交響詩「ターボル」から「わが祖国」はいよいよ終盤に差し掛かる。「ターボル」と「ブラーニク」は同時に続いて作曲され初演された。音楽的にも関連性が高く、「ターボル」の最後のフレーズは「ブラーニク」の冒頭と同じで、そのまま引き継がれる。このため間をあけず、音楽をつなげて演奏する指揮者も多い。従ってここでも一緒に取り上げたいと思う。
私は先日「シャールカ」での恐ろしい神話を引用したが、この「ターボル」の第一印象はそれ以上に陰鬱で、おどろおどろしいものだった。重厚で迫力のある連音に続いてティンパニーが強烈に連打するシーンが何度も登場する。ところが実際にはこの音楽は、カトリックのチェコにおける宗派、フス派信徒たちを讃えるものだそうだ。いわばチェコにおける宗教改革のような運動からフス戦争に発展したことが、やがてはチェコ民族のアイデンティティーを高める結果となった。スメタナが最後に選んだのは、その フス戦争の舞台となった街ターボルと、フス派の戦士たちが眠る山ブラーニクであった。
フス戦争のモチーフである戦いのシーンは、「わが祖国」の中で最も激しく、音楽的な聞きどころに事欠かない。ここへ来て聴衆は、オーケストラに固唾をのんで聞き入るはずだ。初めてこの音楽を聞いたのは、クーベリックのチェコ復帰演奏会(「プラハの春」音楽祭)のライヴで、最初は乱れていたオーケストラも必死になってこのシーンを演奏していたのを良く覚えている。
特に最大の聞かせどころは「ブラーニク」の始めに登場するメランコリックなオーボエのソロだろう。何分も続くかのようなそのメロディーは、「新世界交響曲」の第2楽章にも似た懐かしいものだ。チェコ国民学派の魅力のひとつは、間違いなくこのような胸を締め付けるメロディーだ。
「ブラーニク」の中盤あたりからは終結部へと続く長い道のりに入る。戦勝を讃えるコーダのメロディーが静かに、だが確信に満ちて演奏され始めると、とうとうここまで来たかと思う。このチェコ賛美の音楽は、何度も繰り返されていくうちに大規模なものとなり、勇壮さと壮麗さを増してゆくと、「ヴィシェフラド(高い城)」などで使われたメロディーも回帰して合わさり、例えようもなく喜びに満ちた中で音楽が終わる。
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これまで取り上げた演奏を振り返ってみよう。私が所有している演奏は、①クーベリック指揮ボストン響による演奏、②レヴァイン指揮ウィーン・フィル、③アーノンクール指揮ウィーン・フィル、④コリン・デイヴィス指揮ロンドン響、それにここで取り上げた⑤インバル指揮フランクフルト放送響のものである。また手元には⑥クーベリックの指揮するプラハ・ライヴ(チェコ・フィル)もある。
この曲の熱心な聞き手は、往年の名盤であるアンチェル盤やターリッヒ盤、あるいはもう少し新しいノイマン盤などを称賛する。だがどういうわけか、私はこれらの演奏を聞いていない。ドヴォルジャークとスメタナになると突然、チェコ人による演奏のオンパレードとなり、最近ではビュログラーベクやコバケン(小林健一郎)による炎の演奏なども評価が高いようだが、いずれにせよこの曲は、チェコ・フィルやチェコ人指揮者の独断場のように見える。
確かにチェコの愛国心を高ぶらせる要素は大いにあるが、同時にこの曲は、純粋に管弦楽曲としての聴きどころが満載である。中音域の多い渋めの音色は、中欧でもドイツとはやや異なる色合いであり、リズム処理もハンガリーやポーランドとは異なる。トライアングルやシンバルがスラヴ系の舞曲を楽し気に表現するのも魅力的だ。
私の所有ディスクからレコ芸「名曲名盤300」風に10点を割り振るとすれば、一位がレヴァイン、インバル、クーベリック(ボストン響)でそれぞれ3点ずつ、それに許されるならデイヴィス盤に1点を献上するだろう。
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