
「ヴルタヴァ」と題された2番目の交響詩は、美しい2本のフルートの音色で始まる。ここが2つある源流を表現している、と中学生の時に習った。川は流域を抜けるに従い、川幅を増してくる。あの一度聞けば忘れられないメロディーは、この川の豊かな流れを表している(と思っていたが、実際には古い民謡の一節だそうで、イスラエルの国家と同じ起源と言われている)。川のそばでは村人たちが婚礼の儀式に踊り、 やがては月夜に照らされて妖精たちが舞る。
しかし水量を増した川はやがて激流となり、水しぶきを上げて下流へと下る。川はいよいよプラハ市内へと到達した。そこにそびえるのは、前作でのテーマになった高い城である。音楽はクライマックスを迎え、再びモルダウのテーマが高らかに鳴ると、弦楽器が音程を上下させながら次第に静かになり、コーダを迎える。
わずか10分余りの曲に凝縮されたボヘミアの川の風景は、私たちをひとときの空想旅行へと誘う。遅い演奏で聞けば、モルダウは滔々と流れる大河のようであり、フルトヴェングラーのモノラル録音など、まるで海に注ぐ黄海の河口のように広大である。歌うようなメロディーをとことん堪能する演奏もいいが、私が気に入っているフリッチャイの名演は、速くてしかもメリハリの効いた演奏である。ただ場面の転換に伴う表情の変化が素晴らしく(それはカップリングされている「新世界」交響曲でも際立っている)、違和感はないどころか、まるで観光用のビデオを見ているように完成度が高い。
「モルダウ」は単独で演奏されることも多く、カラヤンもこの曲だけは何度か取り上げている。カラヤンに「わが祖国」全曲録音があれば聞いてみたいと思っていたが、チェコの民族色が強いこの曲を、カラヤンがすべて取り上げることはなかったようだ。若くして亡くなったこのフリッチャイの演奏も「モルダウ」単独だが、 オーケストラはベルリン・フィルである。1960年の録音で、クライマックスで少し音が割れるのが残念だが、クリアーでバランスも良く、当時のアナログ盤としては出色のものである。
単独で演奏される「モルダウ」は、ゆったりと染み入るような演奏もいいが、「わが祖国」は実は「モルダウ」以降が聴きどころである。したがって、ここであまり構えすぎるのではなく、速く駆け抜けていくのが好きだ。かといって雑なのも困る。その点、レヴァインの演奏などは私のお気に入りである。レヴァインの演奏は次の「シャルカ」で取り上げようと思う。
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