いわゆる「愛の二重唱」というのはオペラの中での最大の見せ場であることが多い。いろいろな形で男女が運命的に出会い、たがいの境遇をも越えて愛しあう。そこでそれぞれのアリアに続き、大規模な二重唱が高らかに歌われる。女性はこれでもかと高音を張り上げ、男声は無理な姿勢を維持しつつ声量は大きくなるばかり。照明はかれらを浮き上がらせ、舞台の脇役はいつのまにか袖へ去ってしまっている・・・。
だがこのようなデュエットも、1つのオペラに4回も登場するとどうだろうか。しかも同じ男女が、時とところを変え(女性は衣装も変え)、何度も抱擁を繰り返す。いくらなんでもこう何度も続けられては、と辟易するか、それともたまらなく感動するか、それは見てみないとわからない。それがグノーの名作「ロメオとジュリエット」である。全5幕、約3時間だが今回のMETの2007年の公演では、休憩は1回だけであった。
この公演の指揮は何とプラシド・ドミンゴで、前夜にはグルックのオペラに出演していたというから驚きである。ドミンゴは結構前から指揮もしているが、さほど評判にはなっていないし、私もこれまで聞いたことがなかった。だからドミンゴの指揮と聞いても、さほど食指が動かなかったのだが、それを差し置いてもこのフランス・ロマン派オペラに足を運ばせた原因は、主役の二人が今をときめく世界一のカップルと思われたからである。
まずモンターギュ家のロメオにはテノールのロベルト・アラーニャで、この役といえばアラーニャと決まっているほど評判が高い。それにはフランス語に堪能ということがあることに加え、歌い方が情熱的でしかも容姿が決まっている(だが髪には白髪も交じる)。数ある録音もほとんどアラーニャが歌っている。今回もアラーニャの歌は、ピカイチであったと思う。
一方、キャピュレット家のジュリエット役はロシアのソプラノ、アンナ・ネトレプコである。彼女はここずっとMETの舞台に立ち続けているが、その精力的な活躍は私達を驚かせる。どんな難役も見事にこなし、次々と新しい役に挑戦しているからだ。ジュリエット役も彼女としては重要なレパートリーだということだろう。そしてロメオとの呼吸も合っているので、見ていて違和感がない。先日見たマスネのマノン役よりもこちらのほうが、彼女の役には合っているように感じられた。第1幕の有名なワルツ「私は夢に行きたい」では少し緊張も見られたが、その後は安定した歌と演技であった。
この二人が主役なので常に焦点が当たるのは当然だが、このオペラには他にも結構多くの歌手が登場する。そのような中でロメオの従者でズボン役の少年ステファーノを歌ったイザベル・レオナールは、第3幕でアリアを1回だけ歌うが、その見事なこと!ほかにジュリエットの父、ローラン神父、ジュリエットの従兄弟ティボーもしっかり脇を固めていた。第3幕の殺陣(たて)のシーンでは、舞台中央の丸い台が回転して、縦横にカメラが動き、ライブ映像で見るのは圧巻である。
それにしてもこのオペラは、一見娯楽性の高いメロドラマにしか過ぎないような感じだが、それを救っているのは原作がシェークスピアである、という事実かも知れない。誰もがよく知るストーリーは理解するのが容易である。和解できない両家の宿命的な対立によって、若い恋人は一度は結婚の約束をしたものの、ロメオは決闘でメルキューシオを殺してしまい追放されてしまう。ジュリエットはロメオと駆け落ちして逃げようとするが、その際に飲んだ麻酔薬によって眠ってしまったところを、ロメオに死んだと勘違いされてしまう。ジュリエットが息を取り戻した時には、ロメオは自殺しようとして毒を飲み干した直後だった!
冒頭の合唱でこの二人の悲劇が予告される。だが幕切れの舞台では二人だけの演技が続く。ジュリエットはロメオが死んでしまうことに耐え切れず、自ら短剣で腹を切る。左右対称に横たわった二人は、最後の口づけをして息絶える。演出はギイ・ヨーステン。
この上演は2006年に始まったこの企画の2年目第1作だったが、2014年の今年のアンコール上映を見ていると、この企画は着実にオペラを趣味とする層を掘り起こしているように思う。日曜日ということもあって客席は7割程度埋まっていたようだ。このようなことは初めてである。ティーンエイジャーの恋の物語を中年の男女が演じ、それを高齢のファンが熱心に見入る。オペラというのは実に変なものだ。
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