2025年4月3日木曜日

ブラームス:「ハイドンの主題による変奏曲」変ロ長調作品56a(クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団)

ブラームスの今一つの管弦楽作品「ハイドンの主題による変奏曲」は、ハイドンの作品を元にしたものではない。ハイドンの作品とされていた頃のディヴェルティメント第46番変ロ長調Hob.II.46の第2楽章を題材としている。この曲は「聖アントニウス」というタイトルが付けられているように、古い讃美歌の旋律が用いられている。もっともこの作品が疑作とされたのは最近のことのようで、手元にある「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂、1981年)にはハイドンの項に「6つの野外組曲」の第6番(1780年頃)として、「ブラームスが変奏曲の題材として用いた」と掲載されている。

ブラームスはこの変奏曲を、まず2台のピアノのための曲として制作した(作品56b)。その後管弦楽作品に編曲したが、実際には管弦楽作品としてよく知られている。主題と終曲に挟まれた8つの変奏曲から成り立っており、演奏時間は20分に満たない。しかし他の作品同様、なかなか味わい深い素敵な作品である。

クラシックのCDを毎月1枚と決めて買い求めていた学生の頃、ブラームスの交響曲第2番が聞きたくなった。私には珍しく当時新盤として発売されていたクリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団のCDを、どういうわけか買った。おそらくレコード屋に並んでいて目に留まったのだろう。レーベルはTeldecであった。その余白に「ハイドンの主題による変奏曲」が収録されていたことは、ほとんど気に留めなかった。

演奏は案外つまらないものだった。CDは月1枚しか買えないため、できるだけ自分にとっての名演奏を揃えたいと思っていたから、これはショックだった。新譜CDであるためそこそこの値段だったこともある。だが長い熟慮の末、もしかしたらと思い切って買う時には、賭けのような楽しさもあった。後年お金に余裕ができると、そのギャンプル傾向は拍車がかかった。ところがある日、交響曲ではなく「ハイドン」の方を聞いたみたところ、その演奏が何とも素晴らしいのである。地味だと思っていたドホナーニのブラームスが、その熱い演奏によって素晴らしく印象に残るものとなった。このCDは私にとって専ら「ハイドン」を聞くためのものとなった。

この曲の記事を書くにあたって、当然のことながらこの演奏にしようと決めていた。ところが、久しぶりに聞きなおそうと我がCDラックを漁ったところ、1000枚は下らないその中に見つからない。実家に置いてきたか、あるいは見切りをつけて中古屋に売ったか(CDとして所有する上での最大の問題点は、その収容スペースの確保である)、いずれにせよ聞くことができない。仕方がないから音質は劣るが、Spotifyで聞こうとした。ところが、どう検索してもこの曲がヒットしないのである。

Spotifyの音源を管理するデータベースは、おそらく一般的な関係データベースではない。若干専門的な話になるが、インターネットの検索エンジン同様、キーワードに対しもっともよく検索されるものを先に表示することを優先するグラフ型のデータベースを構築しているのではないか。このデータベースでは、検索条件に合致するものを正確にあまねく検索するわけではない。検索のスピードは向上するが、条件に合うすべてを結果表示するものではないことに留意する必要がある。まさに「芋づる式」であるが、全体がわからないのである。

ドホナーニの演奏では、最新のフィルハーモニア管弦楽団とのブラームスの録音は、かなり上位に表示される。この全集には「ハイドン変奏曲」は含まれていない。クリーヴランド時代の演奏は地味であまり売れなかったから、今や廃盤になって久しい。こういう演奏を検索するには工夫を必要とする。ところがどう検索しても現れないのだ。ある時私は意を決して、ドホナーニに演奏を表示される限り探っていったが、やはり出てこないのだ。

Spotifyでは聞くことができないのかも知れない。そう判断した私は、いっそ中古盤を買うか(といっても第2交響曲は不要だが)あるいはダウンロード購入ができないか、と考えた(いつものやり方だ)。このため普通のGoogle検索を試したところ、何とこの曲は「Cleveland Orchestra」というタイトルで配信専用のリリースがされていることが判明したのだ(Warner)。クリーヴランド管弦楽団はジョージ・セルの輝かしい時代に多くの演奏が残っているが、その古い録音を含む、いわばアーカイブとしてこの音源はリリースされている(2023年)。何とこの中に「ハイドン変奏曲」が含まれていることが判明した。そしてSpotifyで「Cleveland Orchestra」と検索したところ、たちどころにヒットした。幸運にしてこのように私は、数十年ぶりにドホナーニの「ハイドン変奏曲」にたどり着くことができたのだった。

私はこの曲を、まるで交響曲のように聞いている。主題と第1変奏までは第1楽章で、旋律が明確に示されて期待が高まる。そのあと第4変奏あたりまではゆったりと、伸びやかなメロディーが続く。いわば緩徐楽章である。第5変奏からはスケルツォとなり、中間部のような第7変奏を経て短い第8変奏に至る。終曲は長く、ここでコラールの主題が回帰しクライマックスを築くのである。ここは「パッサカリア」と呼ばれる形式で、ブラームスはあの交響曲第4番の第4楽章で、長大な「パッサカリア」を作曲していることを思い出す。

久しぶりに聞いたドホナーニの演奏は、剛直でキリっと引き締まった熱演である。他の演奏をあまり聞いていないから何とも言えないのだが、定評あるザンデルリンクでもどこか退屈であり、ジュリーニの演奏などは遅くて聞いていられない、というのが私の率直な感想。この2つの名演奏は大変評価が高いが(モントゥーも)、交響曲でも取り上げる機会がなかったので、ここで少し触れておいた。

2025年4月2日水曜日

サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調作品61(Vn:アンドリュー・ワン、ケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団)

3月に入って足踏みしていた春の陽気もようやく本番となり、東京では桜が満開である。このような時期にサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番第2楽章を聞いていたら、妻が何と今に相応しい春の音楽か、と言った。たしかに明るく朗らかな気持ちにさせてくれる曲である。第3番は3曲あるサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲の中でも、とりわけ有名で演奏機会も多い。1880年に完成し、サラサーテに献呈された。

私はCDを買わなくなって久しいが、長年Spotifyのプレミアム会員である。音質はCDに劣るものの、スマホを含め日常的に、膨大な数の音源を無制限に楽しむことができる。このサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲の場合も、定評ある歴史的演奏から最新の演奏まで、数えきれないくらいの録音が検索された。自分にとっての決定版がない曲では、さてどんな演奏が良いかは、この検索結果によって何を聞くかで決まる。Spotifyはどういうアルゴリズムになっているのかわからないが、視聴数の多い(つまりは人気がある)順に表示されるような気がしている。

かつては店頭でたまたま試聴するか、さもなければ事前に音楽評論家の文章を手掛かりに、購入するディスクを決めてレコード屋に赴いたものだが、今ではそれに代わって、もっとも良く聞かれている録音がたちどころにわかる塩梅である。その結果、意外な演奏や、決して試聴などしなかったであろう演奏、あるいは長年聞きたかった歴史的名演奏に出会うことが多くなった。そしてサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番に登場したのは、アンドリュー・ワンが独奏を務める全集だった(2015年)。伴奏はケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団である。

アンドリュー・ワンというヴァイオリニストを、私は知らなかった。調べてみると、彼はカナダ人でモントリオール交響楽団のコンサート・マスターであることがわかった。ナガノは長年音楽監督を務めていたから、その頃の録音ということになる。モントリオール交響楽団はシャルル・デュトワが世界一流のオーケストラに育てたことで、とりわけフランス音楽に定評があった。だからサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲にもうってつけ、というわけである。

その演奏は現代風のきれいな音色に、きちっと楷書風の伴奏が付いて録音もいい。もともとフランチェスカッティやシェリングといった旧い演奏家が、個性的な演奏を聞かせる名曲だった。パールマンは80年代、新しい演奏に思えたし、その魅力は今でも新鮮だが、このディスクの欠点はバレンボイムの指揮するパリ管弦楽団で、何かもやのかかった中途半端なものに聞こえる。ヴァイオリンが風味満載でもオーケストラがいかにも凡庸、ということはよくあることで、この曲もそういう演奏が多い。

一アマチュアがどうこの曲を聞こうと、それは勝手で自由なので、私はいつもこの曲に北アフリカの風景を重ね合わせている。第1楽章の冒頭は、チョン・キョンファで聞くとアリランのように聞こえるが、そういう異国を思わせるような情緒があるように思う。これは偶然ではないだろう。なぜならサン=サーンスはしばしばアルジェリアに避寒し、無類の旅行好きとして知られているからだ。ピアノ協奏曲に「エジプト風」というのもあるくらいである。

その第3協奏曲の最大の聞き所は、何と言っても長い第2楽章であろう。過ぎ行く夏を惜しむようなメロディーは(妻は春の曲だと言ったが)、誰もが口ずさみたくなりような曲だ。木管と絡みながら、何度もこのメロディー繰り返されるのを聞いているうちにうっとりとする。サン=サーンスを聞く時、このような魔法のメロディーにしばしば遭遇する。

しばし時の流れるのも忘れるような気分が、決然としたカデンツァによって打ち消されると第3楽章である。この楽章は長い。ヴァイオリンの特性を生かした、また一つの素敵な協奏曲だと思う。明るく伸びやかなメロディーがロンド風に変奏されてゆくのを聞くと、幸せな気分になること請け合いである。そしてワンとナガノによえう演奏は、じっくりと細部にも気を配りながら、きっちりと演奏している。ヴァイオリンの個性や技巧に驚くようなところはないが、そうでない方法で、音楽としての魅力を伝えることに成功している。それがこのライブ録音の魅力である。

ブラームス:「ハイドンの主題による変奏曲」変ロ長調作品56a(クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団)

ブラームスの今一つの管弦楽作品「ハイドンの主題による変奏曲」は、ハイドンの作品を元にしたものではない。ハイドンの作品とされていた頃のディヴェルティメント第46番変ロ長調Hob.II.46の第2楽章を題材としている。この曲は「聖アントニウス」というタイトルが付けられているように、古...