だったこともあり、その腰の重いワルツは優雅さに欠けるが面白い。それでも「南国のばら」は名演だろう。

古いところでは、ハンス・クナッパーツブッシュがウィーン・フィルとのワルツの演奏を残しているし、もっと古いところでは、エーリヒ・クライバーの素晴らしい演奏が残っている。これら往年の巨匠の珍しい録音(ほとんどがモノラル録音)は、ウィーン・フィル設立150周年を記念してドイツ・グラモフォンからリリースされた13枚組のうちの2枚により知る事ができる。ここに登場する歴史的指揮者は、ボスコフスキーより前に活躍していた指揮者で、古き良きウィンナ・ワルツとはどういう音楽であったのかを示している。

時代は変わって今では世界的な指揮者が次々とニューイヤーコンサートの舞台に立つようになった。オーケストラのメンバも入れ替わり、ウィーン風のワルツがどういうものでなければならないのか、といった頑固な意見は、グローバルな広報活動を前に影を潜めつつある。私も特段、ウィーンにこだわりのある方ではないから、純粋にワルツやポルカを楽しめればそれでいいと思っている。しかし、それでもシュトラウスのワルツは、ただの3拍子で演奏してもつまらない音楽であることは確かだ。それほど音楽的に高度なものではないし、世界最初の流行音楽とも言えわれるように、高度に芸術的なものでもない。

ニューイヤーコンサートを見ていると、もともとローカルな文化だったものが、新しい商業的活動を強いられるに至って、どうやってその価値を保つべきか、といった問題に思いを馳せてしまう。ニューイヤーコンサートに見る頑なな保守性は、メジャー・オーケストラとしての国際的活動と、地域文化の維持との間で揺れ動いている。それはとりもなおざず、私たちのコミュニティでも生じている問題と同じ側面を持っており、ウィーンという街が長い年月の間、常に格闘してきた問題でもある。このことが象徴的に表れるのがニューイヤーコンサートであると言える。
 

【収録曲】(ウィーン・フィル創立150周年記念盤、括弧内は指揮者、録音年)
1. ワルツ「親しき仲」(喜歌劇「こうもり」より)(エーリヒ・クライバー、1929)
2. アンネン・ポルカ(クレメンス・クラウス、1929)
3. ワルツ「美しく青きドナウ」(ジョージ・セル、1934)
4. 皇帝円舞曲(ブルーノ・ワルター、1937年)
5. ポルカ「浮気心」(ハンス・クナッパーツブッシュ、1940)
6. 常動曲(カール・ベーム、1943)
7. ポルカ「観光列車」(クレメンス・クラウス、1944)
8. ワルツ「天体の音楽」(ヘルベルト・フォン・カラヤン、1949)
9. 皇帝円舞曲(ウィルヘルム・フルトヴェングラー、1950)
10. ワルツ「春の声」(クレメンス・クラウス、1950)
11. ピツィカート・ポルカ(クレメンス・クラウス、1952)
12. ワルツ「オーストリアの村つばめ」(クレメンス・クラウス、1952)
13. ラデツキー行進曲(クレメンス・クラウス、1953)
14. 喜歌劇「くるまば草」(ウィリー・ボスコフスキー、1956)
15. 加速度円舞曲(ヨゼフ・クリップス、1957)
16. ワルツ「ウィーンの森の物語」(ハンス・クナッパーツブッシュ、1957)
17. ポルカ「狩り」(ヘルベルト・フォン・カラヤン、1959)
18. ワルツ「南国のバラ」(カール・ベーム、1972)
19. ワルツ「酒、女、歌」(ウィリー・ボスコフスキー、1978)
20. 喜歌劇「こうもり」序曲(ロリン・マゼール、1980)
21. 仮面舞踏会のカドリーユ(クラウディオ・アバド、1988)
22. トリッチ・トラッチ・ポルカ(ズビン・メータ、1990)
23. 皇帝円舞曲(ヘルベルト・フォン・カラヤン、1987)

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