この写本は中世(11世紀から13世紀)に書かれたもので、全部で250編に及び、ラテン語を中心に古いドイツ語やフランス語も混じる世俗的な歌で、オルフはその中から24編を選び、「春に」「酒場にて」「愛の誘い」の3部からなる世俗カンタータとして世に送り出した。特に最初と最後に配置された「おお、運命の女神よ」は有名である。合唱団とソリスト、それに打楽器をふんだんに織り込んだ鮮烈なリズムとメロディーは聞いていて楽しいが、その合間に挟まれた静かな独唱(第21曲)や、男声ア・カペラとなる精緻な曲(第19番)など、聞きどころ満載の曲である。
私は大晦日に生中継された1989年の小澤征爾指揮ベルリン・フィルのジルヴェスター・コンサートでこの曲を知った。何でもこの演奏には、わざわざ日本からアマチュアの合唱団を連れて行き、ベルリンのコンサートにアジア人が大勢加わるという何とも不思議な光景だったが、そこで繰り広げられた渾身の演奏は、小澤の集中力のあるリズム感によって、この作品の生き生きとした側面を再構築した名演となった。この演奏とは別のセッション録音(1988年)のCD盤では、先日亡くなったエディッタ・グルベローヴァがソプラノを歌っている(上記ライブはキャスリーン・バトル)。
賑やかな合唱は、繰り返しも多く、比較的単純なメロディーで覚えやすいため、一度聞くと忘れられない。歌詞がラテン語をメインとしているので、日本語とも相性が良いということもあるだろう。そして発音だけを真似ると何とも単純なフレーズに置き換わる。NHK-FMのクラシック番組にも「空耳クラシック」なる知る人ぞ知るマニアックなコーナーがあるが、その常連の曲と言える。しかも打楽器や笛の音がこだますると、私などは時代劇かチャンバラ映画の効果音のように聞こえてしまう。
そういうわけで、この20世紀の音楽にはとても多くのファンがいる。特に合唱を聞くのにこれほどワクワクする曲はない。その凄まじいエネルギーが、中世の抑圧された世相の中にも生き生きとした庶民の心情を表している様を感じるだけでなく、さらに20世紀の音楽とミックスして不思議な感覚をもたらす。その新しさは、ピアノの伴奏と多様な打楽器に加え、拍子がふんだんに変化することではないかと思う。
この曲を解説してくれている数多くのWebサイトのおかげで、私はそれを省略することができる。ただ簡単に言えば、「春に」では明るく陽気な様が溢れる女性的な曲、「居酒屋にて」はテノールとバリトンの歌声に合唱が混じる男性的な曲、そして「愛の誘い」ではその両者がミックス。男声のア・カペラとソプラノの美しいアリアが色を添え、混声合唱と児童合唱が加わってクライマックスを築く。
1時間余りの曲は、コンサートでも録音でも非常に収まりがいいので、演奏される機会も多いし、数多くの指揮者が録音している。古いところでは、陽気でどんちゃん騒ぎのヨッフム盤が有名だが、やや粗削りであることもある。一方、上記で述べた小澤盤は、早めのテンポで新鮮だがやや単調に聞こえる。その他の演奏をほとんど聞いてはいないのだが、個人的にはアンドレ・プレヴィンがウィーン・フィルを指揮したディスクが気に入っている。この演奏は、1994年の発売当時、私がこの曲の魅力を初めて感じた演奏だった。
私がこのディスクを取り上げようと思ったのは、先日東京交響楽団の定期演奏会で、ウルバンスキ指揮による名演奏に接したからだが、この演奏は純粋に音楽の魅力を表現した美しい演奏で、このプレヴィンの演奏に近いと思った。それにしてもプレヴィンという指揮者は、丸で魔法のようにオーケストラの音色を変えると思う。ニューヨークのセント・ルークス管を見たときも、N響を指揮した時もそう感じた。そしてウィーン・フィルとの相性の良さも、多くの録音で知る通りである。
例えば「春に」の冒頭で3回繰り返されるピッコロと打楽器のモチーフは、拍子木が鳴って場面が変わり、真夜中の討入り前といった感じ。この音をいかに印象的に響かせるかは、私の聞きどころのひとつ。他にも沢山あるが、プレヴィン盤の印象を深くしているところは、"Veni, veni, venias"のところ(第20曲)から「楽しい季節」(第22曲)にかけて。ここは合唱とソリストが全員参加して最終盤のクライマックスを築く。
ソプラノはバーバラ・ボニー、テノールがフランク・ロバート、バリトンにアントニー・マイケルズ=ムーア、アルノルト・シェーンベルク合唱団、ウィーン少年合唱団。非常に録音が良く、ウィーン・フィルのふくよかな響きと学友協会の残響が上手く捉えられている。そして驚くべきことにこの録音は、何とライブであることだ。ボニーの美しい歌唱が特に素晴らしいが、他のソリスト、それに合唱も素晴らしい。
この演奏はやや弛緩しているとか、エネルギーが少ないといった意見が聞かれることがある。しかし長い目で見れば、何度聞いても飽きない演奏だと言える。もし不満が残るならば、それは実演でこそ体験すべき領域での話である。録音技術を駆使して、効果を狙った演奏も多いが、それは作られた感じがする(まあ、どんな曲でも同じ話だが)。より自然にこの曲の魅力を伝えているのがプレヴィンの演奏だと思う。
プレヴィンにはロンドン響を指揮した旧盤も有名で、こだわりのある人はこの録音の古い演奏の方が良いと言うのだが、私はまだ聞いたことがないので何とも言えない。一方、シャイーやブロムシュテットにも録音があり興味は尽きない。
1. おお、運命の女神よ(合唱) O Fortuna
2. 運命の女神の痛手を(合唱) Fortune plango vulnera
§ 第1部: 初春に
3. 春の愉しい面ざしが(小合唱) Veris leta facies
4. 万物を太陽は整えおさめる(バリトン独唱) Omnia sol temperat
5. 見よ、今は楽しい(合唱) Ecce gratum
§ 芝生の上にて
6. 踊り(オーケストラ)
7. 森は花咲き繁る(合唱と小合唱) Flore silva
8. 小間物屋さん、色紅を下さい(2人のソプラノと合唱) Chramer, gip die varwe mir
9. 円舞曲: ここで輪を描いて回るもの(合唱) - おいで、おいで、私の友だち(小合唱)Swaz Hie gat umbe - Chume, chum, geselle min
10. たとえこの世界がみな(合唱) Were diu werlt alle min
§ 第2部: 酒場で
11. 胸のうちは、抑えようもない(バリトン独唱) Estuans Interius
12. 昔は湖に住まっていた(テノール独唱と男声合唱) Olim lacus colueram
13. わしは僧院長さまだぞ(バリトン独唱と男声合唱) Ego sum abbas
14. 酒場に私がいるときにゃ(男声合唱) In taberna quando sumus
§ 第3部: 愛の誘い
15. 愛神はどこもかしこも飛び回る(ソプラノ独唱と少年合唱) Amor volat undique
16. 昼間も夜も、何もかもが(バリトン独唱) Dies, nox et omnia
17. 少女が立っていた(ソプラノ独唱) Stetit puella
18. 私の胸をめぐっては(バリトン独唱と合唱) Circa mea pectora
19. もし若者が乙女と一緒に(3人のテノール、バリトン、2人のバス) Si puer cum puellula
20. おいで、おいで、さあきておくれ(二重合唱) Veni, veni, venias
21. 天秤棒に心をかけて(ソプラノ独唱) In trutina
22. 今こそ愉悦の季節(ソプラノ独唱、バリトン独唱、合唱と少年合唱) Tempus est iocundum
23. とても、いとしいお方(ソプラノ独唱) Dulcissime
§ ブランツィフロール(白い花)とヘレナ
24. アヴェ、この上なく姿美しい女(合唱) Ave formosissima
§ 運命の女神、全世界の支配者なる
25. おお、運命の女神よ(合唱) O Fortuna
0 件のコメント:
コメントを投稿