2014年9月7日日曜日

J. S. バッハ:ブランデンブルク協奏曲全集BWV1046-1051(クラウディオ・アバド指揮モーツァルト管弦楽団)

夏が終わったというのに秋がまだ来ない。毎年9月の上旬は私の誕生日が近いというのに、何とも憂鬱な季節である。そのような蒸し暑い季節の朝に合いそうな音楽はあまりないのだが、だからこそバロックの名曲を、ただ聞き流すという時間にうってつけとも言える。

J.S.バッハのおびただしい数の作品の中でもとりわけ有名な曲が、ブランデンブルク協奏曲である。その名前の由来はブランデンブルクの領主クリスティアン・ルートヴィッヒに献呈されたからとされている。それは1721年ということだが、作曲されたのはケーテン時代を中心とした頃全般に亘っており、作曲順も番号順とは違っている。

私はその中でも第6番、第3番、第1番、第2番という順に好きなのだが、実にこれがその作曲順と一致している(ただ今回改めて聞き直し、その好みの順も幾分修正が必要となっている。というか全てが甲乙つけがたい曲であることを発見したのである)。そして初期の第6番と第3番は、独奏楽器が特に区別されているわけではない。以下に各曲と、その独奏楽器群や特徴を列挙してみる。
  • 第1番ヘ長調:ホルン2、オーボエ3、ファゴット。第1ヴァイオリンにヴィオリーノ・ピッコロ。
  • 第2番ヘ長調:トランペット(F管)、リコーダー、オーボエ、ヴァイオリン。
  • 第3番ト長調:独奏楽器の指定なし。
  • 第4番ト長調:ヴァイオリン、リコーダー2
  • 第5番ニ長調:フルート、ヴァイオリン、チャンバロ。
  • 第6番変ロ長調:独奏楽器の指定なし。ヴィオラ・ダ・ブラッチョ、ヴィオラ・ダ・ガンバも活躍する一方でヴァイオリンが存在しない!
どの曲を取り上げても、楽器のオンパレードであり、合奏協奏曲のような色合いの第6番や第3番、超高音のトランペットが印象的な第2番、リコーダーが活躍する第4番、フルートとチェンバロが活躍する第5番、楽器の掛け合いの見事な第1番と、興味が尽きることがない。私は子供の頃、これがなぜ「協奏曲」と言われるのかよくわからなかったが、ピアノやヴァイオリンの独奏楽器とオーケストラという形態が定着するのは、もう少し後の時代である。

それにしてもブランデンブルク協奏曲の魅力は何と言えばいいのだろうか。「最新・名曲解説辞典」(音楽の友社)には次のように記載されている。「『ブランデンブルク協奏曲』はじつにバッハの技能が最も自由に発揮されている好適例であって、この音楽は純粋な楽しみ以外の何物も意図されていない。それにもかかわらず、この楽曲はロマン派の音楽にききなれ、音楽から何か啓示めいたものを受け入れようとする態度になれているわれわれの心をも強く動かす」(辻壮一)。

ブランデンブルク協奏曲の演奏は、かつてカール・リヒターがミュンヘン・バッハ管弦楽団を率いていた時代に、モダン楽器による最高峰とも言える演奏が登場し未だに色褪せない。この演奏には映像もあり、YouTubeでも見ることができる。けれども70年代後半以降は完全にオリジナル楽器の全盛時代となった。その中では個人的には、ヘルベルト・ケーゲルが率いるムジカ・アンティクァ・ケルンによる瞠目すべき演奏と、我が国を代表するバロックの第1人者、鈴木雅明が率いるバッハ・コレギウム・ジャパンの演奏が記憶に残っている。

だが今では、クラウディオ・アバドがモーツァルト管弦楽団のメンバーと収録したイタリアでのライブ映像こそ、現時点での最高の演奏のひとつではないかと確信している。この演奏は2007年のもので、録音で聞く音だけのものは、早めのテンポで駆け抜ける演奏が丸でジャズのように耳に心地よく爽やかで、映像で見ると名手たちの興に乗った笑顔やアイ・コンタクトがすこぶる興味深い。最後には第2番の第3楽章を、リコーダの代わりにピッコロに持ち替えて演奏しているなど、ライブ映像を見る楽しみが堪能できる。私はこの演奏で第6番を聞いていた時、なぜか涙がこみ上げてきた。

丁度この映像ディスクを手に入れた2009年に書いた文章が残っていたので、以下に書き写すことにしようと思う。

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知り合った元NHK局員の方から「これはいいですよ」と勧められたのは、クラウディ・アバドが2007年にイタリアで演奏したライヴ映像で、モーツァルト管弦楽団を指揮したバッハのブランデンブルク協奏曲だった。一度BSで放送された映像で、この人はブルーレイ録画機に収録して楽しんでいるとのことだった。

それにしてもバロック音楽が趣味とは、なかなか面白い人である。しかも彼は有名な私立高校の出身で、そこでは昔ドイツ語が必修科目だったらしい。今でも英語よりはわかるという。彼は年に一回、娘の住むハワイに出かけ、米国で発売されたクラシックCDを買い漁ってくる。そしてライナー・ノ-ツをドイツ語で読むのだ!

私がドイツ語を学ぼうというきっかけを与えてくれたこの老人は、テレマンやハイドンといった、バロックから古典派にかけての音楽を聞くことが趣味で、杉並の自宅にB&Wのスピーカーを起き、朝から音楽鑑賞三昧の日々を送っている。とても羨ましい生活も、度重なる入院生活に中断を余儀なくされた。病院のベッドでも彼はテレマンのCDを絶やさなかった。

アバドの指揮するこの映像はこれまで発売がされていなかったが、最近になってEuroArtsからリリースされ、しかもブルーレイ・ディスクの安売りが年末のHMVオンラインでなされた。この機会を逃すまいと購入に踏み切ったが、丁度その時に品切れになり、先日やっと届いたというわけである。

さて演奏だが、これが実に素晴らしい。名手揃いのプレイヤーが、軽快なテンポで次から次へと出てきては名人技を披露している。立って体をゆらしながら、楽しそうに演奏を続ける彼らをカメラはよくとらえている。アバドは指揮をしているが、カメラにはあまり登場しない。ここでの主役は各プレイヤーであって、指揮者ではないというビデオ・ディレクターの考えであろう。

ジュリアーノ・カルミニューラは別にヴェニス・バロック・オーケストラを指揮して素晴らしい演奏を残しているが、ここでは主席ヴァイオリンとして登場するのも見どころである。ドイツにこもったバッハの作品も、イタリアで演奏すると緩徐楽章の「愛情のこもった(affettuoso)」表現も、何やらシチリア島のように明るくも古雅な雰囲気である。そうバロックの都とドイツが連続していることがよくわかるかのようだ。

どの部分が、というわけではなく、全体を通じて文句のつけようがない。そして静かな熱気がだんだんと会場全体を包む様子が伝わり、見ている方も熱くなってくる。一気に、優雅に、そしてさりげなく名人技の見せどころが続く。立春も過ぎて春だというのに、今年の東京の冬は寒い。朝から雪が降り続いている。こういう日は休日でも家にいて、あたたかいコーヒーでも飲みながら、ゆっくり音楽でも聞くことにしようと思う。(2011年02月11日)

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