2021年12月30日木曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(15)ジョルジュ・プレートル(2008, 2010)

2008年のニューイヤーコンサートは、事前の予想通り大変魅力的なものとなった。フランス人のジョルジュ・プレートルが83歳という高齢ながらしっかりと舞台に立ち、ユーモアのセンスに溢れたワルツを披露したからだ。そうか、まだプレートルという指揮者がいたか!私が彼の登場のアナウンスを聞いた時に抱いたのは、その意外性と、これはおそらく評判のコンサートになるという確信だった。その通り、この2008年のコンサートは大好評となり、自身の持つ高齢記録をさらに更新する2010年への再登場へ道を開いた。

プレートルは、マリア・カラスと共演した「カルメン」の録音や、フランコ・ゼッフィレッリ監督のオペラ映画「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「道化師」といった70年代に活躍したオペラ指揮者で有名だが、コンサート指揮者としては特に目立つこともなく、その後の活躍もあまり知られていない。だからニューイヤーコンサートの舞台に立つということ自体が奇跡とも言えるものであった。プレートルは2017年に92歳で死去するが、ウィーン・フィルとのお正月の共演は彼自身にとっても一世一代の晴れ舞台だったようだ。ではまず2008年のコンサートから。

フランス人としての初登場となるニューイヤーコンサートらしく、この日のプログラムはフランスに関係のある曲が目立つこととなった。まず冒頭は「ナポレオン行進曲」。ニューイヤーコンサートの最初の演目は行進曲であることが多いが、このプレートルの時ほど心を躍らせた時はない。ワルツ「オーストリアの村つばめ」での緩い部分ではテンポ時にぐっと抑えて、オーケストラとの根競べの様相を呈し、指揮者の即興性とオーケストラの自主性が拮抗するようなシーン。そう書けば聞こえはいいが、何となく老齢指揮者のスケベ心が垣間見えたような気もした。

これ以降もフランス関連の曲が続く。中には珍しい作品もあり、「パリのワルツ」は素敵な曲であった。オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」から有名な「カンカン」を誂えた「オルフェウス・カドリーユ」でテンポが上がり、一気に会場が沸くあたりは映像で見る方が楽しい。思えば1980年のマゼール以降、やたら神経質になってしまったニューイヤーコンサートを、リラックスした打ち解けたムードに戻したのは、このプレートルとメータくらいだろうか。ただ当時メータはまだ若く、実際指揮のポーズだけで何もしていない。そのことがウィーン・フィルの自立性を引き出し好感を読んのだが、その点プレートルは独特の遊び心が充満し、見ていて楽しいコンサートとなった。

後半は喜歌劇「インディゴと40人の盗賊」序曲、ワルツ「人生を楽しめ」と大きな曲が2つ続く。これらは聞きものである。フランス風ポルカもしっとりと美しく、「とんぼ」などうっとりとする。一方、「皇帝円舞曲」ではちょっともたれ気味でもあるのが惜しいが、終盤は各国にちなんだポルカや行進曲が登場し、長いコンサートがあっという間に通り過ぎた。アンコールではサッカーの欧州選手権がオーストリアで開催されることを記念して「スポーツ・ポルカ」が演奏され、楽しいパフォーマンスもあって会場は大いに盛り上がった様子は、CDでも聞くことができる。

2008年の成功は2010年の再登場へとつながった。この2010年もフランスにちなんだ曲が多く、「女性」や「酒」がかくれたテーマではないかと思う。そのものズバリ、シャンパンを扱ったシュトラウスの「シャンパン・ポルカ」は有名だが、「北欧のシュトラウス」と言われたハンス・クリスチャン・ロンビが「シャンパン・ギャロップ」で初登場したのも目を引く(短いが楽しい曲で、このコンサートの最後の演目である)。ただここでのプレートルは、2008年のちょっと秋趣味な傾向をさらに押し進めた結果、時に音楽の自然な流れが壊れている()「こうもり」序曲や「朝の新聞」)。お正月のほろ酔い気分でたまに聞くには問題ないが、何回も聞いて楽しむという感じではなくなっている、というのが私の感想である。

ワルツ「酒、女、歌」は、まさにそのテーマとなった曲だと思われるが、これは前半のクライマックスである。そして嬉しいことに長い序奏が付いている。一方、後半で目を引くのは生誕200年となるニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲で、ウィーン・フィルを創立したニコライの曲はもっと登場してもいいと思うのだが、実に1992年のクライバー以来ではないかと思う。またオッフェンバックの喜歌劇「ライン川の水の妖精」という珍しい曲が入っているが、実際にはあの有名な「舟歌」のメロディーが聞こえるので、この曲はライン川にも適用されたことがわかる。同じくオッフェンバックの喜歌劇「美しきエレーヌ」をエドゥアルド・シュトラウスがカドリーユ用に編纂した曲が登場。これは2008年の「オルフェオのカドリーユ」とペアと考えることができるだろう。

テンポが名一杯遅くなって溜を打つものの、それが決して重くはならないところが面白い。総じて非常にユニークなコンサートで、円熟の極みに達したプレートルにしかできなかった数奇なコンサートであったことは確かであろう。忘れ去られた指揮者がウィーンの舞台に晴れ晴れしくカムバックし、陽気で堅牢な演奏を務めたことは、演奏の良し悪しを越えて感動的であった。

2008年のプレートル登場を頂点として、ニューイヤーコンサートは以降、長い下り坂へと入って行った。国際的な年中行事としての地位が揺らぐことはないが、一方で初登場する指揮者も多く、ウィーン的保守性との両立が次第に困難になりつつあるように見受けられる。プレートルの2つのコンサートは、2000年代のニューイヤーコンサートの一つの時代の区切りではなかったかという気がする。


さて、コロナ禍一色だった2021年もあとわずかである。かつて年末と言えば、大晦日の夕刻までは仕事や正月の準備で大いに忙しく、年を越すと急に静かなお正月がやってきて1週間程度はその気分が続いたものだった。しかし平成の時代を経て重心が前倒しとなり、今では大晦日も元日のように静かになった。12月に入ると早くもスーパーに鏡餅などが並び、クリスマスを過ぎると門松を飾るところも多い。大晦日は銀行も休みである。一方でお正月は、2日から経済活動が始まる。スーパーや百貨店も初売りが早くなった。

ニューイヤーコンサートも実際には12月末に何度か公演があり、最後の元日昼の演奏が全世界にテレビ中継される。お正月気分はむしろ年末から味わうというのが昨今の傾向のようである(いっそ日本も旧暦のお正月を祝う東アジアの伝統に回帰してはどうか)。だから年末に、今ではもう古くなったプレートルの演奏に耳を傾けてみた。静かな師走の朝に聞くワルツもいいものだ、と思うようになった。来る2022年が良い年でありますようにと祈りつつ、今年の本ブログの執筆を終えることとしたい。


【収録曲(2008年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「ナポレオン行進曲」作品156
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「オーストリアの村つばめ」作品164
3. ヨーゼフ・シュトラウス:「ルクセンブルク・ポルカ」作品60
4. ヨハン・シュトラウス1世:「パリのワルツ」作品101
5. ヨハン・シュトラウス1世:「ベルサイユ・ギャロップ」作品107
6. ヨハン・シュトラウス2世:「オルフェウス・カドリーユ」作品236
7. ヘルメスベルガー:ギャロップ「小さな広告」
8. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「インディゴと40人の盗賊」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「人生を楽しめ」作品340
10. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「閃光」作品271
11. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
12. ランナー:ワルツ「宮廷舞踏会」作品161
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」作品60
14. ヨハン・シュトラウス2世:「ロシア行進曲」作品426
15. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「パリジェンヌ」作品238
16. ヨハン・シュトラウス1世:「中国風ギャロップ」作品20
17. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「インドの舞姫」作品351
19. ヨーゼフ・シュトラウス:「スポーツ・ポルカ」作品170
20. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
21. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2010年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「女心」作品166
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「クラップフェンの森で」作品336
4. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「愛と踊りに夢中」作品393
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「酒、女、歌」作品333
6. ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
7. ニコライ:歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンのボンボン」作品307
9. ヨハン・シュトラウス2世:「シャンパン・ポルカ」作品211
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「心と魂」作品323
11. ヨハン・シュトラウス1世:ギャロップ「パリの謝肉祭」作品100
12. オッフェンバック:喜歌劇「ラインの妖精」序曲
13. エドゥアルト・シュトラウス:「美しきエレーヌのカドリーユ」作品14
14. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「朝の新聞」作品279
15. ロンビ:シャンパン・ギャロップ
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「狩り」作品373
17. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
18. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

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