2024年11月2日土曜日

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品14(P: アルフレート・ブレンデル、クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

例年になく高温の日が続く今年。それでもさすがに11月ともなるとようやく秋が深まって来て、今日は朝から雨が降り続いている。すっかり日も短くなり、夕方になると肌寒く感じる。私がブラームスを聞きたくなるのは、そういう季節である。だがこのブログでは、これまであまりブラームスの作品を取り上げてこなかった。別に避けていたわけではないが、人気ある作品となるとそれを語る人も多く、おいそれといい加減なことは言えまいとの気持ちがもたげ、そうでなくてもずっしりと重い重厚感のある音楽が、私を駄作文から遠ざけていた、という気がしている。

しかしブラームスの若い頃の作品は、若さゆえの野心と情熱に満ち、それでいて十分に内省的、ロマンチックである。交響曲を作曲し始めたのが遅かったので、とりわけそのような作品は忘れられがちであるとさえ思われる。その若い頃の作品、ピアノ協奏曲第1番が作曲されたのは1854年から1857年にかけてで、1833年生まれのブラームスの20代前半の作品ということになる。しかしこの曲は、晩年の作品に劣らず深い味わいを持っている。いまでこそ私にとっては、ピアノ協奏曲第2番がもっとも好きなブラームス作品となっているが、私も若かったころは、第2番の魅力よりも躍動感とエネルギーに溢れた第1番の方が好きだった。

ピアノ協奏曲第1番は長い。演奏時間は50分に達する。その壮大な音楽はむしろ交響曲と呼んだ方がいいくらいで、実際この曲は「ピアノ付き交響曲」といわれるくらい(第2番もそうだけど)、実際一時は交響曲として筆が進められた。初演時は退屈だと批判されたようだが、第2番よりも録音されたディスクは多いのではないだろうか。

その名演ひしめくあまたのディスクの中で、何が一番心に残っているかと言われれば、やはり(ほかの曲でもそうなのだが)最初にこの曲に親しんだ演奏ということになる。私の場合、それはアルフレート・ブレンデルによるものであった。競演しているのはクラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィル。1986年フィリップスによる録音である。この組み合わせは1992年に来日し、私も生まれて初めてベルリン・フィルの演奏を聞いたときの思い出にもなっている。当時、アバドはベルリンの音楽監督にカラヤンの後継として就任したことで、さらに世界の注目を集めていた頃である。

第1楽章は荒っぽい音楽である。私はこの曲を初めて聞いた時、ブラームスのピアノ協奏曲なるものが一体どのようなものであるのか想像がつかず興味津々だったが、この第1楽章を聞いて、ずっしりとしたブラームスのオーケストラの音色と、華やかな音色のピアノが、溶け合うというよりも妙な化学反応を起こしているような音楽だと思った。だが不思議に印象は深く、何度も聞いてみたいと思った。それにくらべると第2番などはもっと長いし静かな感じで地味だと思った。程なくして私はもっぱら第1番を聞くようになった。

ブレンデルの録音は、当時の最新録音のひとつで大変充実したものである。ベルリン・フィルの演奏も目立ちすぎず、かといって控えめでもない。どちらも、そしてその競演も丁度いい塩梅である。その真骨頂は第2楽章で示される。はじめはよくわからないと思いながら聞いていた緩徐楽章も、歳を重ねるごとに理解が進んだというのもおかしな話だが、何かつぶやくような静謐な音楽がそっと心に響く。今回はイヤホンでストリーミングを聞いているのではなく、CDプレイヤーをアンプにつないで2台のスピーカーを鳴らしている。そのようにして聞くアダージョの美しさは比類がない。

第3楽章はピアノとオーケストラががっぷり四つに組んだ素晴らしい曲で、聞き進むうちに熱も帯びてくるものの、美しさを邪魔するわけではなく、その絶妙なバランスがとても素敵である。この曲の初演が不調に終わったのが理解できないほどだが、確かにクラシック音楽というのは、一度聞いただけではわからないくらいに難しいのは事実である。音楽は基本、ライブで楽しむべきものと思っている私も、ディスクで聞くことにも別の大きな価値を見出すべきだと思っている。

それにしても、秋の夜長に耳を傾ける落ち着いた時間が妙に懐かしい。この曲を聞いていると昔、CD一枚一枚を購入しては何度も聞いていたころが蘇ってきた。そういえば今年は息子が大学生になって家を出て行き、私はひさしぶりに自由な時間を取り戻した。それでもここまでの半年はいろいろ慌ただしく、しかも夏の猛暑に体も不調を極めた。環境の変化により、もぬけの殻のように何もする気が起きなかったこの夏を経て、ようやく音楽にでもゆったりと浸ってみるきっかけになればいいと思った。

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