俗にマーラーの交響曲第2番から第4番までは、「角笛交響曲」と呼ばれている。これら3曲にはいずれも、「少年の不思議な角笛」の歌曲の一部が歌われるため独唱が加わる。それでマーラーの交響曲のこれらの作品を聞くに際し、避けて通るわけにも行かないと思い、歌曲集「少年の不思議な角笛」について少し聞いておこうと思う。
歌曲集「少年の不思議な角笛」における私の唯一の愛聴盤は、いまもってソプラノがシュワルツコップ、バリトンがF=ディースカウによって歌われるセルのEMI盤である。この演奏は孤高の名盤のひとつで、他の追随を許さないほど完成度が高く、もし「歴史に残る名盤100」などといった企画があったら間違いなくその一枚に入るだろうと思われるほど、評価が高い。そして私の場合、他の演奏を聞こうと思わないほどこの演奏が気に入っている(別に避けているわけではないが、CDの購入には幾ばくかの出費を伴うため、必然的にこうなるのである)。
さてそのセルによる演奏に収められているのは、収録順に以下の曲である。
1. Revelge(死んだ鼓手/起床ラッパ)★
2. Das irdische Leben(この世の暮らし)
3. Verlorne müh'(無駄な骨折り)
4. Rheinlegendchen(ラインの伝説)
5. Der Tambourgesell(少年鼓手)★
6. Der Schildwache Nachtlied(歩哨の夜の歌)
7. Wer hat dies Liedlein erdacht? (この歌をひねり出したのはだれ?)
8. Lob des hohen Verstands(高遠なる知性への賛美)
9. Des Antonius von Padua(魚に説教するパドゥアのアントニウス)
10. Lied des Verfolgten im Turm(塔の中の囚人の歌)
11. Trost im Unglück(不幸の中の慰め)
12. Wo die schönen Trompeten blasen (美しくトランペットの鳴り響くところ)
さてここでややこしい問題が生じる。この演奏順は一定ではない上に、しばしば差し替えられたいくつかの歌が、CDによって入っていたりいなかったり(上記の★は単独の曲だが「角笛」に含まれたり、「リュッケルト歌曲集」にも含まれることがある)。さらにその日本語訳にも微妙な違いが存在し、そのうちのいくつかはをイメージ上の誤解を生じるものがある。結局全体像がなかなかつかみにくいのである。ただ私は上記のセル盤の演奏順に親しんできたし、その順序は全曲を通して聞くにはとてもいい感じであると思っている(そういうこともこの録音の高評価に寄与していると思う)。
交響曲への流用を考えるとさらにややこしい。まず、当初存在したが後に削除された曲があり、それらはセル盤には含まれていない(CDによっては含まれている)。
①Urlich(現光):交響曲第2番「復活」の第4楽章
②Es sungen drei Engel einen süßen Gesang(三人の天使が歌った):交響曲第3番第5楽章
③Das himmlische Lebe(あの世の暮らし):交響曲第4番第4楽章
そして交響曲第2番「復活」の第3楽章には、上記の9「魚に説教するパドヴァのアントニウス」のメロディーが使われていることは言うに及ばず、さらには交響曲第5番第5楽章には8「高遠なる知性への賛美」のメロディーが流れる。ついでに調べると、交響曲第3番第3楽章は、同じ「少年の不思議な角笛」を原作にした「若き日の歌」の中の「夏に小鳥はかわり」に基づくものだという。
さらに付け足すと、この曲は「子供の不思議な角笛」と呼ぶことが多い。だが私はその歌詞の内容から、ドイツの古い民謡に対するマーラーの思いを重ねあわせるとき、「子供」といったあどけなさを感じる名称よりもむしろ「少年」としたようがしっくりくるという気持ちを抱いている。本節のタイトルを「少年の不思議な角笛」としたのはそのためである。
前置きが長くなったが、そういう曲の数々をセルの指揮するこのCDで聞いていると、マーラーの音楽がセルの指揮で綺麗に蘇っている姿を目の当たりにすることができ、一種の爽快な気分さえしてくる。加えて戦後の一時期を代表する二人の歌手が、これほど見事な歌いっぷりを見せるのもまた心地良い。正確に発音されたドイツ語が、楷書風の伴奏に乗って、クリアに聞こえる。
最初の曲「起床ラッパ」では、太鼓のリズムに乗って「トララレイ」と歌う男声が印象的で、私はその段階でこの演奏を好きになってしまった(曲の順序というのは案外重要だ)。「高遠なる知性への賛美」でのカッコウやナイチンゲールの鳴き声も、一度聞いたら忘れられない。マーラーはこれらの古くから伝わる民謡に、19世紀の時代的背景を重ね、おそらくは自らが少年時代に聞いたであろう軍楽隊のリズムやメロディーをも取り入れて、独特の現実的な世界を表現した。それはセルの演奏で聞いていると、極めて冷徹で客観的に自分を見つめているようだ。と同時に、そこに広がる内省的な世界が不思議と浮き彫りにされていく。「角笛」に限らずマーラーの歌曲集の魅力は、そういう超越した世界であるような気がする。
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