2024年1月17日水曜日

読売日本交響楽団第634回定期演奏会(2024年1月17日サントリーホール、セバスティアン・ヴァイグレ指揮)

セバスティアン・ヴァイグレという東ドイツ出身の指揮者は、2019年から読売日本交響楽団の常任指揮者を務めており、しばしば定期演奏会に出演している。しかし私はここのところ読響の演奏会からは遠ざかっており、一度聞いてみたいと思いつつも、これまでヴァイグレの演奏に触れる機会はなかった。

そこで、いいプログラムがあればと思っていたところ、1月の定期が丁度私のスケジュールにも合い、好都合であることが判明した。直前ではあったものの、席はまだ埋まっておらず、私は2階左手のS席を押さえることができた。オール・ドイツ・プログラムで、ワーグナーの歌劇「リエンツィ」序曲、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、それにリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」である。ここでベートーヴェンの独奏は、若きスウェーデンのエース、ダニエル・ロザコヴッチが登場する。ロザコヴッチは初来日というわけではないが、若干22歳で、すでに数枚のディスクをリリースしており、その中には本日の演目、ベートーヴェンも含まれている(伴奏はゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィル)。

そのロザコヴッチの経歴は神がかり的でさえある。かつてアンネ=ゾフィー・ムターが15歳でカラヤンと共演したとき衝撃を抱いたものだったが、彼は9歳でデビュー、15歳でドイツ・グラモフォンと専属契約を結んでいるそうだ。すでにリリースされている協奏曲のCDにベートーヴェンが含まれているのは驚きである。

このたびの演奏会の目玉は、プログラム前半に置かれたこのベートーヴェンであることには疑いがなかった。まだワーグナーらしい曲調に乏しい「リエンツィ」序曲が威勢よく演奏されたあと、舞台の椅子が若干並び変えられ、指揮者とともに長身のロザコヴッチが登場した。舞台上部にはいつになく多くのマイクロフォンが垂れ下がっており、これは何らかの収録が行われるであろうと思われた。

ヴァイオリン協奏曲の序奏と主題が始まってもごく平凡に振舞っていたヴァイオリニストが最初の音を出した時、意外にも線が細く、音にさほど特徴があるわけでもないなと思った。それでもオーケストラと指揮者は淡々と演奏を続け、長い第1楽章も終わりかけた時、急に音楽が変質した。それは有名なヨアヒムのカデンツァに入った時だった。繊細ながらも集中力を保つヴァイオリンは、ひとつひとつのフレーズに精神を注ぎ込み、満員の聴衆を長い間釘付けにした。微動だにせず独奏に耳を傾ける指揮者とオーケストラを真横に見る絶好の位置からは、その迫力が手に取るようにわかる。

第2楽章は、その神秘的な競演の場であった。この曲がこれほどにまで説得力を持ち、美しく思ったことはなかった。ただ残念なことに、ホルンの音が外れた。ヴァイグレはホルン奏者出身だから、ここは残念に思ったのではなかろうか。以降、ホルンの不安定さは、この演奏に玉にキズだったことは隠しようがないが、まあ実演ではそれは仕方がないことで、そういうハプニングも含め、静まり返った聴衆と演奏家の筋書きのない相互作用が、実演に接するときの楽しさでもある。

第2楽章の後半から、そっと第3楽章に入るまでの数分間は、音楽が永遠に続くとさえ思われた。おそらくここに生じたケミストリーは、実演でしか作用することがない驚異的な美しさだった。繊細に、静かに、丁寧に、音楽の集中力とその持続。そこから醸し出される繊細で強靭な音楽。そして第3楽章に至ってのすばらしいロンドは、そのカデンツァを含め、天国的な瞬間の連続と化した。オーケストラの中ではファゴットが秀逸で身震いがするほど。

演奏が終わって多くのブラボーが飛び交ったのは当然のことであった。情動的な演奏ではなく、かといって円熟味があるわけではない。若々しいと言えばそうなのだが、品があって落ち着いている。まさにベートーヴェンがうってつけだと思ったが、チャイコフスキーも聞いてみたい。そう思っていたら、すでにリリースされているようで、ロビーでCDが売られていた。何度も舞台に呼び戻されたロザコヴッチは、アンコールにバッハのソナタを演奏した。

これだけで満足感いっぱいのコンサートだったが、休憩時間のあとはシュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」の演奏となった。舞台には100名を超える団員が所狭しと居並び、P席上部のオルガンにも光が当たる。有名な序奏に引き続いて、まるで結婚式に相応しいようなメロディー。そこから続く音の饗宴は、若干支離滅裂気味ながらこの作曲家を聞くときの醍醐味であるオーケストレーションが堪能できる。

ベートーヴェンでは異音のしたホルンも6名に増員されていたが無難にこなし、チェロをはじめとする弦楽器最前列奏者の複雑なソロも決まって、耳の機能がフルに試されるような時間。約30分程度だが、オーケストラの機能が十分引き出されたことによって、豊穣で起伏に富む表現が手に取るように伝わってくる。やはりオーケストラは近くで聞くのが良い。特にサントリーホールの脇の2階席はオーケストラ全体が見渡せ、指揮者と奏者のやり取りが見て取れるのでお気に入りだ(ただ音は分裂気味)。

久ぶりに聞く読響の演奏も、かつてに比べると上手くなったと思った。若いプレイヤーも多く、今後の演奏が楽しみである。読響の聴衆もまた独特の雰囲気があるのだが、次回はどの演奏会にでかけようかと、配られた年間プログラムの冊子を見ながら思い悩んでいる。

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