
この曲のテーマはタイトルそのもので、ただ音楽に浸っていればいい。その幸福感と楽しさは、まず夜明けのような静かな部分を経て、牧歌的なメロディーが、まずは木管楽器が、やがてホルン主体に、そして最後は弦楽器と次第に規模を大きくしながら繰り返される前半部分から感じることができる。さしずめ音楽による「ボヘミア紀行」という趣きだが、写真や絵画で見たことがあるものの、実際に行ったことがないので想像するしかない。
後半は祝祭的なポルカである。初めて聞いた時は何か不安な音楽かと思ったが、そのメロディーは次第に熱を帯びて軽快な雰囲気となり、最後には牧歌的メロディーと融合していく。テンポが時に変化したり、シンバルやトライアングルが鳴ったりといったスメタナ独特のオーケストレーションは、「わが祖国」の全交響詩に共通しているが、「高い城」と「モルダウ」で活躍したハープは、後半には使われていない。
朝もやの中を私は郡山を目指してドライブしていた。曇っていた田園風景に少し明るい陽光を感じた。カー・ステレオでアーノンクールの指揮するこの曲を聞いていた。その時の光景が心に残っている。だから、どういうわけか私がこの曲で思い出すのは、福島の山々である。後にここは、原発事故でほとんど過疎となってしまった。
アーノンクールの演奏は独特で、スピードも遅ければ印象的な部分の多くで聞き手の期待を裏切る。だからこの曲についてどうしても好きになれない。そこでいろいろ聞いてみたが、目下のところ、コリン・デイヴィスの演奏が熱っぽい演奏で気に入っている。デイヴィスはまた、アーノンクールとは異なる側面で聞き手の期待を下回るところがあるが、もしかするとその不足感が持ち味ではないかと思う。流されない音楽的情緒に魅力があるのだ。
例えばこの曲の場合、何やら賑やかになってきたなと思う。そして急にポルカに移ると、今度はめっぽう速い。重量はあって、時に力が聞き手を圧倒するが、そのような演奏で聞く牧歌がまたロマンチックであったりする。不思議なものだ。ただLSO Liveというレーベルから出ている一連の晩年のシリーズは、やや録音が悪い。これはホールの特性もあるのだろう。けれどもライヴ演奏の緊張感を伴ったパワーを感じることも事実である。ボヘミア的情緒に溺れないイギリス人の、構成力ある演奏で、手放してしまうのは結局躊躇してしまう。デイヴィスはこの頃、「プラハの春」音楽祭に客演しているので、定評のある演奏だったのだろう。
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