2018年12月9日日曜日

Pops:「ひとたびの愛」(ハイメ・トーレス)

南米アンデスの民族音楽(フォルクローレ)である「コンドルは飛んで行く」は、素朴な美しい曲である。もともと歌詞はなかったが、アメリカの歌手サイモンとガーファンクルは英語の歌詞を付けてこの曲を歌い、世界中でヒットした。それからしばらく経って、私が小学校2年生の時に、音楽を専攻したまだ若い担任のS先生が、私たちにこの曲をソプラノ・レコーダー吹かせようとした。先生によれば、ケーナと呼ばれる南米の笛の音が、リコーダーの音に良く似ており、それゆえにこの曲をみんなで合奏したら、さぞ素敵なことだろう、というのであった。

先生は楽譜を編曲、手写ししてプリントし(まだプリンターのない時代である)、そこに音階を書き込むことから練習が始まった。「シミ#レミファソファソラシ・・」と今でもよく覚えている最初の小節の、その弱起で始まる冒頭の音は、実際には低い「シ」である。ところがこの音はソプラノ・リコーダーでは出す事ができない。先生はこの音を一オクターブ高い「シ」を使って演奏するように指示した。そのような事情を知らなかった私は、ある日サイモンとガーファンクルの歌う「コンドルは飛んで行く」のドーナツ盤を聞いた時、少し戸惑ったことを覚えている。どうりで変な曲だと思っていた謎も、この時解けた。

学芸会が来るまでの間、毎日毎日、少しづつ演奏を進めて行く。S先生は、まだ音楽大学を出たばかりの新任教師だったせいもあって、その指導には熱が籠っていた。高い音が連続して続く中間部を綺麗に合わせることが要求された。当日になってもう一つの出し物の演劇が終わるや否や、舞台に全員が一斉に整列して、先生の指揮に合わせて合奏した。今から思うと奇妙な学芸会だが、手作りの良さはあったと思う。中学生になってアルト・リコーダーを習うようになった時、この曲の冒頭を低い「シ」を用いて吹いてみた。友人に太鼓を叩かせて。

それからさらに月日が経って、南米のフォルクローレはいつの頃からか、世界中の駅や広場で、週末になるとペルーあたりから来たバンドがこの曲を演奏するのを見かけるようになった。我が国でも同じで、先日もJR田町駅前でやっていたし、かつてミュンヘンやニューヨークでも同じ光景を見た。そのたびに私は、小学生の頃を思い出すのだが、確かに彼らがはるか南米より出稼ぎに来るまでは、ケーナと言う笛と、チャランゴというギターに似た弦楽器など実際に聞くことなどできなかった。

エクアドルに「アンデスの声」という放送局がかつてあり、日本語による短波放送がブラジルと日本向けに毎日行われていた。中学生になった私はついにこの放送を聞くことに成功し、アナウンサーの尾崎さんに手紙を書いたりしたのだが、その放送でしばしば流れていたのが「コンドルは飛んで行く」だった。「南米赤道の国・エクアドル」から直接届く「コンドルは飛んで行く」は、雑音と伝搬障害の中で聞くひどい音質にもかかわらず、独特の雰囲気を持っていた。

「コンドルは飛んで行く」を含むフォルクローレのCDを、大学生になって私は買った。ハイメ・トーレスというバンドのCDだった。「レコード芸術」というクラシック専門雑誌にも、わずかなポピュラー音楽のコーナーがあって、その中で紹介されていたのだ。南米へはとうとう24歳の春に旅行することになる。小学生の時に触れた「コンドルは飛んで行く」、それに続く旅行記「南アメリカ人間旅行」との出会い、「アンデスの声」、そして卒業旅行。これらがつながって、このCDを聞きながら、当時のことを思い出す。「アンデスの声」の尾崎さんに会ったのは数年前で、その時にもこの話をした。

今日は山形新幹線に揺られながら、手持ちの音楽プレイヤーで聞いている。冬の低い雲が空を覆っている。山々は雪をかぶる前の、枯れた山肌を露出している。時折ピアノやギターも混じる都会的なムードも持っているものの、原曲の素朴さを失わないように注意が払われている。

ハイメ・トーレスは、ボリビアからの移民の子としてアルゼンチンに生まれた、チャランゴを得意とするミュージシャンである。だからアンデスの純朴さと、タンゴを思わせる都会性が程よくブレンドされ、独特の南米音楽世界となっているのだろう。

2月にも訪れた蔵王を右手に眺めながら、ゆっくりと走るローカル新幹線に、アンデス山脈の殺風景な風景を重ね合わせる。木の葉をすっかり落とした裸の梢の向こうに、最上川の水面がちらっと見えた。

【収録曲】
1. 巡礼
2. 風とケーナのロマンス
3. コンドルは飛んで行く
4. 楽しいカーニバル
5. さあ、娘さん
6. チシ
7. ヘネチェル
8. 小さな泉
8. ひとたびの愛
10. かわいい女の子
11. オー、コチャバンバ
12. わが愛のミロンガ
13. 昔のように、おれのお父さん
14. ラ・ボリビアーナ
15. バイラ・チョリータ
16. いつの日かまた
17. あなたが帰る日

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