2022年9月24日土曜日

ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲ニ長調(P: レオン・フライシャー、小澤征爾指揮ボストン交響楽団)

第1次世界大戦で右手を失ったピアニスト、パウル・ウィトゲンシュタインのために、ラヴェルは「左手のためのピアノ協奏曲」を作曲した。この作品は、(両手のための)ピアノ協奏曲ト長調と並行して作曲が進められ、「両手」よりも先に完成、初演された。2つの作品はいずれも米国旅行から帰国後に作曲され、ジャズの影響が顕著である。難しすぎると言ったウィトゲンシュタインとラヴェルの関係はこじれたが、右手が不自由になったピアニストにとってこの曲は代表的なレパートリーとなっている。

アメリカ人ピアニスト、レオン・フライシャーもその一人である。彼はベートーヴェンやブラームスの協奏曲で有名なピアニストで、ジョージ・セルとの一連の録音は有名だが、それはかなり前のこと(1960年代)である。病気によって右手の自由を失ったフライシャーは、左手の作品でピアノ演奏を続け、それは2000年代に回復するまで続いた。小澤征爾と左手のための作品のみを取り上げたCDがリリースされたのは、1992年のとだった。

収録されていたのは、もちろんこのラヴェルのほかに、プロコフィエフのピアノ協奏曲第4番、そしてブリテンの「ディヴァージョン」である(https://diaryofjerry.blogspot.com/2012/10/21p.html)。これらの3曲は、いずれもウィトゲンシュタインの依頼による作品である。両手が使えるピアニストも、積極的にこの曲を演奏、録音しているが、左手のための協奏曲のみを取り上げたこのCDは、ユニークな存在である。私も興味深くこのCDを購入して数十年が経つ。

曲はLentoと記された単一楽章から成っているが、実際には3つの部分から構成されている。まず第1部はとても静かに始まり、低音楽器の重奏が陰鬱な感じである。しかしほどなくしてオーケストラの音がクレッシェンド。ここで登場するピアノは、ややメランコリックなカデンツァである。続くオーケストラは全開で、ここにきてやっと明るくなる。

程なくして第2部になると行進曲が開始される。これは軍隊の行進を思い起こさせ、全体のテーマが戦争ということではないかと思えてくる。ただそのリズムの弾け方が、とってもジャジーでお洒落であることが嬉しい。小太鼓などが入り、なんとなく「ボレロ」のさきがけを聞く感じ。

第3部に入ると再び大きく弧を描いてテーマが再現され、曲が終わりに近づいたことを感じる。ピアノはしっとり、キラキラと夜景の如きカデンツァ。そしてコーダの部分はオーケストラによる大団円になったかと思うと、おもむろにリズムが強調され、いつものごとく突如終わる。18分ほどの曲。

小澤征爾はラヴェルを得意としていたが、この曲で見せるリズムの感性は、小澤の真骨頂ともいうべきもので、一糸乱れぬアンサンブルがボストン響の技巧にうまくマッチし、聞きごたえのある演奏に仕上がっている。特にコーダでの、まるで戦車が行進するかのごとき迫力は圧巻である。

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