2021年1月12日火曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(2)クレメンス・クラウスの時代(1939-1954)

ウィーンに馴染みのある指揮者であろうとなかろうと、今もってウィンナ・ワルツ演奏の規範であり、リスナーとしても常に意識すべき存在として、最後のウィーン・フィルの常任指揮者クレメンス・クラウスを抜きに考えることはできないだろう。ウィーン生まれのクラウスこそがウィンナ・ワルツ演奏の原点であり、ニューイヤーコンサートを始めた人である。1941年、それまでローカルな音楽だったシュトラウス一家の音楽を、年に一回、お正月のお昼に演奏するコンサートを開催することになった。

打ち解けて華やいだコンサートだった当時の様子は、いまでもライブ収録された音源で聞くことができる。そこでは、人気のあるメロディーが聞こえてくると自然に拍手が沸き起こり、その曲を繰り返すといったことが自然に行われている。こういう演奏を聞いていると、どうして今はできないのだろうと思ってしまう。今の演奏がつまらないのは、あまりに形式にとらわれているからではないだろうか。オーケストラも伝統の継承を要求し、指揮者も否応なしに(相応しくないと感じつつも)従わざるを得ない。そういう姿は見ていて痛々しい。

クラウスは54年に亡くなる年のニューイヤーコンサートまで、お正月の指揮台に立った。ただし、1946年と1947年のみヨゼフ・クリップスが指揮をしている。これはクラウスがナチス時代も演奏を続けたことで、戦後の一時期に指揮活動が禁止されていたことと関係があるのだろう。しかしそもそもニューイヤーコンサートは、オーストリア人を慰安するために、ナチスによって始められてことを忘れるべきではない(興味深いことに、シュトラウスはユダヤ人だった。ユダヤ人の音楽を排斥したナチスは、シュトラウスのワルツについては演奏を認めていたことになる)。

私はCDを集め始めた頃、どうしてもクラウスのワルツが聞きたくて、当時1枚3500円もしたモノラル録音のCDを3枚とも購入した。このCDはその後売ってしまったが、後程再発売されたDeccaの2枚組を、圧縮なしのWAV形式で保存してある。どの曲を聞いても、自由自在でありながら自信たっぷりにアンサンブルを保つその演奏のそつのなさに驚かされる。ここに収録されている29曲は、シュトラウス作品の基本的なレパートリーとしてニューイヤーコンサートにしばしば登場する有名作品ばかりである。喜歌劇「こうもり」序曲から、ワルツ「わが人生は愛と喜び」に至るまで、すべてが現在のすべての演奏の規範になっている。

さらに54年のコンサートをライブ収録した録音も聞くことができる。ラジオ放送を音源としたCDに耳を傾けてると、ひとつひとつの演奏が珠玉の如き光彩を放ち、沸き立つ聴衆に応えて何度もアンコールを繰り返す興奮に満ちた様子が、手に取るようにわかる。これを聞いていると、カルロス・クライバーなどは、クラウスの演奏を再現しようとしているにすぎないようにさえ思えてくる。ワルツはオーケストラが自発的に乱舞し、ポルカは跳ねるように速い。

しかし、あまりに過去の演奏にのみこだわっていると語ることがなくなってしまう。毎年、お正月にはテレビでニューイヤーコンサートを楽しんでいる立場としては、この先の、国際的年中行事と化して久しい、苦悩に満ちた演奏についても触れないわけには行かない。フルトヴェングラーのベートーヴェンが、トスカニーニのヴェルディが、そしてベームのモーツァルトがそうであったように、過去の良き時代の遺産は、とりあえず隣の棚に収納しておこう。そして、クラウスの突然の死の翌年から、シュトラウスがそうしていたのを再現するように自らヴァイオリンを持ち、ニューイヤーコンサートの指揮台に立ったのが、当時のコンサートマスター、ウィリー・ボスコフスキーだった。私のニューイヤーコンサートに関する思い出話は、ボスコフスキーが指揮するものから始めようと思う。私が生まれて初めてテレビで見た演奏が、1970年代のボスコフスキーによるものだった。

 

【収録曲】(Decca盤 録音: 1951-54)
1. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
2. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲
3. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「芸術家の生活」作品316
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」作品410
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「わが人生は夢と喜び」作品263
6. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「とんぼ」作品204
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「騎手」作品278
8. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「クラップフェンの森で」作品336
9. ヨハン・シュトラウス2世:「ハンガリー万歳」作品332
10. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
11. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:ピツィカート・ポルカ
12. ヨハン・シュトラウス2世:「エジプト行進曲」作品335
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「観光列車」作品281
14. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「オーストリアの村つばめ」作品164
15. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「小さな水車」作品57
16. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「憂いもなく」作品271
17. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「町と田舎」作品322
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「狩り」作品373
19. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「朝の新聞」作品279
20. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「鍛冶屋」作品269
21. ヨハン・シュトラウス2世:「騎士パスマン」作品441より「チャルダーシュ」
22. ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
23. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
24. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「休暇旅行で」作品133
25. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「わが家で」作品361
26. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
27. ヨハン・シュトラウス2世:「アンネン・ポルカ」作品117
28. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「おしゃべりなかわいい口」作品245
29. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲】(ニューイヤーコンサート・ライブ1954)
1. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「剣と琴」
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「ルドルフスハイムの人々」
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「とんぼ」
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「休暇旅行で」
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」
6. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「5月の喜び」
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「おしゃべりな可愛い口」
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「我が家で」
9. ヨハン・シュトラウス2世:新ピチカートポルカ
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「ハンガリー万歳」
11. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「クラップヒェンの森で」
12. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「狩り」14. ヨハン・シュトラウス2世:常動曲
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しき青きドナウ」
16. ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲

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