チャイコフスキーの最も有名な歌劇「エフゲニー・オネーギン」を見る際に留意しなければならないことのひとつは、この作品がまだロシア帝国時代の農村を舞台にした物語であるということだ。プーシキンの原作によれば1820年頃である。当時のロシアの農民は悪名高い農奴制による搾取の中で貧困にあえいでいたが、姉妹の育ったラーリン家は多くの小作人を擁する家庭だった。
姉のタチアーナが読書好きで、夢見がちな少女だったことからは、彼女は字が読めて書ける教養を身につけることができるだけの裕福さがあったことがわかる。しかしタチアーナは16-17歳、妹のオリガは13-14歳頃だろうか。その年老いた乳母が結婚をしたのも、その年頃だった。妹オリガにはもう婚約者がいて、その婚約者の友人オネーギンに一目惚れしたタチアーナは、第1幕第2場の冒頭で乳母に、過去の恋愛体験を訊ねる。だが、「私の時代はそういうものとは無縁だった」と語るシーンがなぜか心に残った。
ロシアでも西欧の自由に目覚める風潮が、徐々に影響を及ぼしてきた時期である。ロシアの農村風景は、このラーリン家の屋敷からは直接見えない。だが、今回のビデオでは各幕の最初に背景となったロシアの風景を映し出す。秋の終わり頃、作業を終えた農民たちの合唱が響く。貧しくともそれなりに平和な風景ということになっている。タチアーナはその夜、夜を徹して恋文をしたためる。ここが有名な「手紙の場」である。タチアーナを歌ったアンナ・ネトレプコは、まだ若い村の娘の揺れ動く心境を、十数分にわたって母国語でたっぷりと歌いあげた。その堂に入った演技はまさに「ネトレプコの歌」であった。
だがオネーギン(バリトンのマリウシュ・クヴィエチェン)は、タチアーナの告白を受け付けない。ここのやりとりなど、実にストレートで見ていてよくわかるストーリーは、常に神話がかるワーグナーや、挿話の多いヴェルディなどにない「良さ」である。加えてチャイコフスキーの叙情的なメロディーが美しく、すぐに口ずさめる歌こそないものの、しみじみと聞き応えがある。
オネーギンはタチアーナを拒否するのだが、ここでの彼の振る舞いは事前に読んだ「あらすじ」よりももっと思慮深いもののように思えた。彼はあくまでタチアーナに対し丁寧であった。オネーギンとて24歳の若者である。彼が自分を結婚に相応しくないと自覚していたからこそ、彼女に対して丁重であったと思う(私は結構オネーギンに同情的である)。
妹のオリガ(メゾソプラノのオクサナ・ヴォルコヴァ)の婚約者レンスキーは、クヴィエチェンと同じポーランド人のテノール、ピョートル・ベチャワによって歌われた。一途な詩人ということになっているが、あまり詩人という感じではなく、むしろ普通の好青年である。だが彼も若すぎた。その自尊心故に、第2幕の「決闘の場」においてオネーギンに鉄砲で打たれるのだ。対角線上に離れ、振り向いて鉄砲を撃ち合うシーンは、戦慄を覚えるような迫力満点で、歌の見事さもさることながら、演技の上手さが光る。おそらく歌の自信が演技にも余裕を与えたのであろう。
指揮者のワレリー・ゲルギエフの指揮ぶりは何も言うことはないが、そのゲルギエフのインタビューは簡潔ながら大変興味深い。ゲルギエフはネトレプコを見出した指揮者だが、彼女ほど熱心に練習をした歌手はいなかったと付け加える。デボラ・ワーナーの演出は、舞台を台本通りの時代設定のままとし、各場面において主張しすぎないものの、十分に歌手を引き立たせる効果的なものだった。
第3幕になると舞台は一転、冬のサンクト・ペテルブルクの社交界である。何本もの宮殿の柱がそびえ、その合間を縫うように有名なポロネーズに乗って舞踏会が開かれる。チャイコフスキーの音楽は、独特の陰影を持ちつつも華やかである。数年間の放浪の旅を終えたオネーギンは、偶然にもタチアーナに出くわす。今やグルーミン公爵の妻となったネトレプコは、ワインレッド色のドレスを身にまとい、貫禄ある夫人として登場する。この変化も見事だが、最後のシーンで再び揺れ動く心境の変化を見事に歌い上げるのは、オネーギンも同じである。再開した2人によるドラマチックな二重唱は聞く者を惹きつける。それでも「過去は呼び戻せない」と、今度はタチアーナがオネーギンの願いを拒絶する。
一瞬、音が途切れ空白の時間が過ぎる。最後の圧巻のシーンは、ここに書くのが惜しい。この幕切れを、オペラとしての充実度に乏しいとする意見に私は反対である。少なくとも今回のワーナーの演出で見たラスト・シーンは、私を硬直させるほどの感動に導いた。
このオペラの主役はタチアーナだという人がいるが、わたしはやはり標題役のオネーギンだと思いたい。彼は自分の立場が不幸だと嘆きながら、より不幸となってしまう宿命を帯びている。自己憐憫の塊のような主人公を、なぜか私は憎めない。思うに次々と変わっていく女性に比べると、男というのはいつまでたっても変われない不器用なものだと改めて思う。彼はそのことが最初から少しわかっていたから、タチアーナを拒絶したのではないか。若いということが、実はこれほどの悲劇を生むという危険性を宿しているという点で、このオペラに「カルメン」と同様なものを感じる。
思えば声が非常にアップで録られ、実際にはこんな風には聞こえないというビデオ収録である。何となく「口パク」の雰囲気もなきにしもあらずだ。だが、そんな心配は最初の30分しか感じなかった。ロシア物を自分の音楽として演じる3人のベテラン歌手たちと、チャイコフスキーの第1人者ゲルギエフの指揮によって、とかく馴染みのなかった「ロシア物」への扉が開かれた。今年のMETライブはこれに続きショスタコーヴィチの「鼻」、ボロディンの「イーゴリ公」、さらにはドヴォルジャークの「ルサルカ」と、スラヴ系オペラの見どころが続く。レヴァインの復帰が予定される「ファルスタッフ」や「コジ・ファン・トゥッテ」と並んで今から待ち遠しい。
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