チョン・キョンファの演奏でこの曲を初めて聞いたとき、アリラン、または演歌のようだと感じた。こぶしのきいたアクセント、粘り気のあるアーティキュレーション、歌謡性に満ちたメロディー、そのようなものが東アジアの流行歌を思わせる。だがブルッフは19世紀に活躍したドイツの作曲家である。
ヴァイオリンの特性を生かした親しみやすいメロディーは、しばしばメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調とセットにされ、発売された。同じロマン派の中頃に作曲されたのだから、当然といえば当然なのだが、私が不思議だったのは、ブルッフという作曲家の他の曲を聞く機会が、ほぼまったくないことだった(「スコットランド幻想曲」くらいだろうか)。このヴァイオリン協奏曲も第1番となっているが、では第2番や第3番は一体どんな曲なのか、私はいまだに知らない。
よく考えてみると、ヴァイオリン協奏曲だけが有名なこの時期の作曲がいる。パガニーニは別格として、ヴュータンやシュポーア、あるいはヴィエニャフスキなどである。彼らは技巧的で親しみやすく、それゆえに単純というか飽きられやすいという性格を帯びるため、現代でもさほど有名ではない。ブルッフの曲もまた、同じように少し低く見られている。いや、メンデルスゾーンだってかつてはそうだった。
ブルッフは民族音楽に題材を取った作品を多く残し、そのうちのひとつが「コル・ニドライ」というユダヤ民謡に題材を取ったものである。そういうこともあって私は長年、ブルッフもユダヤ人だと思っていたが、そうではないらしい。でも音楽は非常にユダヤ的な感じがするのは私だけだろうか。ほの暗く哀愁に満ちた旋律は、聞くものの琴線に触れる。夏の記憶が蘇るような懐かしさがこみ上げる。
まず第1楽章。冒頭の深く静かな中から次第にヴァイオリンが立ち上がってくる。まずここが聞きどころ。オーケストラに乗ってヴァイオリンが歌いだす。ここが最初の演歌。軽く叩くティンパニの響きが印象的。日本人としては適度な粘り気がいいが、ヴァイオリニストによっては過度にロマン的だったり、あっさりしすぎていたり、好みの分かれるところだろうか。
第2楽章に移行していくムードはメンデルスゾーンを思い出させるが、ブルッフはもっと簡単である。だが第2楽章は最大の聴き所で、時に物思いに沈み、時に消え入るかのような緊張を持続させながら、情緒たっぷりに歌うのがいい。
第3楽章では再び演歌となり、今度はこぶしを満開に利かせて走る。ブラームスのヴァイオリン協奏曲と似ていなくもないが、ブラームスにアジア的な情緒は感じない。どういうわけかこの曲は、私にとって歌詞をつければそのまま歌えそうな曲に思えてくるのだ。
今の私のお気に入りは五嶋みどりによる演奏で、伴奏はマリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィルというゴージャスなもの。ここでの五嶋は、彼女の真面目で素直な面と丁寧さを持ちながらも、明るく情熱的である。その適度な感覚がいい。まあこれも好みの問題かもしれないが。
特に第2楽章は、速度を落としてぐっとため込んだかと思うと、途切れることのない音色を最大限に引き伸ばし、ため息の出るような美しさに聞きほれていく。緩急と強弱の丁度いい塩梅。その表現力に心が揺さぶられる。第3楽章ではそれが再び演歌となってほとばしり、最後まで突き進む。曲が終わるや沸き起こる歓声に、これが実はライヴ録音だったことに初めて気づく。
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