今日5月12日はスメタナの命日である。毎年この日、「プラハの春」音楽祭が開幕する。その初日を飾るのが代表作「わが祖国」ということになっている。この演奏は専らチェコ・フィルによってなされると思っていたのだが、近年の国際化の流れを受けているのだろうか、調べてみると今年(2017年)はダニエル・バレンボイムがウィーン・フィルを指揮することになっている。
「わが祖国」は6つの交響詩からなる80分程度の曲である。その音楽はチェコの様々な情景や民謡などが織り込まれた一大絵巻ともいえるもので、チェコ国民学派の記念碑のような作品である。そのうち最も有名なのが第2曲「モルダウ」で、私も中学生の時に学校で聞いた。この時に同級生がこの音楽をあまりに気に入ったため、当時クラシック音楽に少し詳しかった私に、レコードは持っていないのかと聞いてきた。私の家には「モルダウ」のレコードがなかったが、ある日FM放送でNHK交響楽団の演奏が流れることがわかり、私はそれを録音して友人に聞かせた。ヴァーツラフ・ノイマンの演奏を聞いて友人は、「本当にいい曲だなあ」と感激して言ったのを覚えている。
「わが祖国」を聞いていくにあたり、どの演奏がいいか考えた。丁度手元に6種類のCDがあり、この曲も6つの交響詩から成り立っている。どの演奏も捨て難い。いろいろ考えた挙句、いっそ各交響詩毎に1つの演奏を取りげてみたいと思う。私なりにその演奏で聞くとすれば、どの部分(交響詩)が相応しいか、いろいろ考えた結果である。この作業は発見の多い、楽しい作業であった。6つの交響詩は別々に初演されており、単独で演奏されることも多い、という理由もある。
スメタナはスウェーデンのエーテボリ赴任の頃、リストの影響を受けたとされる。交響詩の特徴は、形式にとらわれないことである。このため自由な感覚で絵画的な情景などを音楽にする「わが祖国」には、まさに相応しい形式だと考えたのだろう。いずれの作品もチェコの風景や伝説などを題材にしている。チェコを訪れたことはないが、音楽を聞きながら風景を想像する。それがまた私の聞き方である。
さて、最初の交響詩は「ヴィシェフラド」という。「高い城」と訳されているが、実際にヴルタヴァ(モルダウ)川湖畔にヴィシェフラド城は残されているらしい。プラハ郊外にあるその城は、ボヘミアの国王の居城であったそうだ。スメタナやドヴォルジャークの墓もあるという。
曲は印象的なハープのメロディーで始まる。ここでハープは2台必要とされる。このハープのメロディーだけで、いろいろな表現の演奏があることに気付く。いずれにせよこのメロディーは、「わが祖国」全体を貫く主題の一つで、管楽器に引き継がれた後は、オーケストラにより壮大に演奏される。「わが祖国」全体の序曲のような感じで、これを作曲した時には、すでに最後の方まで構想に入っていたのではないか、とさえ思わせる。スメタナはベートーヴェンがそうであったように、次第に聴力を失っていく。「わが祖国」はそのような病気の進行とともに書かれた。スメタナは次第に祖国への愛情を曲にしていくことに専念する。
まだ始まりの曲なので、最初は煮え切らない演奏も多い。特に実演で聞く場合には、この曲を含め「モルダウ」あたりまでは、オーケストラの調子が出ないこともしばしばだ。有名なクーベリックのプラハ復帰公演(ライヴ)でも、その傾向がある。だが同じクーベリックでも、ボストン交響楽団を指揮したこのスタジオ録音では、冒頭から完全試合である。したがってこのCDでは「ヴィシェフラド」のもっとも素晴らしい演奏のひとつに出会うことが出来る。クーベリックの残した「わが祖国」の演奏は数多く、それらをすべて聞いているような強者もいるようだが、私が持っているのはこれ一枚である(あとほとんどCDを所有しない妻が、なぜか「プラハの春」復帰時の演奏を収めたCDを持っている)。
このハープのテーマ(吟遊詩人の奏でるボヘミアの栄枯盛衰の物語)が、初めて弦楽器によって演奏される時の感覚は、クーベリックの演奏で聞いてハッとさせられた。やがて曲は力強く、そして速くなっていくが、適度に揺れて流れるような感覚は、まるで遊覧飛行にでも出たかのよう。長い「わが祖国」のテーマ音楽が高らかに示されると、音楽は再び静かになる。丁寧な木管のアンサンブルが、消えていくように流れ、再びハープとホルンによる主題が回帰し、これらが弦楽器とともに再びクレッシェンドを築き、やがて幻想的な部分を経ながら音楽は静かに終わる。かつて栄華を誇った城も、幾たびかの戦いに敗れ、今では廃墟と化してしまった。「兵どもが夢の後」というわけである。いい演奏で聞くと、もう長い時間を過ごしたような感覚に囚われる。だが、音楽はまだ始まったばかりである。
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