2025年4月2日水曜日

サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調作品61(Vn:アンドリュー・ワン、ケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団)

3月に入って足踏みしていた春の陽気もようやく本番となり、東京では桜が満開である。このような時期にサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番第2楽章を聞いていたら、妻が何と今に相応しい春の音楽か、と言った。たしかに明るく朗らかな気持ちにさせてくれる曲である。第3番は3曲あるサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲の中でも、とりわけ有名で演奏機会も多い。1880年に完成し、サラサーテに献呈された。

私はCDを買わなくなって久しいが、長年Spotifyのプレミアム会員である。音質はCDに劣るものの、スマホを含め日常的に、膨大な数の音源を無制限に楽しむことができる。このサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲の場合も、定評ある歴史的演奏から最新の演奏まで、数えきれないくらいの録音が検索された。自分にとっての決定版がない曲では、さてどんな演奏が良いかは、この検索結果によって何を聞くかで決まる。Spotifyはどういうアルゴリズムになっているのかわからないが、視聴数の多い(つまりは人気がある)順に表示されるような気がしている。

かつては店頭でたまたま試聴するか、さもなければ事前に音楽評論家の文章を手掛かりに、購入するディスクを決めてレコード屋に赴いたものだが、今ではそれに代わって、もっとも良く聞かれている録音がたちどころにわかる塩梅である。その結果、意外な演奏や、決して試聴などしなかったであろう演奏、あるいは長年聞きたかった歴史的名演奏に出会うことが多くなった。そしてサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番に登場したのは、アンドリュー・ワンが独奏を務める全集だった(2015年)。伴奏はケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団である。

アンドリュー・ワンというヴァイオリニストを、私は知らなかった。調べてみると、彼はカナダ人でモントリオール交響楽団のコンサート・マスターであることがわかった。ナガノは長年音楽監督を務めていたから、その頃の録音ということになる。モントリオール交響楽団はシャルル・デュトワが世界一流のオーケストラに育てたことで、とりわけフランス音楽に定評があった。だからサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲にもうってつけ、というわけである。

その演奏は現代風のきれいな音色に、きちっと楷書風の伴奏が付いて録音もいい。もともとフランチェスカッティやシェリングといった旧い演奏家が、個性的な演奏を聞かせる名曲だった。パールマンは80年代、新しい演奏に思えたし、その魅力は今でも新鮮だが、このディスクの欠点はバレンボイムの指揮するパリ管弦楽団で、何かもやのかかった中途半端なものに聞こえる。ヴァイオリンが風味満載でもオーケストラがいかにも凡庸、ということはよくあることで、この曲もそういう演奏が多い。

一アマチュアがどうこの曲を聞こうと、それは勝手で自由なので、私はいつもこの曲に北アフリカの風景を重ね合わせている。第1楽章の冒頭は、チョン・キョンファで聞くとアリランのように聞こえるが、そういう異国を思わせるような情緒があるように思う。これは偶然ではないだろう。なぜならサン=サーンスはしばしばアルジェリアに避寒し、無類の旅行好きとして知られているからだ。ピアノ協奏曲に「エジプト風」というのもあるくらいである。

その第3協奏曲の最大の聞き所は、何と言っても長い第2楽章であろう。過ぎ行く夏を惜しむようなメロディーは(妻は春の曲だと言ったが)、誰もが口ずさみたくなりような曲だ。木管と絡みながら、何度もこのメロディー繰り返されるのを聞いているうちにうっとりとする。サン=サーンスを聞く時、このような魔法のメロディーにしばしば遭遇する。

しばし時の流れるのも忘れるような気分が、決然としたカデンツァによって打ち消されると第3楽章である。この楽章は長い。ヴァイオリンの特性を生かした、また一つの素敵な協奏曲だと思う。明るく伸びやかなメロディーがロンド風に変奏されてゆくのを聞くと、幸せな気分になること請け合いである。そしてワンとナガノによえう演奏は、じっくりと細部にも気を配りながら、きっちりと演奏している。ヴァイオリンの個性や技巧に驚くようなところはないが、そうでない方法で、音楽としての魅力を伝えることに成功している。それがこのライブ録音の魅力である。

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