2021年12月12日日曜日

東京交響楽団第84回川崎定期演奏会(2021年12月5日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:ジョナサン・ノット)

フランス人ピアニスト、ニコラ・アンゲリッシュが病気のために来日できなくなり、今回の東京交響楽団の定期演奏会でブラームスを弾くピアニストに変更が生じた。だがそれは珍しいことではない。コロナ禍に見舞われて以来、中止となった演奏会は数知れず、開催できたとしても無観客。そもそも聴衆を入れないコンサートなんてほとんど意味がないんじゃないの?と思っていたが、それも今年に入って少しずつ緩和され、聴衆を入れたコンサートが日常に戻ってきた。アーティスト、特に来日する外国人音楽家には高いハードルがあり、感染の状況によっては長い隔離期間が必要だったりしてなかなか思うような日程が組めず、結局、代役に交代というケースが続出する。日本人にも素晴らしい世界的演奏家が多いので、最初から日本人を中心とした演奏家によるプログラムが組まれることも多くなっている。だからアンゲリッシュが来日できなくなったと聞いても、さほど驚きはなかった。では誰が代役を務めるか?

アンゲリッシュのキャンセルが発表されたのは11月5日、そして代役の発表が18日にホームページであった。それによれば何と、丁度来日中だったドイツの巨匠、ゲルハルト・オピッツとなっているではないか!プログラムはブラームスのピアノ協奏曲第2番。「ピアノ付き交響曲」とも言われるこの長い(50分)曲を、急な登板で弾き切るピアニストなどそうそういるわけではない。だがオピッツはそれを引き受けたようだ。そうなると余ったチケットを何としても手に入れたいと思うのが人情というものだろう。ところが実際は、当日券が沢山余っていた。定期演奏会は前日のサントリーホールのものと合わせて2回ある。しかし私はすでに音楽大学オーケストラのコンサートが前日にあるので、迷わず川崎定期にやってきたのだった。

オピッツは親日家として知られ、NHKのピアノ講座も担当したドイツ正統派の巨匠である。ケンプを師匠とすることもあり、ベートーヴェンとブラームスに特に定評がある。メジャーレーベルに数多くの録音もある。オピッツは丁度日本ツアーの最中で、リサイタルを中心に11月から来年1月にかけて3か月もの間我が国に滞在し、各地でリサイタルなどを開くようだ。そしてそのスケジュールの合間にすっぽりと収まる形で今回の代役が決まったのだろう。

それでもブラームスの2番コンチェルトは宇宙的に長く、よほどいい演奏で聞かないと音楽の緊張が持続しない散漫な演奏になる。これは録音されたものでも言える。私は何枚かのCDを持っているが、ことこの曲に限っては捉えどころがないと長年思っていた。実演で聞いた過去の演奏会でも、なかなか忍耐の要る曲である。オピッツは曲目を変えることなく、そのままブラームスのピアノ協奏曲第2番を弾く。会場に現れただけでも総立ちで拍手したいところだったが、そこはコロナ禍でのコンサートである。客席は思い切り熱い拍手をする。

ホルンの調べに乗って冒頭のピアノのメロディーが静かに流れ始めた時、ああやはりこれはブラームスの音だと即座に感じた。そして次々と紡ぎだされゆく音楽に、私は丸でこの曲を初めて聞くような感覚を覚えたのだ。これはどうしてか。もしかするとそれは、これまでに聞いた実演の聞く場所が良くなかったからではないか。とてつもなく広いNHKホールの3階席が、若い頃の私の指定席であったことを思えば、それは納得ができる。そしてCDについては、たった2枚しか持っていない。このCDを真剣に聞きこんだ記憶がないのだ。つまり、私はこの名曲の良さを知らずにここまで来たということだ。長すぎるというのも理由の一つで、CDではどうしても忙しい日常から抜け出せていないし、かといってコンサート会場の安い席では、どうしてもこのような精緻な曲の良さを味わうのは至難の業である。

そういうわけで、私はミューザ川崎シンフォニーホールのオーケストラの真横の席であるにもかかわらず、はじめてピアノが管弦楽と見事に融合してブラームスの音色を出すのを初めて聞いた気がした(興味深いことにこのホールは、オーケストラを正面に見る席は比較的少なく、それは随分高い位置にあるので、その代わりに真横や裏手からオーケストラを見るしかない)。

オピッツが弾くブラームスの1時間は、私にとって至福の時間だった。それが特に感じられたのは、やはり第3楽章のチェロ独奏を伴った静かな楽章だった。ここで私はやはり恥ずかしいことに、楽章の冒頭と最後でチェロの独唱がこんなにもピアノと絡み合うということを発見するのだが、この雰囲気こそまさにブラームスで、それがコンサート会場で再現される様を間近で見ることと、そのような時間を過ごすだけの精神的なゆとりの時間が、とても嬉しくて泣けてきた。兎に角この曲をここまで味わったのは私は初めてのことで、これまで敬遠してきたこの名曲の録音をいろいろ聞いてみようと思った次第である。

さて、休憩を挟んで演奏されたのは、ポーランドの作曲家、ルトスワフスキの管楽器のための協奏曲である。1954年に書かれた30分ばかりの曲ながら、数多くの楽器がはちきれんばかりに鳴り響く。東京交響楽団が全力投球、真っ向勝負するのを指揮するノットは、何と完全暗譜である。そして割れんばかりの拍手に相当満足した様子で、観客の隅々にまで手を振り、何度もカーテンコールに呼ばれては各楽器のセクションの合間を回ってソリストを讃える。その時間が永遠に続いた。オーケストラが去っても指揮者が呼び戻されるのは、定期演奏会では珍しいが、それでも大名演の時にはあり得ないわけではない。ところが、それが2度ともなると私の記憶する限り初めてのことであった。

それほどにまでこの曲に感動した人は多かったようだ。最近ではTwitterで感想を短くつぶやく人がいて、それがリアルタイムでわかるという面白さがあるのだが、昨日と今日の定期を合わせて、このルトスワフスキの演奏に感激している人が非常に多い。しかし私にっとって、この曲は初めてだった。だからどうしても、客観的に評価しにくいのだが、言えることはオーケストラが、この難曲をかなりの自信を持って、しかもすこぶる快速に弾き切ったことである。これは相当な練習量と技量が伴っていないとできないことのように思われる。今日の東響には、それだけの実力があるということの証拠でもある。

東響の定期は、先月のウルバンスキが指揮したシマノフスキに続き、ポーランドの作曲家の作品が並んだ。2日続きの演奏会だったが、やはり昨日の学生オーケストラとは違いプロは上手いと思った。そしてコンサートは、前の方で聞くのがいいとも思った。貧乏な若い時は仕方なく3階席の後で聞いていたが、これでは演奏だけでなく、曲の魅力も伝わりにくい。だから、もう迷うことなく前の席に座ろうと思う。

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