レナード・バーンスタインがウィーン・フィルを指揮して収録したベートーヴェンの交響曲全集には、指揮者本人による解説が付けられていて、これもまたバーンスタインの多才さを感じるビデオだが、その中の、確か第5番だったかで「ベートーヴェンは(突き詰めて考えた結果として)必然的な次の音を見出す天才だった」というような話があったように思う。非常にユニークな解説は大変興味深いものだったが、この表現を私はバーンスタイン自身の作品である「ウェスト・サイド物語」の音楽に使ってもいいと思う。
1957年というと昭和32年のことで、もちろん私はまだ生まれていないし、バーンスタインもニューヨーク・フィルの指揮者として快進撃を続けていた頃だった。 それはすなわち、もう半世紀以上も前のことで、「ウェスト・サイド物語」はブロードウェイのミュージカル史において一世を風靡した傑作として今でも上演されている。1961年には映画にもなり、私も何度かテレビで見た記憶があるが、その時にも感じたのは、この作品はとにかく音楽につきるということである。才気あふれるその音楽を、作曲者本人もその後録音しているのだが、どういうわけか未だにオリジナル・サウンド・トラック盤の世評が高いようである。もう録音はかなり古いというのに。
私はアメリカ人ではないから、この作品に抱く特別な感覚を理解できていないのかも知れない。オリジナル・キャストで聞く「マリア」や「サムウェア」をはじめとする抒情的な歌も、「アメリカ」や「マンボ」といったノリノリの歌も、いわゆりブロードウェイらしさ、ミュージカルらしさが全編に横溢しており、古き良きアメリカの文化を彷彿とさせる。何といってもこれにはニューヨークの香りが充満し、無機的で荒廃した地区に住む若者同士の抗争と、そこに横たわる移民問題やラブ・ロマンスが、一種独特の雰囲気を形作っている。
私はこの曲を、マリアにキリ・テ・カナワ、トニーにホセ・カレーラスを配して録音された作曲者自身の指揮による演奏で体験した世代だが、これはこれでミュージカルをオペラのレベルに仕立てようとしているチャレンジングな企画だった。ただ、カレーラスの英語が不完全であるうえにあのオペラのような歌い方がどうも耳に馴染まない。確かにトニーはプエルトリコ系だし歌詞に「Buenas taldes」などと聞こえる部分もあるのだが、この録音はむしろメイキング・ビデオでこそ楽しみたいと思う。これは録音風景を追ったドキュメンタリーだが、 出演者の人間模様が滲み出て秀逸な作品だと思う。もっとも私はハイライトのCDも持っている。
この曲をもうクラシックとして聞く外国人には、オリジナル・サウンドといっても心に響かないし、かといってオペラ風の歌い方にもちょっと違和感があるのでは、と思っていたところ、ケネス・シャーマーホーンという人が南部テネシー州のナッシュヴィルにあるオーケストラを指揮して録音したCDに出会った。76分にも及ぶ完全版で、2001年の録音である。レーベルはNAXOS。オリジナルと比較してどうのこうの、という人がいるかも知れないが、そういうことを考えない向きには、なかなか高品質な出来栄えであると思う。
歌手の歌は、正統的なミュージカル風の歌い方で、英語の歯切れはなかなか良いまかりか、歌唱力の点でも聞かせる。「マリア」や「I feel pretty」のような部分でも聞かせるし、「ジェット・ソング」から「マンボ」に至るジャジーで踊りたくなるリズムは、アメリカを感じるスイング感もあって、良く録音されていると思う。
「ウェストサイド」とはマンハッタンの西側、すなわち60丁目あたりから70丁目にかけてのエリアである。いまでこそそこにはリンカーンセンターがあり、ジュリアード音楽院などもある高級で文化的な中心地だが、メトロポリタン歌劇場がまだ引っ越してくるまでのこの地域は、非行少年やギャングが日夜跋扈し、時に警察沙汰となるのも珍しくなかったという。不法移民が住み着き、治安も悪かったのだろう。碁盤の目になっているマンハッタンの中を、唯一曲がりくねって南北に走る通りがブロードウェイで、この通りを南から歩いてゆくと、セントラルパークの南西端の入り口、コロンバス・サークルを過ぎたあたりからウェスト・サイドとなる。
街は荒れてはいるが、若い移民たちはどこか夢をみているような純粋なところがある。シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」をニューヨークに移したような物語は、ある意味で珍しくない展開だし、音楽におけるメロディーや和声の進行は、それこそ長い年月をかけて進化してきたものを受け継いでいると思う。例えばフィナーレの音楽など、ワーグナーが「ワルキューレ」で用いたメロディーを思い起こさせるし、どういうムードはどういう音階で演奏されるのが効果的か、というようなことは良く踏まえられているのだろう。
この作品の独自性は、しかるに何といってもリズムの多様さにあるのではないだろうか。シンコペーションがふんだんに使われ、目まぐるしく変化する興奮は、ストーリーを越えて魅力的である。これらの音楽は、ダイジェスト版とも言える「シンフォニック・ダンス」でも取り上げられているので、その躍動感あふれる新鮮さを味わうことはできるが、全編にわたって無駄がなく、印象的なメロディーが続くという作品なので、ハイライトはもったいないだろう。
個人的には以下の重唱を中心とした活発な音楽が好きで、よくかいつまんで聞いている。「ブルース」「マンボ」「アメリカ」 「トゥナイト(五重唱)」それに「クラプキ巡査どの(Gee, Officer Krupke )」の5つである。最後にこのCDに登場する歌手を書いておこうと思う。有名な曲だが、録音されたものはそう多くはない。でも、まあ1枚あればいいと思うし、今ではYouTubeなどで簡単に聞ける便利な時代である。
マリア:ベツィ・モリソン
トニー:マイク・エルドレッド
アニータ:マリアンヌ・クーク
リフ:ロバート・ディーン
指揮者のケネス・シャーマーホーンはニューヨーク・フィルにおいてバーンスタインの助手を務めた人物である。
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