大阪府の衛星都市にある、私の通う小学校の体育館に、小規模なオーケストラがやってきて「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」とか「おもちゃの交響曲」などを演奏したのは大フィルだった。私の母も歌ったアマチュア合唱団とともに「第九」の演奏会が開かれ、外山雄三の指揮で聞いたの最初のコンサート体験も、もちろん大フィル。中学生になって自分のお金で初めて出かけた演奏会も大フィルの「第九」。朝比奈隆の指揮する演奏会も、まだまだ当日まで券があった。そういうわけで、私は大フィルとともにクラシック・コンサートの道を歩み始めたと言ってもいいくらいである。
ところが、当時の大フィルはあまり上手いとは言えなかった。特に「第九」となると第4楽章の途中までは、プカプカやっている感じ。お客さんんもコーダだけをお目当てにしている感じで、どうも気分が悪い。朝比奈隆という音楽監督が君臨して、このオーケストラは日本で2番目に巧いということになっていたが(山本直純が「一にN響、二、三がなくて四が大フィル」と言っていた)、私には信じられなかったのである。
その大フィルが朝比奈としばしば取り上げ、録音しては評論家から恐ろしいまでの高評価を得ていたのがブルックナーだった。私はそれがよくわからなかった(今でもわからない)。ブルックナーのような音楽、すなわち管楽器のアンサンブルが決して乱れてはならず、弦楽器の重厚さが命とも言うべき音楽、いわばクラシック中のクラシック音楽を、あの大フィルが演奏するというのが私にはジョークに思えていた。ベートーヴェンの「田園」をやれば木管が外し、「エロイカ」をやればホルンがこけるのが常だった。薄っぺらい音のブラームスや、やかましいだけのチャイコフスキーの「いったいどこがええねん!」といつも思っていたのである。
90歳になっても現役として活躍した朝比奈(は晩年になるほど神がかり的な人気が出ていた)がついに逝去し、大フィルは井上道義の時代を経て大植英次がシェフとなると、次々と新しい試みがなされた。もともと新しい物好きの大阪人だから、これは受けた。その大植の後を尾高忠明が次ぐと分かった時、私は意外に思った。生粋の東京人の尾高が、果たしてどのように大フィルを指揮するのか。だがこれがなかなか良いというのである。尾高も東京ではできないような野心的な試みを、目一杯やっているように思う。関西だからできる良さ、というのがあるのは私も良くわかる。そこで私は、かつて大植英次でブルックナーの交響曲第9番を聞いて以来となる東京定期演奏会に、久しぶりに出かけることにしたのである。
月曜日のコンサートとあって、客の入りは7割程度だっただろうか。それでもプログラムがブルックナーの交響曲第6番となるとファンの食指は動く。私はあまり知らなかったのだが、すでにこのコンビによる演奏会は随分開かれていて、順番にCDも発売されている。プログラムの前半はテレビドラマのために作曲された武満徹の「波の盆」という曲で、演奏が始まって静かで美しい演奏にうっとりと聞きほれることになった。初めて聞く曲で、これほどしみじみ懐かしいと思った曲はない。それがいつまでも続く。武満らしい音、例えば鉄筋とハープが同時になるような音がちりばめられ、残響の多いサントリーホールに響く時、会場は静まり返り、私もなぜか涙が出るほどだった。解説によればこの曲は、1983年に日本テレビ系で放映されたのだそうだ。当時私は高校3年生だった。
「波の盆」を尾高は札幌交響楽団と録音している(Chandos)。帰宅して検索し聞いてみたのだが、これは今回の演奏よりもゆっくりとした演奏で、ここまでくるとちょっとしんどい。大フィルとの演奏の方が、もう少し明るくて私は好きだ。13分の曲が終わると20分の休憩時間となる。会場にはどことなく関西人風のいでたちの人が目立つ。ヘアスタイルや顔つきが、男女とも皆さん関西風。
さてブルックナーである。第6番は私が初めてこの作曲家に大感動を覚えた曲である。なぜだかわからないのだが、フムラーというポーランド人の指揮するN響定期をNHKホールの3階席で聞いた時である。私は少し眠くなり、そしてそこから目が覚めるとオーケストラがかくも見事に鳴り響くのかと驚くほどの名演奏となっていた(私だけがそう思ったのかも知れない)。以降、第4番、第7番、第3番、第8番、第9番の順に名演奏のブルックナーに出会うたびにこの作曲家が好きになり、そして今年、生誕200周年の記念の年を迎えた。
第6番は第2楽章がとりわけ素晴らしいが、そのほかの楽章も聞きやすく、第7番や第8番の陰に隠れはするものの、とてもいい曲である。そのブルックナーを、今の大フィルがどう演奏するか。昔に比べると技術は飛躍的に向上し、磨きがかかったアンサンブルが満を持して東京の舞台に登場する。昔から東京に出てくる大阪人の、やや自意識過剰気味の精神構造は、坂田三吉の例を筆頭に少し恥ずかしいくらいなのだが、尾高はそこをうまくくすぐって、というよりも自らが先頭に立って、ちょっと意外な演奏をしてみよう、と心に思ったのかどうかは想像の域を出ないのだが、まあそのような、つまりブルックナーにしては随分と大袈裟で、しかも迫力ある演奏になったというのが第一印象である。
細かいことはどうでもいい。私はこの演奏を聞きながら、大阪の街を回想していた。いつもは中央ヨーロッパの自然、特にアルプスの高峰を思い出すブルックナーが、本当に驚くべきことに、大阪の街、すなわち雑然としながらも情緒満点のあの街の雰囲気に、実によくマッチしているのである。金管楽器が号砲を鳴らすかと思った次の瞬間、ぐっと哀愁を帯びたメロディーが顔をのぞかせ、しばらくするとメランコリックに木管が、軒先を散歩するような足取りで通り過ぎる。これは近代的な都心部を歩きながら、その横丁に居酒屋や商店街ががやがやとひしめく大阪の街そのものであると思った。
だから大フィルのブルックナーは、本物のブルックナーとは違って妙に土着的、世俗的である。大フィルの音もあまりきれいではない。しかし大フィルにしかできないブルックナーの表現があると思った。私は朝比奈のブルックナーを聞いたことが(実演では)ないのだが、もしかすると相当前から、このような演奏をしていたのだろうか。これはこれで、面白いのである。私の好きなブルックナーとは違うが、大フィルのブルックナーはどこまでも大阪的で、それゆえに大阪生まれの私もそれなりに親しめるような気がする。もしかするとベートーヴェンもチャイコフスキーも、同様に関西風のだしが混じっているのかも知れない。それが大阪の魅力であり、限界である。
音楽に限らず、あらゆる芸術であれスポーツであれ、徹底して個性的な表現がもてはやされる風土に育まれ、それをわざと強調してみせるようなところが大阪人の心にはある(京都とはずいぶん異なるのだ)。その大阪の伝統を大フィルは西洋音楽の分野で継承していることを嬉しく思った。たとえシェフが東京育ちの尾高であっても、それはこの感覚を本質的に理解し、自らの音楽的な意思として体現することを楽しんでいるとさえ感じる。そのことがとても気持ち良い。クラシックかて、しょせんそんなもんでっせ、ちゃいまっか?
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