2017年5月22日月曜日

NHK交響楽団第1860回定期公演(2017年5月14日、NHKホール)

ここまでスメタナの「わが祖国」を聞いてきたが、丁度いいタイミングで実演を聞く機会に恵まれた。NHK交響楽団の定期公演でこの曲が取り上げられたからだ。指揮者はドイツ系イスラエル人のピンカス・スタインバーグ。彼はボストン交響楽団の音楽監督を務めたウィリアム・スタインバーグの息子である。私は今から25年前の1992年9月、同じコンビのこの曲を聞いている。上京した年の秋のことだった。

そのピンカスは1945年生まれだから、今や70代。指揮者としては円熟した演奏を聞かせる年代ということになっている。25年前の記憶はほとんどないが、もう一つのプログラムで演奏されたホルストの「惑星」はかなりの名演だったと記憶している。どちらかと言えば職人肌の名指揮者というイメージだから、今回のコンサートにも期待が膨らんだ。N響の昨今の上手さは、管弦楽曲を贅沢に聞く楽しみに浸るに十分なレベルであると思う。売り切れを心配し、数日前にB席を確保したが、結局当日券はあったみたいだ。

私の席は1階席の前方向かって左側で、ヴァイオリンのセクションは全員後を向いているが、2台のハープ、トライアングルとシンバルが直接見える。指揮者の横顔もバッチリで、テレビなどで目に触れる角度である。そのハープに対し、キューを出したのかどうかわからなかったが、幅広い音階を絡み合いながら上下する美しい響きがこだましてコンサートは始まった。

スタインバーグの指揮する音楽は、すべての部分においてきっちりと練習され、唖然とするような瞬間こそ少ないものの、実直で風格のあるものだ。時折指揮者の唸り声が聞こえる「ヴィシェフラド」で一気にオーケストラを乗せてゆく。「モルダウ」の広がりを感じさせる有名なメロディーは、懐かしさを込めてたっぷりと歌い、まるで今日の陽気のように清々しい。一音一音が良くブレンドされ、1階席で聞くN響は音量も十分である。オーケストラがいわばひとつの楽器のように感じられる。それくらいきれいにまとまっている。

「シャールカ」では、同じようなフレーズも少しずつ聞こえ方が異なり、CDで聞くときとは集中力が違うのか、こちらも息を飲んで聞き惚れていたら、突如畳みかけるようなリズムで激しく一気にコーダに向けて突進した。ここの素晴らしさは今度テレビで放映されたとき、もう一度聞いてみたい。

休憩を挟んで「ボヘミアの森と草原より」の最初のフレーズが会場を満たした時、N響はやはりうまいなあ、と感心した。「ボヘミア紀行」とも言えるこの音楽は、もう楽しさの極みである。スメタナ特有のやや渋みがある響きで、これがチェコの音楽という感じなのか、N響の音にピッタリである。「ターボル」を経て「ブラーニク」に続く時、私はこの音楽が永遠に続いてほしいと思わずにはいられなかった。すべての音が有機的に交わり、技術は完璧である。ホルンもシンバルも、ここという時にはオーケストラの中から丁度いい塩梅で浮き出す。「ブラーニク」最初のオーボエを中心とした木管の絡み合いは、まさにこの演奏の白眉であった。

25年ぶりに聞くこのコンビでの「わが祖国」は圧倒的な感銘を持って私を襲った。どの音符もおろそかにしないで、少し余裕を持った水準を保ちつつも熱く、それでいて整っており、いわばプロフェッショナルないぶし銀の演奏だったと思う。素晴らしいサウンドを引き出したスタインバーグは、オーケストラからも温かい拍手を向けられ、会場の覚めやらぬ大歓声の中で満足気であった。と同時にもうこのコンビの演奏を聞くことはないかも知れない、とも。トライアングルを担当した女性団員が大きな花束を指揮者に手渡したときは、会場からより多くの拍手が送られた。

オーケストラを聞く醍醐味をまたしても味わうことが出来たN響の水準は、3月に行われたヨーロッパ公演でも十分証明されたようだ。5月号のプログラム「フィルハーモニー」には、各地の演奏報告と新聞評が掲載されている。もはやヨーロッパの一流レベルとなった我が国オーケストラを、聞き逃す手はない。次回の定期公演を指揮するフェドセーエフのロシア音楽に、私は早くも胸を躍らせている。

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