2026年9月9日水曜日

ブラームス:合唱曲集(マリリン・ホーン(S)、ロバート・ショウ指揮アトランタ交響楽団・合唱団)

ブラームスのもっとも有名な合唱曲が「ドイツ・レクイエム」であることは疑う余地がないが、それ以外にも短い曲がいくつかあって、いずれもレクイエムと似てしみじみと味わい深く、ひとつひとつが素晴らしい作品である。しかし、合唱団を伴うこれらの曲が実際の演奏会で取り上げられることは少なく、ディスクへの録音でも、交響曲のカップリングとしてひっそり存在している程度である。

だが、いろいろ探していたら、4つの合唱付き作品を収録したものが見つかった。アメリカの有名な合唱指揮者、ロバート・ショウがアトランタ交響楽団を指揮した一枚である。そして「アルト・ラプソディ」に加わるアルト独唱には、重鎮のアメリカ人マリリン・ホーンが参加している。少し聴いてみると、実にこれが素晴らしかったので、ここで取り上げることにした。

【収録曲】

  1. 「アルト・ラプソディ」作品53
  2. 「運命の女神の歌」作品89
  3. 「哀悼の歌」作品82
  4. 「運命の歌」作品54

まず「アルト・ラプソディ」だが、これは上記の中では最も有名で、かつ演奏されることが多い作品である。ゲーテによる「冬のハルツの旅」からの断章が用いられており、アルト独唱と男声合唱が用いられる。3つの部分から成り立っており、人間嫌いの世捨て人が感じる心の痛みを表現している。ここで世捨て人とは、失恋したブラームス自身ではないか、という解釈がある。

こう書くとブラームスに叱られるかもしれないのだが、この曲の出だしはワーグナーの楽劇を彷彿とさせる。もっとも、ブラームスとワーグナーは、派閥として弟子同士が対立していたのであって、当人同士は尊敬し合っていたと言われている。そう思って聴くと、この曲はワーグナー風のブラームスという特殊なものに思えてくる。後半のアルト独唱と合唱の天国的な融合は、聴いていて心が洗われるようだ。

次の「運命の女神の歌」は、別の「運命の歌」と混同してしまいそうになるが、こちらもゲーテの詩から歌詞が採られている。「タウリスのイフィゲーニエ」という戯曲の第4幕らしい。ここの歌詞は、神々を恐れる人間の歌である。ブラームスはもう50歳になろうとしていたが、この時期に大いなる不安を抱えていたようである。そう思って聴くからか、この曲にはシューマンのような不安定さと、ブラームスの力強さが混在している。実際、この曲を絶賛したのはクララ・シューマンだったようだ。

3番目の「哀悼の歌」というのは初めて聴いた曲だったが、やはり美しい混声合唱を伴い、時にハープの音も聞こえるが、冒頭とコーダをはじめとしてしばしば奏でられるオーボエが印象的な曲だった。ブラームスらしい底堅い力強さと繊細さが感じられる。その名の示す通り、これは亡くなった人を哀悼するもので、やはり「ドイツ・レクイエム」の線上にある曲とも言えるだろうか。

収録された最後の作品は「運命の歌」である。これもまた素敵な曲である。私はかつてクラウディオ・アバドの指揮するディスクで感動した覚えがある。最初は管弦楽のみの序奏で始まるが、やがて女声合唱が静かに歌い始め、次第に男声も加わっていく。何と心が落ち着く曲だろうか、と改めて思う。ところが中間部になると、激しく緊張感のある曲調に変化する。トルコからのギリシャの独立戦争が背後にあるテーマだが、これは原詩であるフリードリヒ・ヘルダーリンの「ヒュペーリオン」の歌詞に由来する。

合唱が付いているのは第2部までで、最後はオーケストラのみの曲となる。言葉よりも音楽が、より饒舌に、そして真摯に胸に迫る、と考えたのかもしれない。天国的な雰囲気に変化する音楽は、自然への賛歌ともいうべき昇華の中で、十数分の曲を静かに閉じる。

さて、私は1995年に米国ニューヨークに滞在していたことを、これまでに何度か書いた。そして私は幾度となくカーネギーホールやリンカーン・センターに馳せ参じていたのだが、毎月の演奏会を記した縦長のリストを見て驚いたのは、ロバート・ショウがいまだ現役でコンサートの指揮をしていたことだった。トスカニーニとの共演もある指揮者だったロバート・ショウの「LIVING STEREO」と題されたシリーズに録音された生々しいアナログ・サウンドのLPレコードが小学生時代の我が家にもあったのを覚えている。

もう80歳にもなる彼は、自身が設立した合唱団を解散した年(1967年)にアトランタ交響楽団の指揮者に就任している。そしてこのディスクも、そのアトランタのオーケストラと合唱団を指揮している。

一方、マリリン・ホーンについても、長年現役を続けたメゾ・ソプラノの大御所で、やはり私のニューヨーク時代にコンサートを開いていた記憶がある。そして彼女は、2026年の今でも92歳で健在である。改めて調べてみると、彼女はロッシーニやベッリーニなどのベルカント・オペラを得意とし、数々の名声を博したようだ。これもやはり1960年代が中心の話であって、それ以降も現役を続けた点で、ロバート・ショウと同時期に生きた古きアメリカのクラシック音楽家の栄光を感じる。それがデジタルの時代になって、テラークの名録音で蘇った当盤は、もはや遺産級のディスクであると言ってもいいのではないだろうか。

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