2018年8月22日水曜日

「ホセ・カレーラス ーヴェローナの偉大な夜(Grande Notte a Verona 1988)」

ホセ・カレーラスが病に倒れ、その復帰第一声となったのが、1988年8月8日ヴェローナ野外劇場で行われたガラ・コンサートだった。このDVDにはその時の熱狂的な模様が収められている。ローマ時代の広大な円形劇場は、毎年夏になると、オペラ劇場となって世界中の観光客を引き寄せる。「ロメオとジュリエット」で知られる北イタリアの小さな都市が、ホテルの予約も取れなくなるほどの賑わいを見せ、連日深夜まで賑わう。

そのヴェローナ野外劇場へ、私は1990年の夏に出かけ、8月18日の夜に歌劇「アイーダ」を鑑賞したことは以前にも書いた。この頃、学生の職業体験プログラムで滞在していたスイスのローザンヌから、1泊2日で出かけた小旅行の時である。2か月に及ぶ滞在を終え、私はジュネーヴからバルセロナへ向かうスペインの特急列車「タルゴ」に乗り、夜遅く着いた。バルセロナは2年後にオリンピックを控え、広場にプロモーション用の特設スクリーンが設けられ、そのSONYの大型スクリーンで放映されていたのが、あの「三大テノール」の映像だった。

「こんなビデオがあったのか」と驚いたローマ・カラカラ浴場跡でのコンサートは、それから数か月が経って日本でもセンセーショナルに発売され、私もビデオで購入した。この時にプラシド・ドミンゴ、ルチアーノ・パヴァロッティの両者に対し、この公演を持ち掛けたのがホセ・カレーラスだった。白血病を克服した彼が設立した財団(Fundacion Internacional Jesep Carreras)への寄付というのがその名目だった。このコンサートはFIFAワールドカップ・イタリア大会決勝戦の前夜に開催された。世界的なテノール歌手が同じ舞台で歌うと言う、そのこと自体がセンセーショナルな出来事であることは、オペラ・ファンならよくわかる。1990年の私のイタリア旅行は、このワールドカップ退会の直後だったわけである。

それから遡ること丁度2年。カレーラスの復帰に駆けつけた歌手は錚々たる顔ぶれあった。もう30年も前となったそのコンサートで、当時の大歌手たちが熱唱を繰り広げる様子が収録されている。今は引退してしまった伝説の歌手(モンセラット・カバリエやルッジェーロ・ライモンディほか)もいれば、今でも活躍するいぶし銀のスター(レオ・ヌッチ、フェルッチョ・フルラネットほか)、亡くなった歌手(ゲーナ・ディミトローヴァやルッジェーロ・ライモンディ)らも若々しい歌声を響かせている。またルネ・コロはただ一人ワーグナーを歌い、ヘルデン・テノールとしての美声を大空に轟かせる。エヴァ・マルトンにイレアナ・コトルバス、マーラ・ザンピエリにエレナ・オブラスツォワ…にあまりに次々と大歌手たちが登場し、今の歌手とは一味違う存在感と、情感を込めて歌うその歌のひとつひとつに、驚嘆のため息をついていると、あっというまに時間が過ぎてしまう。

CD等で聞いていた大歌手たちの映像が、次々と映し出される。その歌はどれも有名な曲ばかりであるのも珍しい。一般にガラ・コンサートでは有名歌手は登場しても有名な歌は歌わないことが多いし、オーケストラの間奏曲などを差しはさむことも多いからだ。しかしこのコンサートはまさに「偉大な夜」すなわち特別だった。最後に満を持して登場するホセ・カレーラスが「グラナダ」を歌うまで、目が釘付けのままで飽きることはない。マドリード交響楽団(指揮:ホセ・コラード、カルロ・フランチ)という、お世辞にも上手とは言えないオーケストラも丁寧な演奏だが、ただでさえ音響効果の悪い熱帯夜の野外劇場で、うちわ片手に舞台に見入る1万人は下らない聴衆も熱い声援を送る。テレビの画質は悪く、時おり音声が大きくなったり小さくなったり。歌手が登場する場面はカットされている。また私が持っているこのDVDには、スケジュールが合わずビデオ出演したプラシド・ドミンゴの映像は含まれていない。

以下に、その見事な顔ぶれと曲名を列挙しておく。このリストを見ただけで鳥肌が立つというものだが、実際にはDVDで通してこの映像を見ることは非常に少ない。映像と言うメディアは、それ自体が貴重な記録でもあるのだが、今ではYouTubeなどで手軽に手に入る映像を、わざわざ手元に保管しておく必要はないのかも知れない。

だが、このビデオは私にとって特別な存在である。それは後年、ホセ・カレーラスと同じ病に侵された私が闘病の真っただ中の2002年の秋、妻が思い余ってカレーラス氏に手紙を書き、励ましの返事を受け取っているからだ。バルセロナから三鷹(当時の私の住所)に届いた一通の手紙には、まさに移植のその日付と共に、直筆のメッセージも書き添えられていた。私は今でも大切に保管している。カレーラスは、今でも時折来日し、その輝かしい歌声を聞かせている。


【収録曲】
1.ロッシーニ:歌劇「セビリャの理髪師」より「私は町のなんでも屋」
   レオ・ヌッチ(Br)
2.ポンキエルリ:歌劇「ジョコンダ」より「自殺!」
   ゲーナ・ディミトローヴァ(S)
3.プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」より「なんと素晴らしい美人」
   ペテル・ドヴォルスキー(T) 
4.プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」より「私の名はミミ」
   ゾーナ・ガザリアン(S)
5.チレア:歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」より「心身ともにくたくたで」
   ジャコーモ・アラガル(T)
6.ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロ」より「彼女は私を愛したことがない」
   ルッジェーロ・ライモンディ(Bs)
7.マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より「ママも知るとおり」
   エレナ・オブラスツォワ(A)
8.ロッシーニ:歌劇「セビリャの理髪師」より「かげ口はそよ風のように」
   フェルッチョ・フルラネット(Bs)
9.ヴェルディ:歌劇「アイーダ」より「勝ちて帰れ」
   ナタリア・トロイツカヤ(S)
10.チレア:歌劇「アルルの女」より「ありふれた話(フェデリコの嘆き)」
   ルカ・カノーニチ(T)
11.マスネ:歌劇「ル・シッド」より「泣け、泣け、わが目」
   モンセラート・カバリエ(S)
12.ヴェルディ:歌劇「アッティラ」より「ローマの前で私の魂が」
   サミュエル・レイミー(Br)
13.ヴェルディ:歌劇「運命の力」より「神よ、平和を与えたまえ」
   アプリーレ・ミッロ(S)
14.ドニゼッティ:歌劇「愛の妙薬」より「人知れぬ涙」
   ヴィンチェンツォ・ラ・スコーラ(T)
15.ベッリーニ:歌劇「ノルマ」より「清らかな女神」
   マーラ・ザンピエリ(S)
16.ワーグナー:歌劇「ローエングリン」より「はるかなる遠い国に」
   ルネ・コロ(T)
17.ヴェルディ:歌劇「オテロ」より「無慈悲な神の命ずるままに」
   シルヴァーノ・カローリ(Br)
18.プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」より「ひとり寂しく捨てられ」
   エヴァ・マルトン(S)
19.ヴェルディ:歌劇「椿姫」より「プロヴァンスの海と陸」
   ホアン・ポンス(Br)
20.ヴェルディ:歌劇「シモン・ボッカネグラ」より「心に炎が燃え上がる」
   アントニオ・オルドネス(T)
21.ドビュッシー:歌劇「放蕩息子」より「アザエル、アザエル、どうしてお前は私から離れていったの?」
   イレアナ・コトルバス(S)
22.ララ:グラナダ
   ホセ・カレーラス(T)

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