2024年5月30日木曜日

ヴェルディ:歌劇「椿姫」(2024年5月25日新国立劇場、フランチェスコ・ランツィロッタ指揮)

今や我が国を代表するソプラノ歌手と言ってもいい中村恵理のことを、私はほとんど気に留めたことはなかった。実際過去のコンサートの鑑賞記録を手繰ってもヒットしない。彼女は新国立劇場オペラ研修所の出身ということなので、もしかしたらと思って過去の私が行ったすべての作品の公演プログラムに目を通したが、脇役を含めいまだ接したことがないようだった。

私はこの3月に「トリスタンとイゾルデ」、さらには4月に「エレクトラ」を見て、1回のオペラ公演に高い料金を払って出かけるのはこれで一区切りとしよう、などと勝手に心に決めていた。ところが「トリスタン」を見た際にロビーに掲示されていた、これからの公演の広告を見て、我が国にヴィオレッタを歌う中村恵理なるソプラノ歌手がいることを発見した。そのプロフィールには大阪音楽大学卒業と書かれていた。私は大阪府豊中市で育ったから、この学校のことを良く知っている。私の出身の中学校や高校の音楽の先生に、この大学の出身者も多かった。上空をジェット機が高度を下げて航行し、近くからは焼き肉屋の匂いも漂ってくるような下町に、ヨーロッパで活躍するディーヴァがいるという事実が私を興奮させた。

その彼女が、ここ新国立劇場でヴィオレッタを歌うのは2回目だそうである。最初の登場は2年前、コロナ禍の真っただ中でのことで、この時は代役ということだったようだ。それでも彼女はこの難役をこなし、評価は一気に高まった。いや、それは極東のオペラ後進国でのことで、彼女はすでにヨーロッパにおいて、ミュンヘン・オペラなどいくつかの歌劇場で多くの役をこなしていた。その一つに何と、あのアンナ・ネトレプコの代役でヴィオレッタを歌った、という経歴があることに驚いた。「椿姫」のヴィオレッタともなると、マリア・カラスの歴史的録音が数多く残されており、各地の歌劇場で語り草となっている亡霊に付きまとわれて、そうそう簡単には歌えない役だと思っていたから、なおさらのことである。

興味深くなって私は彼女の経歴をネットで検索してみた。すると何と、彼女は私も住んでいた兵庫県川西市の出身というではないか!これで私は、彼女が主役を歌う「椿姫」の公演に行くことを決めた。幸い妻も土曜日なら行けるというので、私は2階席最前列のS席を2枚買い求め、さらにはそのあとに代々木上原で、以前から行こうと思っていたフランス料理レストランの予約も済ませた。これは2人にとって、久しぶりの祝杯である。今年3月に東京を離れた長男の大学入学を、二人で祝うというのが目的だった。受験を控えて昨年は、私たちも結婚記念日や誕生祝いを自粛してきた。その期間が晴れて解けたのである。

ヴェルディ中期の傑作「椿姫」。原作では「ラ・トラヴィアータ(道を踏み外した女)」と呼ばれる。「フィガロの結婚」「カルメン」などと並んで、あらゆるオペラ作品中最も有名で愛されるこの作品こそ、私をオペラ好きたらしめた筆頭の作品である。そのことはこれまでにも書いた。これまで何度聞いたかわからない録音の数々、旋律もほぼ覚えてしまった作品を、実際に見るのはまだこれが3回目であるが、その数は最も多い。我が国では毎年、どこかの劇団が上演している超人気作品である。私にとって、これはオペラ経験の原点回帰とも言うべきもので、そのタイミングに相応しい公演に、注目の彼女が主演するというのである。

人気取りのような公演ではあるものの、土曜日ということもあってか客席はほぼ埋まっている。やがてピットに入った東京フィルハーモニー交響楽団の左手奥から、指揮者のフランチェスコ・ランツィロッタが登場するのが見えた。舞台は四角形の鏡の舞台が斜めに傾いて設置され、頂点の一つが舞台の前にせり出している。奥の壁も鏡になっていて、フローラの館に集う人々がまとう色とりどりの衣装が鏡に反射する。評判の照明装置が大変綺麗である。その中にヴィオレッタ(中村恵理、ソプラノ)とアルフレード(リッカルド・デッラ・シュッカ、テノール)がいる。間髪を入れず始まる「乾杯の歌」。新国立劇場合唱団は上手すぎて、こういう雑然とした場面もきっちりと機械のように歌い、やや「作られ感」のある喧噪である。

若いイタリア人の指揮は流れるように進み、あれよあれよと正念場のアリア「ああ、そはかの人か~花より花へ」と進む。舞台中央にはピアノが一台置かれているだけ。彼女はその周りをまわりながら、丁寧に、しかもよく通る声でこのソプラノの難曲を歌い切った。歓声に包まれる会場。アルフレードの若々しい歌声もとても好感が持てる。第1幕が終わっても休憩時間にはならず、長い休止のあと第2幕第1場へと続く。舞台のピアノはそのままで、天井になぜかこうもり傘が二つ。これだけでパリの社交界から田舎の館にチェンジ。二人の楽しい生活も束の間、アルフレードの父ジェルモン(グスターボ・カスティーリョ、バリトン)が登場して、世間体が悪いからとヴィオレッタに別れるよう求める。カスティーリョの声は、もしかするとこの公演で最も素晴らしいものだ。ベネズエラのエル・システマ出身とプロフィールにはある。その歌声での力強さと気品は、この役に必要なものがすべて備わっていた。

ヴィオレッタが泣く泣く手紙を綴るシーンや、思いがけず彼女を抱きしめるジェルモン、アルフレードの直情径行なふるまい。この第2幕は演出によってはドラマチックなものだ。しかしこの演出では舞台の転換が少ない上に、音楽が綺麗に流れて行く。歌唱のレベルは見事なのだが、演出上の工夫がちょっと平凡に思えた。そのことによって、第2幕第2場のクライマックスでさえメリハリに乏しい。闘牛士の歌もバレエはなく、動きに乏しいというのも淋しい。最高潮に達したところで歌われる三重唱など、映画で見るとそれぞれの思いが幾重にも重なって映るのだが、これは想像するしかないのは舞台で見る時の悲しさだろうか。

第3幕に入る前の長い休止も、休憩時間とはしないのが今や通例だが、時間はかかっても第1幕、第2幕、第3幕とゆったり見たいと思ったのは、この公演の完成度がすこぶる高く、弛緩することなが一切なかったからだ。歌手、オーケストラ、合唱団の3拍子が揃うことは、この作品ではなかなかないことだ。第1幕の最初から、私は気分が高揚して涙腺も緩む。だからこそ、もっと長い時間この舞台に浸り立った。実演で観る時は、家のリビングでビデオで観るのとは違う体験を期待しているのである。

第3幕の前奏曲が終わって病気に伏した彼女は、何とベッドではなくピアノの上に横たわっている。ジェルモンからの手紙を切々と読むヴィオレッタのシーンは、2階席最前列でも良く見えないからオペラ・グラスに頼るしかない。彼女は最も重要なアリア「過ぎ去りし日々」を、このピアノの上に立って歌うことになった。外に向かって開けられた扉の背後の色が、黒い舞台に映えて、謝肉祭の朝を表現したりする。だが、そこに登場するアルフレードやジェルモンは、そろそろと登場しており、何か普通の訪問者のようで丸で表現的ではない。総じて、演出に不満の残る舞台だったが、歌唱とオーケストラ、合唱と指揮はいずれも高水準で難点を見つけることができないものだった。

幕切れてヴィオレッタは病に倒れるのではなく、幕が下りた舞台の上で最後を歌う。そのために舞台の一部がオーケストラ・ピットにせり出していたのだ。彼女は歌詞では死に絶えるが、直立したまま魂は生き残り、より強い女性としてこの社会に抗う生命力を表現する。この希望的な終幕は、この演出のもっとも特徴的なものだったと言える。

舞台に残った中村恵理には多くの歓声が飛び交い、何度もカーテンコールを繰り返すうち、3時間に及んだ公演が終了した。久しぶりに見たヴェルディの傑作は、やはりこの作曲家の偉大さをひしひし感じるものだった。ヴァンサン・ブサール(演出)も述べているように、この作品は同時代の話をそのままオペラにした斬新なものである。それが当時の女性の社会的立場を、否が応でも明らかにした。だがそのことによって、今日にも通用する普遍的なテーマを持ったこの作品は、愛すべき歌唱性と通俗的なストーリーを持ちながらも、高い芸術性を勝ち取ることができた。

このような作品がヴェルディには目白押しある。9月には演奏会形式ながら「マクベス」が上演される。この作品は私がまだ実演で見ていない作品だから、行かない手はないだろう。梅雨前のうっとうしい空模様もこの日は一休み。吹く風はさわやかで、代々木までゆっくりと歩く私たちも、気分は大変爽やかだった。

2024年5月15日水曜日

ブルックナー:交響曲第7番ホ長調(クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団[ハース版])

ブルックナーの交響曲第7番は、第4番「ロマンチック」の次に親しみやすい曲だと言われる。これはたしかにそう思うところがあって、私も第4番の次に親しんだのが第7番だった。その理由には2つあるように思う。ひとつはブルックナー自身が「ワーグナーへの葬送音楽」と語った第2楽章の素晴らしさである。全体の中で最も長い「アダージョ」は、「非常に荘厳に、そして非常にゆっくりと」奏でられ、優美でロマンチックなメロディーが延々と続く。「ロマンチック」の第2楽章などはもっとも美しい部分はあっという間に通り過ぎるが、この曲はなだらかに、次第に規模を増してゆく。最高潮に達したところで、待ち構えていたティンパニやシンバルが一斉に鳴る(ノヴァーク版)。

もうひとつの理由は、第5番での複雑極まりない「形式的要素」、第6番でのわかりやすい旋律に溢れた「歌謡的要素」の2つの側面を「ほどよく調和させようと試みた(N響プログラム「フィルハーモニー」4月号)」点にあるのではないだろうか。第1楽章の冒頭を聞くだけで、その宇宙的な広がりと、まるで空から何かが舞い降りてくるような錯覚に捕らわれてしまう。一気にブルックナーの世界に入り込む。私が最も好むブルックナーの音楽のひとつが、この冒頭である。ソナタ形式の第1楽章に、この2つの要素の両面がよく表れているように思う。

ブルックナーがこの曲を作曲したのは、第3楽章からだったようだ。スケルツォの第3楽章はなかなか立派で聞きごたえある曲だが、第2楽章があまりに素晴らしいので、どことなく拍子抜けしてしまうようなところがある。ベートーヴェンの「エロイカ」が、これと同様な気持ちを抱かせる。

第4楽章が短いというのもこの曲のバランスを悪くしている。第3楽章を含め後半の楽章は、明るく楽天的でさえある。第4楽章のリラックスしたムードは、次第に高揚し最後は一気に駆け抜けて終わる。

録音された第7番の演奏は、古今東西に非常に多い。曲がいいからどの演奏も興味が尽きない。私はまず、この曲をスクロヴァチェフスキ指揮の演奏で聞いている(ライブと録音)。カラヤンが最後にリリースしたCDがこの曲だった。私も聞いているが、カラヤン指揮ウィーン・フィルのブルックナーは、第8番の名演奏に尽きると思っており、そちらに譲りたい。定評あるヴァント盤やヨッフム盤に交じって、珍しくジュリーニもウィーン・フィルでライブ収録しているが、ちょっと個性的で何度も聞く気にはなれないところ。一方、マゼールもブルックナーを演奏していて、マニアには評価が高いのだが、どことなく人工的で好き嫌いが分かれるだろう。

さて、そういう状況の中で最新のリリースがティーレマンの指揮するウィーン・フィルとの全集である。この11枚組CDはSONYから発売されているが、何とウィーン・フィルがブルックナーの全交響曲を録音するのは、これが何と初めてではないか。例えば第0番のような曲も収録されているようだ。私は専らSpotifyで聞いており、全曲を聞いたわけではないが、少なくともこの第7番に関する限り、その演奏は大変すばらしく、近年のブルックナーの最右翼たるものになっていると確信している。

何といっても聞いていて飽きないし、その世界にどっぷりとつかっていることができ、たいそう心地よい。ティーレマンとう指揮者は、時に意味不明な「溜め」を打ったかと思うと、案外あっさりとした素っ気ない部分もあって、これがベートーヴェンだとちょっと不思議な感覚になるのだが、ブルックナーではうまく嵌っている!ウィーン・フィルの優美で洗練された音色も嬉しいし、それを優秀録音が支えている。

なおこの曲の特徴として言及しなければならないことのひとつに、ワーグナーが「ニーベルングの指環」の演奏で考案したワーグナー・チューバが、第2楽章と第4楽章で用いられている点である。この音色が厳粛なムードを与え、時にワーグナーの楽劇を聞いているような錯覚に捕らわれる点で効果満点である。なおティーレマンの第7番は「ハース版」である。しかし第2楽章のクライマックスで打楽器が登場しないわけではなく、シンバルが鳴っている。

それからもう一つ。我が国のブルックナーファンには避けて通ることができない朝比奈隆の歴史的名演奏についてである。私は大阪の生まれで、生まれて初めて自腹をはたいて聞いたオーケストラのコンサートが、朝比奈の指揮する大フィルの第九だった。時は1981年、まだ中学生だった。この頃は、まだ朝比奈のコンサートも席に余裕があって、学生席というのがあったのかは忘れたが、昔のフェスティバルホールの2階席最後列で聞いた覚えがある。その朝比奈がブルックナーゆかりの土地、オーストラリアのリンツを訪れ、大フィルと聖フロリアン教会でこの曲を演奏したのは1975年、すなわち私の初コンサートの6年も前のことだった。

私は朝比奈の指揮する音楽が、どことなく息苦しくて生気を感じず、あまり評価していない。これに対し、我が国にはこの指揮者を熱烈に支持する人は多く、特に晩年になるにつれて神がかり的な人気を博したのは不思議だった。しかし、ライブ収録された聖フロリアン教会でのブルックナーの第7番の演奏は、大変真摯で大いに好感が持てる。録音がいいということもあるだろうが、この演奏は彼の代表的な遺産のひとつである。朝比奈自身もっとも感慨深い演奏として、この日のことを語っている。深遠な第2楽章が終わり、第3楽章に移る時間に鳴り響いた教会の鐘の音が、奇跡的な瞬間だったようだ(ハース版)。


2024年5月14日火曜日

パク・キュヒ(朴葵姫)ギター・リサイタル(2024年5月12紀尾井ホール)

私はふだんあまりソロ楽器のリサイタルに出かけない。特に毛嫌いしているわけではないのだが、何となくソロ楽器の曲は、CDなどメディアで再生して聞く方が感慨深いような気がしている。こう書くと、私は元来「音楽はライブに尽きる」と公言してきたので、矛盾しているではないか、と言われるような気がする。確かにそうだ。もしかしたら器楽曲のライブの魅力に、まだ気づいていないだけかも知れない。オーケストラやオペラのような大規模な音楽にひと段落がついてきたので、ここは小さな編成の音楽会にも足を向けてみようと考えた。

「ぶらあぼ」というサイトがあって、ここには我が国で開催されるすべてのクラシック音楽のコンサート情報が掲載されている。日付や会場、それにジャンルを絞って検索もできるので便利である。5月12日の午後は何の予定もない。もらったチラシにも、この日のコンサートのものはなかった。そこで「ぶらあぼ」(https://ebravo.jp/)へ行き、日付を指定して検索を実行してみたところ、たちどころに多くの公演がヒットした。その中に私の好きなギターリスト、パク・キュヒ(朴葵姫)のリサイタルがるではないか。場所は紀尾井ホール。あまり好きなホールではないが、こじんまりとした曲を聞くのは悪くない。

当日券もまだ残っていることが判明し、ローソン・チケットか何かで予約して出かけた。プログラムは、最近リリースされたバッハなどバロックの曲を中心としたもので、後半にはバッハを敬愛していた南米パラグアイの作曲家、バリオスの作品も登場する。

  • D.スカルラッティ:ソナタニ短調K.32、ニ長調K.178、イ長調K.391
  • J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調BWV1005
  • J.S.バッハ:前奏曲・フーガとアレグロ変ホ長調BWV998
  • バリオス:最後のトレモロ、大聖堂
  • J.S.バッハ:シャコンヌ(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004より)

韓国と日本で育った彼女は、数々のギター・コンクールで優勝した実績があり、その目覚ましい活躍はすでに15年以上前から続いている。私もアルバム「スペインの旅」というものを聞いて感銘を受け、すでにこのブログでも取り上げた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2020/07/g.html)。

パク・キュヒの演奏の特徴は、その音色のやさしさにあるように思う。これは主観的な感想に過ぎないし、他のギターリストに詳しくもないので、間違っているかも知れない。おおよそ韓国の文化は日本のそれより大陸的で、激情的であることが多い。しかし彼女の表現は、決して過激でもなければ鷹揚でもない。むしろ繊細でとても静かに心に響く。

もともとギターという楽器は音量が小さく、その前身ともいうべき楽器リュートがバロック以降に消えていったように、ギターという楽器のために書かれた曲は少ない。音楽の規模が大きくなり、演奏会場も広くなっていくにつれて、流行らなくなってしまったのだろう。しかしギターの魅力は、その繊細なセンチメンタリズムにある、と私は通俗的に考えており、クラシックだろうがポップスだろうが、ギターの魅力を感じさせる曲は綿々と続いていった。20世紀になってギター曲を作曲したイベリア半島の作曲家や演奏家を中心に、ギター曲の見直しがなされたのではないか。その最大の功績者が、スペインの伝説的なギタリスト、アンドレス・セゴビアだった。

ギターの活躍する音楽は、ファリャやグラナドスなどのローカルな作曲家にとどまらず、バッハやスカルラッティのようなバロック音楽をギター曲に編曲して演奏することによって、大きく広がっていった。今回パクがリリースした作品集「BACH」も、彼女が満を持して演奏したこれらバロックの作品が収録されている。今回のコンサートも、まずはD.スカルラッティのソナタ3曲から始まった。

私の座席は当日の朝に買った特には指定されていなかった。こういうことは初めてで、ぴあなどでは通常座席を指定して買う。座席をおまかせにしても、決済時には座席の位置がわかるのが通常である。ところが今回は違った。これは異常なことである。当日に窓口で「整理券」をチケットを交換したところ、私の席は何と前方中央という大変いい席だった(座席はどの位置も均一料金だったことを考えると、これは大いに幸運だったと言える)。しかも左隣は空いており、右隣の女性も演奏が始まる直前に前に席に移動した。こんなに前なのに、両隣が空席というのは誠に嬉しい。そういうわけで大変望ましい状況で始まったコンサートだったが、スカルラッティの3曲が終わった時にある大きな男性が入って来た。

彼は、私の隣の席の女性が移動した先の座席の客だった。しかし係員に誘導されて入場した彼の座席は、すでに彼女によって占められていたため、誘導員は仕方なく彼は彼女の元の席、すなわち私の座席に座るよう勧めた。そもそもコンサートには遅れてくる方が悪いのであって、彼女に悪気はない。しかし私にとっては大いに迷惑な話であった。あろうことか、彼は悪臭を放っていたからだ。

そういうわけで、次のバッハの無伴奏ソナタ第3番は、私にとって最悪の状況下でのコンサートとなった。こういうことがあるから、やはり演奏会というのは難しい。もしかすると無理して出かけなかった方が良かったのだろうか。集中力も欠き、演奏はおそらく素晴らしいのに、私は楽しめる状態ではなかった。私のまわりにいた方々も同様に感じたのではないだろうか。

これには続きがあった。前半終了時に彼はその移動した女性に声をかけ、後半のプログラムでは再び女性と座席を交代したのだった。そのことによって私は悪臭から解放された。後半のプログラムは、そのようにして再び私は深遠なギターの世界に戻ることになった。彼女のギターに当たる光が、演奏する際のゆらぎに合わせてこちらに反射する。その自然の光の美しさに見とれながら、耳はバリオスの音楽を浴びている。バロック音楽のどちらかというと形式的な音楽の枠を解き放たれ、さすがに20世紀の音楽は表現が多彩である。

バリオスの演奏が終わった時点で彼女はマイクを取り、今回の演奏に寄せる思いを語った。ギターリストにとってバッハの作品は、初期の頃から学習するが、おいそれとは演奏できない至高の作品である、というような意味のことを語った。彼女は満を持して、続く「シャコンヌ」を演奏した。

ヴァイオリンで聞くオリジナルの「シャコンヌ」も、無伴奏ソナタとパルティータ中最大の聞き所である。10分を優に超えるその長さと宇宙的な広がりは、聞き手を魅了してやまない。それをどうやってギターで表現するか。弓の長いヴァイオリンは、音を長く響かせることが可能である。しかし同じ弦楽器でもギターは、一度はじくとその音はたちまち減衰していく。これはピアノでも同様である。しかしギターで聞く「シャコンヌ」はまた、もしかしたらギターのために作られてのではないかとさえ思えるほどの魅力を放っていることを私は発見した。

演奏が終わって再びマイクを取った彼女は、「シャコンヌ」の余韻に浸るべくアンコールに何も演奏しないことも検討したという。しかし悩んだ末、バッハを尊敬していたもう一人の作曲家、ヴィラ=ロボスのプレリュード第3番を演奏することにした、と話した。このようにして、1時間半に及ぶコンサートは終了した。今にも雨が降り出そうかというような陽気の中を、赤坂見附を目指して紀尾井坂を下った。

そういえば私はギターのリサイタルとしては、人生2度目である。1回目は彼女の師匠でもあった福田進一で、大阪・中津にあるごく私的なコンサートに母の紹介ででかけたのである。こじんまりとしたカジュアルなレストランのようなところで開催された演奏会には、まだ駆け出しの頃だったこともあって、その取り巻きのような方々か詰めかけていた。音楽家が有名になるには、いろいろ難しいことも多い、と思った。彼は発売されたCDにサインをして渡してくれたことを思い出した。

思いがけず行くことになったパク・キュヒのリサイタルは、全国各地と韓国で順に行われるとのことである。

2024年5月12日日曜日

東京交響楽団第96回川崎定期演奏会(2024年5月11日ミューザ川崎シンフォニーホール、ジョナサン・ノット指揮)

マーラーの「大地の歌」が好きで、生で聞ける演奏会が待ち遠しかった。今シーズンの東京交響楽団の定期演奏会にこのプログラムがあることを知り、チケットを手配したのが4月ころ。私にしては早めに確保した演奏会だった。にもかかわらず客の入りは半分以下。私の席の周りににも空席が目立つ。マーラーは人気があるし、ジョナサン・ノットという東響の音楽監督も割合好評だと思っていたから、これは意外だった。

プログラムは前半に武満徹の「鳥は星形の庭に降りる」という曲(1977年)と、ベルクの演奏会用アリア「ぶどう酒」という作品(1929年)。ベルクの方は十二音技法の作品で、これを現代音楽と考えると前半はそういう曲が続く。どちらも私は初めて聞く作品で、「ぶどう酒」には独唱(ソプラノの高橋恵理)を伴う。合わせて半時間程度の長さで、丁度いいと思っていたら睡魔に襲われた。残念でならない。

今日も関東地方は快晴で気温が上昇している。眠くなるのは仕方がないが、初めて聞く曲でも一生懸命耳を傾けようと意気込んできたはずである。前日には夜更かしもせず、睡眠を十分にとって目覚め、昼食も軽めに済ませたつもりだった。これはどういうことだろう。だが音楽は過ぎ去ってしまい、もう二度と聞くことはできない。コンサートに集中できないのは、もはや歳のせいなのかも知れない。

コーヒーを飲んで眠気を覚まし、後半の「大地の歌」に挑む。座席は舞台に向かって右側の真横で、オーケストラが半分しか見えない。ハープやマンドリンといった楽器が犠牲になっている。そして歌手は向こうを向いて歌う。代わりに指揮者や木管楽器が良く見える。このような席でもサントリーホールではそこそこ音がいいと思っているが、ミューザ川崎シンフォニーホールではどうもそうはいかないように感じた。いやもしかしたら、これは指揮者の無謀な音作りによるのかも知れない。

私はジョナサン・ノットという指揮者とは、あまり相性が良くないようだ。これまでに出かけた彼のコンサートで感動したことがあまりない。むしろ音量がやたら大きく、指揮が目立ちすぎるのである。この結果バランスが悪く、せっかくオーケストラが好演しても音楽的なまとまりに欠けるような気がするのは私だけだろうか。似たようなことが、バッティストーニ指揮の東フィルにも言える。今回の演奏会の場合、私の着席した位置からは、二人のソリスト(メゾ・ソプラノのドロティア・ラングとテノールのベンヤミン・ブルンス)がオーケストラの音に埋もれてしまう。正面で聞いていたらもう少しましだったかも知れないが、それでもこの指揮者は力強い指揮で音楽の情緒を壊していると感じることが多いから、あまり変わらなかったのではないか。

真横での鑑賞の今一つの問題点は、各楽器の音がばらけてしまう点にある。サントリーホールでは上部に設えられた反射板のお陰か、その欠点はやや補正されている。しかし川崎のホールはむき出しである。にもかかわらず、正面の座席が少ない。2階席からは螺旋状になっており、左右非対称というのも落ち着かないが、いわば大きな筒の中にいるような感じである。そうだ、東響の定期演奏会は通常、サントリーホールでも行われるから、そちらの方で聞くのがいいのかも知れない(チケットは若干高い)。

結局、私はこのマーラーが残した最も美しい作品を、あまり楽しむことができないまま演奏会が終わってしまった。ここのところ、勇んでいくコンサートが期待外れに終わることが多い。客観的にはオーケストラが巧く、欠点は少ないのにそう感じている。原因は、次の3つのうちのどれか、もしくはその組み合わせである。①聞く位置が悪い、②体調が良くない、③耳が肥えてしまった。今後は厳選したコンサートをいい位置で聞くこととしたい。そう切に思った演奏会だった。

なお、「大地の歌」を聞くのは2回目。1回目のインバル指揮都響の演奏があまりに良かったので、その時の感銘を超えることができなかった、ということかも知れない。それにしてもノットの音楽は、どことなく無機的で表面的だと感じている。

2024年5月11日土曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第760回定期演奏会(2024年5月10日サントリーホール、カーチュン・ウォン指揮)

今季日フィルの定期会員になった理由のひとつが、このカーチュン・ウォンの指揮するマーラーの演奏会だった。昨年第3番を聞いて感銘を受けたからだ。今や私はシンガポール人のこの若手指揮者のファンである。彼は日フィルのシェフとして、アジア人の作曲家の作品を積極的に取り上げているが、それと同時にマーラーの作品を順に演奏している。それでもさすがに、第9番ともなると演奏する方だけでなく、聞く側も覚悟がいる。

このマーラーが完成させて最後の交響曲は、声楽を含まず、楽章も4楽章構成と一見純器楽作品に回帰している。そのため親しみやすいと考えるのは禁物で、各楽章の構成は大変入り組んでおり、複雑極まりないのも事実である。どのように複雑であるかを記述するには音楽的な知識を要するので、私には書けない。幸い深澤夏樹氏によるプログラム・ノートに詳しく書かれているので、開演前のわずかな時間をその読解に充てた。

私はこの作品を鑑賞するのは3回目である。ただ以前の2回はほとんど記憶がない。1回目はヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団で、記録によれば1992年11月(第1185回定期公演)となっている。30年も前のことである。まだ東京に出てきたばかりの頃で、仕事の帰りにNHKホールへ駆けつけ、ほとんど居眠り状態で3階自由席で聞いたのだろう。

2回目はベルナルト・ハイティンク指揮ボストン交響楽団(1995年11月カーネギーホール)である。このコンサートは記憶に少し残ってはいるが、やはり後の方の席で聞いたこともあって、どんな演奏だったかを思い出すことはできない。定評あるハイティンクの指揮なので、それなりに感銘を受けたはずである。だが私はこの作品をちゃんと理解するには早すぎた。

ここのところの私は生活の区切りをつけたいと思っていて、最近はクラシック音楽のコンサートでも、それまでにあまり触れてこなかった重要作品を立て続けに聞いている。オペラの「トリスタンとイゾルデ」や「エレクトラ」についてはすでに書いたが、それと並行してブルックナーとマーラーの最後の3つの交響曲作品、すなわちブルックナーの第7番、第8番、第9番、マーラーの「大地の歌」、第9番、それに第10番が取り上げられる場合には、時間を何とかやりくりして聞いている。これらの作品は規模が大きく(補筆版を含む)、音楽的にも難解である。プログラムに休憩時間がないことも多い。

けれども人気があって、プログラムにのぼることは結構多い。マーラーの交響曲第9番も、毎年どこかで演奏されているような気がする。来年は佐渡裕指揮新日フィルの演奏会も予定されているようだ。そういうわけで今回の日フィルの演奏会も、二日目については売り切れてしまったようだ。私は金曜の第1日目の会員なので、その指定席(1階A席、向かって左手)に向かう。すでに管楽器のメンバーは舞台上に揃っており、やがて弦楽器の方々が登場した。

冒頭の演奏が始まってすぐ、私はオーケストラの音がいつもと違うような気がした。聞く位置によるからだろうか、あるいは演奏のせいか。ちょっと違和感があって、それは第1楽章の後半まで気になったが、全体にどことなく集中力が続かない。私は直前まで多忙な時間を過ごしていたので、平日のコンサートではよくあることだと思うことにした。ただ日フィルはとても良く鳴っている。いつものようにカーチュン・ウォンの指揮は細かく敏感で、まるでパントマイムのように指揮台で見事に踊っている。

マーラーの第9交響曲は「死」を意識する作品と言われている。だが私が今回聞いた演奏からは、絶望的な悲壮感もなければマーラー独特の厭世観も少なかった。それもまだ30代の若手が演奏するのだから当たり前ではないか、と思う。いやこういう演奏があってもいいと思う。ウォンもそのことは意識していて、彼は「今の自分にしかできない演奏」もあるのではないかと語っている(4月のプログラム・ノート)。

第2楽章のワルツはスケルツォ風だが、この楽章も軽やかであったし、第3楽章の「ロンド・ブルレスケ」では打楽器も入って大いに盛り上がり、賑やかだった。プログラムにも書かれているように、マーラーがこの作品を作曲したのは、決して死に怯えながら、というわけではなかった。実際、本当に「死」を意識する時、人間は創作などしていられないはずだ。新しいものを創り出すエネルギーがあるのは、「死」の恐怖から一時的にでも開放されているか、あるいはそれを意識する時間を忘れるだけの気力が残っている証左である。これは私自身の経験からそう思う。マーラーがテーマとした「死」は、そういうわけで差し迫った自身の「死」というよりも、もう少し観念的な「死」の概念であろう。あるいは娘の「死」の記憶か。

そう思ったとき、今日のコンサートがわかったような気がした。この作品はマーラーのそれまでの作品の延長上にあって、決して昔に回帰した作品ではない。むしろその次の第10番で試みようとしたような二十世紀の音楽への挑戦だったと見るべきではないか。すると純音楽的な意味で、まず器楽曲の新鮮さ、すなわち聞こえる音楽の透明かつ明晰な感覚(それはシェーンベルクに通じるような)を終始維持していることに気付く。ウォンはそう意識していたかはわからないが、よくありがちなマーラーの粘っこい、どろどろとした音楽としてこの作品を表現していない。

それはあの第4楽章の長大な「アダージョ」でも同様だった。ただこの楽章は、様々なモチーフを回帰し、最後は消え入るように弦楽器が長いアンサンブルを響かせる。その時の会場と舞台が一体となった感覚は奇跡のように静かで、しかも宇宙的な広がりを持っていた。会場が物音ひとつしない協力的な姿勢を貫けることができたのは、会場の聴衆のほぼ全員が、この音楽に思いを寄せ、演奏をリスペクトしていたからであろう。指揮者が腕を下ろすまでの長い時間(彼は第4楽章では指揮棒を持っていなかった)、会場は静まり返っていた。その時間は30秒も続いたであろうか。

やがて静かに拍手が始まり、2度目に指揮者が登場したときには一斉にブラボーが飛び交った。ホルンを始めとする管楽器の奏者をひとりずる立たせながら、満面の笑みを受かべて拍手に応えた。その風貌から、決して背伸びをせず、自身の「今演奏できる」マーラーをとことん演奏しきった充実感が感じられた。最近ではオーケストラが立ち去っても、ソロ・カーテンコールを促す拍手が続くことも多いが、今回はその人数も多く、この指揮者が今や大変な人気者になっていることがよくわかった。

多忙な日々を送っていると想像するが、来年にはついに「復活」がプログラムに上っている。今から楽しみである。

ブラームス:「悲劇的序曲」ニ短調作品81(レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ブラームスの2つある演奏会用序曲はほぼ同時期に作曲された。片方が「悲劇的序曲」なら、もう片方の「大学祝典序曲」は喜劇的作品(ブラームス自身「スッペ風」と言った)である。ブラームスは丸で喜劇的傾向を埋め合わせるかのように「悲劇的」を書いた。「喜劇的」(笑う序曲)の方は必要に迫られて...