ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番は、ここに何かを書くのが難しい曲である。他のピアノ協奏曲と較べても華やかさに欠けるが、かと言って平凡な曲ではない。十分にベートーヴェンらしいということは疑いようがないが、交響曲の有名作品と比べると、存在は地味である。もう若いころの作品と言うほどではないが、まだ耳は不自由ではなく、いわゆる「傑作の森」まではまだ時間がある。
この曲は交響曲第1番が初演された1800年に作曲され、作曲者自身のピアノにより1803年に初演された。ハ短調という調性が示すように、この作品の異色ぶりは第5交響曲と同様、古典的な骨格を有しながらも悲愴的である。つまり個性的で、野心的な作品。
私はこの曲を初めて聴いた時のことが未だに忘れられない。コリン・デイヴィスの指揮するBBC交響楽団は、何と無骨な演奏をするのだろうと思った。第1楽章の冒頭ほどいろいろな意味でベートーヴェン的な野暮ったさを持つ作品はないとさえ思った。長い間この曲を聞く時は、私はいつもベートーヴェン臭さとでも言うべきものを感じ、そしてそれを楽しんでいた。
けれども第2楽章に至るとそのロマンチックで、それでいてとても内省的な曲の雰囲気に、他の曲にはない美しさを感じることとなった。全体が二拍子で書かれているようだが、何度聞いても私には六拍子に聞こえる。ただ技巧的でもなければ、綺麗なだけでもない。不思議な感覚はこの楽章の終わりまで長く続き、この曲の最も大きな聞きどころだと思う。それに比べると、第3楽章がいつもちょっと不足感を感じてしまうのは私だけだろうか。もしこの曲が他のピアノ協奏曲に比べて人気の点で劣るとすれば、第3楽章に原因があるのではないかと思う。
かつてベートーヴェンのピアノ協奏曲といえば、音楽評論家が口を揃えて褒め称える3人の巨匠の演奏を避けて通るわけにはいかなかった。すなわち、バックハウス、ケンプ、それにルービンシュタインだろうか。だが百花繚乱のピアノ協奏曲にあっては、今でもなお次々と個性的な名演が現れる。いつのまにかこれらの演奏は、一部のオールド・ファンの胸の中にしまわれてしまったかのようだ。その一人、ケンプのベートーヴェンは、ひっそりと我がラックの片隅に眠っている。
ケンプのピアノ協奏曲には、モノラルの録音(ケンペン指揮だったか)があり、これはその後のステレオ盤である。ここで指揮はライトナーが受け持っており、彼はNHK交響楽団への客演でもよく知られた指揮者だが、さりとて後世の名を残す名演奏があるというわけでもない。
ライトナーは天下のベルリン・フィルを指揮しているが、その演奏は普通である。加えてケンプのピアノも、何かをひけらかすようでもなく、つまりは全体的に大人しい演奏である。私は長年なぜこの演奏がかくも評判が高いのかわからなかった。そう感じた人も多かったのだろう。その結果、今ではあまり顧みられない演奏となってしまった。だが時折、その色あせた演奏を聞くと、これが実に意外にも、堅実にこの難しい曲の魅力を巧みにしかもそこはかと表現しているように感じられた。
余裕ある人が、その範囲できっちりと固めている。指揮や伴奏もその傾向に合わせられており、目立った不満がないばかりか、ちょっとした渋い演奏に聞こえてきた。その体験はちょっと不思議だった。今では第4番とともに、お気に入りの演奏である。なおケンプは独自のカデンツァを用いている。
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