私が見たその放送は、絢爛豪華な上に色とりどりの花を会場いっぱいにあしらえたウィーン楽友協会(ムジークフェラインザール)で行われたマチネーで、指揮はウィリー・ボスコフスキー。プログラムの後半のみ、約1時間半程度の番組だった。当時のテレビ音声は当然、モノラルだった。私は両親が寝ているそばで、我が家に1台だけあったテレビを点け、イヤホンで外に音がもれないように気を使いながら見てていた。どういうプログラムだったかは皆目覚えていないが、ときおり楽団員が故意に楽譜とは異なる音を出したり、普段は使わない楽器を使ったりといった、通常のクラシック音楽のコンサートでは考えられないようなパフォーマンスがなされていたのを記憶している。
アンコールの2曲目になって「美しく青きドナウ」の旋律が聞こえてくると、自然に拍手が沸き起こる。指揮者はいったん演奏を止めて、最初からやりなおす。すると音楽はさらに打ち解けて自然な流れを形作り、最後には「ラデツキー行進曲」を観客が一緒になって拍手するという行為が行われた。私はそれが慣例とは知らなかったが、字幕の解説によれば、このようなことが毎年繰り返されているとのことであった。クラシック音楽のコンサートでも、こんなに楽しい雰囲気で行われるものもあるのだと知った。
この時のコンサートは、おそらく1979年のボスコフスキーによる最後のニューイヤーコンサートだったと思う。というのは、翌年、私は再びこの放送を楽しみにしてカセット・テープに録音することにしたのだが、その冒頭の曲が、オッフェンバックの「天国と地獄」序曲だったからだ。この曲は、ニューイヤーコンサートがロリン・マゼールの時代になって、最初の年の後半の冒頭に演奏されている。ということは、私がテレビで見たのは、25年間続いたボスコフスキー時代の、記念すべき最後のコンサートだったことになる。
ニューイヤーコンサートを1939年に始めたクレメンス・クラウスが死亡して、急遽お正月の指揮台に上がったのは、当時コンサート・マルタ―をしていたウィリー・ボスコフスキーだった。ボスコフスキーは指揮台においてもヴァイオリンを手に持って、かつてヨハン・シュトラウスがそうしていたように振る舞った。1955年のことだった。存亡の危機にあったニューイヤーコンサートが、このようにして新しい時代を迎え、それが1979年まで続くことになる。
この間にテレビ放送が始まり、録画されて全世界に配信されることになってっゆく。記録によれば我が国での最初の放送は1973年からだったようだ。今ではハイビジョンでの、衛星生放送が当たり前になっているが、当時は録画放送。それも後半のプログラムのみだった。この傾向は90年代の手前あたりまで続いていた。今でも後半のみを中継する国は多いようだ。このため全ヨーロッパ向け放送のテーマ音楽(ヘンデルの曲)は前半と後半にそれぞれ流れる。最近、NHKはこの部分から放送をしてくれるのは麗しい。
ボスコフスキーのワルツとポルカの演奏は、リラックスした肩の凝らないものだった。クラウス時代の優雅さを残しつつも、音色は華やかでウィーン・フィルの美点を明るく表現している。今のように、生真面目な指揮者が緊張して指揮をすることはなく、ウィーン・フィルもいつになく打ち解けて自発的であり、丸でダンスを踊っているかのようだ。指揮者が難しいことを言わなくても、ここはこうするのだ、といった阿吽の呼吸がウィンナ・ワルツにはあって、このウィーン訛りとも言うべきようなものが、そこはかとなく表現されている。その自然な伸びやかさが、今となっては懐かしい。
ボスコフスキー時代は長く続き、その間に多くの曲目が演奏された。これらを録音したのは、当時ウィーン・フィルが専属だったデッカである。そこでデッカは、これらニューイヤーコンサートの演奏を編集したワルツ・ポルカ全集とでも言うべきレコードをリリースしている。これはCD時代にも再発売され、現在では12枚組、全13時間余りにも及ぶものとして入手可能である。このディスクで聞くボスコフスキーの演奏は、確かに今では失われてしまったものが収録されてはいるが、全体を通して聞くにはちょっと退屈である。もっともボスコフスキーのウィンナ・ワルツは、手を変え品を変え、様々なダイジェストとして売り出されているから、全集にこだわる必要は全くない。
しかし敢えて一枚、ということになるとやはり、1979年のコンサートをライブ収録したCDということになるだろう。私がテレビで見た演奏会だが、このCDには第1部の曲目も収録されている。そしてこのCDが、実はデッカ・レコード最初のデジタル録音だった。以降、ニューイヤーコンサートは、レコード会社や放送局が技術を競うものとなっていく。いかに早く録音を編集してプレスし、店頭に並べるかという競争はますます過熱し、今ではビデオを含めて1月中には世界中の店頭に並ぶ。もっともオンライン配信が中心の現在では、1月8日には配信が開始されている。長距離のテレビ伝送技術もまたしかりであり、ハイビジョン規格の回線を何重にも用意して海底ケーブルで海を渡る。1989年のクライバーの頃までは衛星が使われていたのだろうか、時折画像が乱れるようなことがあった。
デッカより発売されている1979年のライブ盤は、80分近くにもわたってコンサートの模様を伝えている。ワルツ「女、酒、歌」などでは前奏部分がカットされているなどの点はあるが(さらには「天体の音楽」も削除されている。収録時間の関係であろう)、拍手も収録されていて雰囲気は満点である。後半に向かうにつれて興に乗ってくるのは今も昔も変わらない。最近は聞かなくなったアンコール再演のシーンも、確か、ポルカ「狩り」であったと記憶している。
ボスコフスキーのニューイヤーコンサートは当時でも映像化されていたため、これを編集したビデオ・ディスク(DVD)も売られている。こちらは私はまだ見たことはないのだが、貴重な遺産と言える。とにかくどんな曲であっても、その曲が持っている本来の楽しさは、まずこのボスコフスキーの演奏が標準である。例えば「春の声」というワルツがあるが、クラウスが表現した、まるで弦楽器が踊りだすような楽しさは、最近では聞かれないようになって久しいが、ボスコフスキーの演奏にはその名残をとどめている。また「我が家で」での、昔を懐かしむようなしっとりとした情緒は、自然で打ち解けた気分でないと表現できないものだが、ボスコフスキーの演奏ではこれが実感でできる。ここで聞くことのできる古き良き時代の演奏は、当時でこそ至って平凡だったかも知れないが、あれから40年を経た今となっては懐かしいものである。
【収録曲】
1. ヨハン・シュトラウス1世: ワルツ「ローレライ=ラインの調べ」作品154
2. ヨハン・シュトラウス2世: ポルカ「お気に召すまま」作品372
3. エドゥアルト・シュトラウス: ポルカ「ブレーキかけずに」作品238
4. ヨハン・シュトラウス2世: ワルツ「酒・女・歌」作品333
5. ヨーゼフ・シュトラウス: ポルカ「モダンな女」作品282
6. ツィーラー: ワルツ「ヘラインシュパツィールト」作品518
7. スッペ: 喜歌劇「美しきガラテア」序曲
8. ヨハン・シュトラウス2世: ワルツ「わが家で」作品361
9. ヨーゼフ・シュトラウス: ポルカ「小さな水車」作品57
10. ヨハン・シュトラウス2世: チック・タック・ポルカ 作品365
11. ピツィカート・ポルカ
12. ヨーゼフ・シュトラウス: ポルカ「ルドルフスハイムの人々」作品152
13. ヨハン・シュトラウス2世: ポルカ「狩り」作品373
14. ヨハン・シュトラウス2世: ポルカ「浮気心」作品319
15. ヨハン・シュトラウス2世: ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
16. ヨハン・シュトラウス1世: 「ラデツキー行進曲」作品228
0 件のコメント:
コメントを投稿