限りない数の録音が存在するベートーヴェンのピアノ協奏曲でも、この第2番はもっとも人気のない地味な作品である。けれども私はこの第2番が結構好きである。特に第2楽章。ここのロマンチックなメロディーは、映画か何かの映像作品で使いたくなるようなメロディーだ。モーツァルトに似ているとも言われる初期の作品ながら、ここには紛れも無くベートーヴェンが存在している。
ベートーヴェンはこの曲を第1番より先に作曲している。それは1786年から1795年にかけてとされていて、1786年と言えばまだ16歳、ボンにいた頃である。だがベートーヴェンがこの曲を初演するのは1795年のことで、この時25歳。楽聖はウィーンにいて、はじめての演奏会、すなわちデビューを飾ったのがこの曲によってであった。
この後に初演されたピアノ協奏曲第1番ハ長調のほうがもっぱら明るく快活で、若々しさに溢れている。ともすれば第2番はその陰に隠れてしまっている。けれども、第2番は第1番より先に作曲された。ベートーヴェンのボン時代の作品はほとんど知られていないが、この曲はベートーヴェンの音楽がすでに個性を発揮していたことを良く表している。ところがベートーヴェンはこの曲を出来損ないだと考えていた。何度も改訂を重ねた挙句、取るに足らない作品だと決めつけてしまったのだ。
だが、そんな良くない曲に、私には思えない。特に今回、ピエール=ローラン・エマールがピアノ弾き、ニクラウス・アーノンクールの指揮するヨーロッパ室内管弦楽団の演奏で聞いてみると、この曲の素晴らしさがひしひしと伝わってくる。エマールは大変幻想的に、しかも十分な構えをもってこの曲を演奏し、かといって重くならない繊細さを持っている。何かシューマンの曲を聞くような感じである。そこにはすでにロマンチックな解釈が、この作品に適用可能であることが明確に示されている。
何度も何度も聞いているが、そのたびに好きになり、飽きるどころかはまっていく。録音が美しいので、ヘッドフォンで聞くにも相応しい。ヨーロッパ室内管弦楽団の素晴らしいソリストが、アーノンクールの意図を的確に汲みとっていて、ピアノと綺麗に噛み合っている。完成度が高い。
私はこの演奏を、被災地に向かう朝の東北新幹線の中で聞いていた。晩秋の関東地方は雲ひとつない快晴で、遠くに雪を頂く富士山が美しい姿を見せていた。これから向かう三陸海岸は東日本大震災から2年半以上が経過した今でも、復興はままならないと聞く。まだ旅行したことのないリアス式海岸の街を、思い切って訪ねてみようと思った私は、何曲かのクラシック音楽を携帯音楽プレーヤーにコピーした。そのひとつがこの演奏で、それを朝日を浴びる関東平野を過ぎ去る時間に聞いてみたくなった。
その音楽は私の心象風景とよく合っていた。久しぶりに出かける休暇は、私を自由な気分にさせたが、その目的地に被災地を選んだことで、その足取りは明るくはなかった。すこし曇ってきた福島県の中通りを通過するとき、この心理はまだボンにいて音楽家を夢見るベートーヴェンの不安感と、少しは似通っていたのかも知れない、などと浅はかなことを考えた。だが、かつては何日もかかったみちのくへは、たった2時間足らずで到着した。雲の合間から明るい陽射しが差し込むたびに、オーケストラの間に響くピアノの音に、うまく呼応しているように感じられた。軽やかさとほのかな翳りが入り混じった不思議な時間であった。
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