2022年1月21日金曜日

ブランデンブルク協奏曲(全曲)演奏会(2022年1月19日サントリーホール)

J.S.バッハの最高傑作のひとつ、ブランデンブルク協奏曲については、クラウディオ・アバドの指揮する録音と映像が素晴らしく、私もこのブログで書いた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2014/09/j-s-bwv1046-1051.html)。しかし恥ずかしいことに、この曲を実演で聞いたことはなかった。全6曲を一気に聞く演奏会というのにも、なかなか出会えるものではない。ところが先日もらったチラシの中に、そういうコンサートの案内が入っていた。

「ニューイヤーコンサート」と題されたその案内には、「日本古楽界を牽引する特別合奏団が奏でるバロック管弦楽作品の最高峰」と書かれていて、コンチェルト・ケルンのコンサート・ミストレスを務める平崎真弓の写真が中央に掲げられていた。その他の独奏陣もみな、国内外で活躍する我が国を代表する古楽奏者たちで、彼らが勢ぞろいするコンサートのように思われた。私も仕事の都合がつけば行こうと思っていたが、なかなか予定が決まらない。ところがその2日後にも出かけようとしていたチョン・ミュンフン指揮の東京フィルの定期演奏会(マーラーの交響曲第3番!)が、新型コロナの影響で何と公演中止と発表されてしまった。こうなるとどこにも行けないのは淋しいから、やはり行くしかない。

と、いろいろ迷っているうちに前売りも終わってしまい、当日の夕方までシステム障害に追われる羽目になった時にはもう諦めざるを得ないかと思っていた。しかし事態は公演開始45分前に好転し、目途が立ってきた。以降の対応は若い人に任せて私はコンサートに行ける!オンライン会議のメリットを生かして打合せ中に着替えを済ませ、公演30分前に家を出た。私の家からサントリーホールまでは、タクシーで15分もかからない。

当日券がなければ諦めようと賭けに出たのだが、実際には多くの席が売れ残っており、1階のA席を確保することができた。そして会場に足を踏み入れようとしたとき、何とポスターの中心人物が平崎真弓から新日フィルのコンサートマスターを務めた豊嶋恭嗣に代わっていることを発見したのだ!配られたプログラムに「お詫びとお知らせ」が挿入されており、他にもリコーダーの伊藤麻子、ヴァイオリンの朝吹園子の計3名が、オミクロン株の水際対策強化(いまさら必要なのか?)により帰国できなくなり、奏者が代わると発表されていたのだ。

ただそれでも、開演にこぎつけた関係者の努力はいかばかりだったろうかと思う。そして何より音楽を聞く喜びを味わうことができるだけでも良かったではないかと思った。今日のコンサートはある企業の主催ということもあって、会場の雰囲気も少し違う。そして何故かネクタイを着用したスーツ姿の人が多い。プログラムによれば、最終的な出演者は以下の通りである。

豊嶋泰嗣(ヴァイオリン/ヴィオラ)※ゲスト
西山まりえ(チェンバロ)
菅きよみ(フラウト・トラヴェルソ)
福川伸陽(コルノ・ダ・カッチャ)
藤田麻理絵(コルノ・ダ・カッチャ)
荒井豪、森綾香、小花恭佳(オーボエ)
宇治川朝政、井上玲(リコーダー)
永谷陽子(ファゴット)
廣海史帆、小玉安奈、原田陽、髙岸卓人(ヴァイオリン/ヴィオラ)
丸山韶(ヴァイオリン/ヴィオラ)
懸田貴嗣(チェロ)
エマニュエル・ジラール、島根朋史(チェロ/ヴィオラ・ダ・ガンバ)
角谷朋紀(ヴィオローネ)

そして、ブランデンブルク協奏曲は前半に第1番ヘ長調、第4番ト長調、第3番ト長調が、休憩を挟んだ後半に第5番ニ長調、第6番変ロ長調、そして第2番ヘ長調という順番に演奏される。それぞれ曲毎に演奏者の人数と配置が入れ替わり、都度、係員が出て譜面台などを運び、各曲の開始前にはチューニングが念入りに行われた。

第1番の出演者が最も多く、曲も華やかなのだが、この曲だけ第4楽章まであって長い。そしてその第1音が鳴った時、私はちょっと音の弱さに戸惑った。古楽器ばかりということもあり、どうしても音量が小さい。だがもしかすると、これは会場の問題ではないかとも思った。音楽の規模から言ってサントリーの大ホールは少し大きすぎるのである。最初はちょっと硬さも感じられたが、直ぐに耳は慣れ、次第に音楽が流れてくるようになった。テンポは幾分速めで、そのことによって緊張が程よく続く。さすがだと思った。そして楽器から楽器への受け渡しが次々と行われ、見ていて楽しい。やはりこの曲の演奏は目で見たいものである。

第1番では冒頭に、コルノ・ダ・ガッチャという楽器が2人登場する。この楽器はホルンのようなもので音が横に向かって出るのだが、舞台左手に並んでいたためこの楽器の音色が目立つこととなった。この曲は「狩のカンタータ」からの引用で、牧歌的な音色がするこの楽器を強調する部分が多く、今回もそれが見事に意図されていたように思う。ところが、この2人は曲の後半になると舞台右手に移動し、オーボエの後に並んだ。弦楽器と管楽器の掛け合いを楽しんでいるうちに、第1番は終わってしまった。

続く第4番と第3番はいずれもト長調だが、まず第4番では2人のリコーダーが登場し、有名なメロディーで始まる。規模の小さいこの第4番では、2人のリコーダーと独奏ヴァイオリンのみが活躍する明るく伸びやかな曲(残りは他の弦楽器と通奏低音)。特に第3楽章ではヴァイオリンの活躍が目覚ましい。一方、第3番は弦楽器のみの曲で、管楽器のない世界だがチェンバロの心地良いリズムに酔いながら、気持ちよく聞ける曲である。

後半の冒頭に第5番のメロディーが流れるように始まった。ザ・ブランデンブルク、とも言うべきメロディーが、心地よい速さで進み、チェンバロの軽妙なリズムが時おり見え隠れしながら、菅きよみの弾くフラウト・トラヴェルソの響きが伸びやかに歌う。リコーダーの透明な音もいいが、フルートの原型のようなこの楽器からは、ややくすんだ音色が聞こえる。この曲は楽器の多彩な組み合わせをリズムに乗って楽しむことができるバロックの最高峰の管弦楽作品という、チラシの謳い文句がその通りだと納得する。それにしてもこの第5番におけるチェンバロの活躍は目覚ましく、これを全曲出ずっぱりの西川まりえの安定した響きに酔いしれた。

続く第6番は比較的規模が小さく、そのことによってプログラムの最後に置かれることは少ない作品である。そしてヴァイオリンが舞台から消え、2人のヴィオラ、2人のヴィオラ・ダ・ガンバが並ぶ。2人のヴィオラは、ヴァイオリンから持ち替えた豊嶋泰嗣と、ピンチヒッターで登場した原田陽が最前列に、そして実に心地よく体をゆらすチェロの懸田貴嗣が正面のちょと後に構える。中低音の弦楽器ばかりの第6番を、私はことのほか好む。

最後になった第2番は、第1番の次に規模が大きいのではないかと思うのだが、ここで再びコルノ・ダ・ガッチャが登場する。ブックレットによれば福川伸陽は、世界的な奏者でN響の首席にも在籍していたそうである。そしてこの第6番には、さらにオーボエやリコーダーなどの管楽器も混じる。プログラムの最後を飾る華やかな曲が、ふわっと宙に浮くような感じで終わったときには、2時間半に及ぶこのコンサートが、あっというまに経過してしまったことを淋しく思うのだった。

舞台にはさらに他のメンバーが再登場し、アンコールがあることをうかがわせた。そして同じバッハの管弦楽組曲から、有名な「G線上のアリア」が演奏された。拍手に応え、すべての奏者が舞台に勢ぞろい。地味だが心が温まるコンサートが、無事終了した。軒並み出演者が変更される中で、オミクロン株の新型コロナ感染者数は、ここのところうなぎのぼりに増えている。いつまた、音楽が日常的に聞けなくなる日が来ないとも限らない。そう思うと、今日のコンサートもまた、大変貴重なものだったと実感する。

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