2025年4月12日土曜日

ヴィヴァルディ:ギター協奏曲集(g: アンヘル・ロメロ、アカデミー・オブ・セント・マーチン・イン・ザ・フィールズ)

社会人になってはじめてのボーナスで買ったスピーカーを、33年ぶりに買い替えた。長年聞いてきたONKYOのスピーカーは、ツイーターが壊れてノイズが乗り、コーン紙は破れて音が割れていた。その状態で20年以上我慢したのは、ひとえに部屋が狭かったり、子供が小さかったからだ。引越しを繰り返した若い頃は仕事に忙しく、そもそも音楽を家で聞く余裕はなかった。私の音楽体験は、月に一度程度の演奏会と、あとはイヤホンで聞く携帯音楽プレーヤーに限られていた。

昨年の春に息子の受験が終わり、家を出て行ったので、我が家にようやく自分の時間と空間が生まれた。そうだ、スピーカーを買おう。そう決心したのは涼しくなってきた秋の頃で、そうなると居ても立っても居られなくなり、家電量販店に赴いて試聴する時間も勿体ないので、評判の良さそうな代物をネット検索するうち、YAMAHAのトールボーイ型に目が留まったのだ。YAMAHAにしたのは、かつて聞いたいい音の体験が、ことごとくYAMAHAだったことに加え、舶来品はこのところの円安で、値段が高騰しているからだった。YAMAHAのスピーカーは、ピアノに使われる素材でできており、艶があって高級感を放ち、インテリアとしても抜群に思われた。3-wayというのも気に入ったし、これを機にスピーカー・コードも新調した。

新しいスピーカーで聞く音楽は、買わなくなって久しいCDに、再び耳を傾ける機会を与えてくれた。それまで聞いていたCDでは聞き取れなかった細微な音まで再生してくれるので、ごく小さな音量でも落ち着いたムードに浸ることができる。今まではある程度大きな音で聞かないと、音楽が楽しめなかった。このことは、演奏の好みに影響を与える事態となった。そして今日は、春爛漫の陽気の中、朝から何かを聞こうと思い、取り出したのがヴィヴァルディの協奏曲集である。

バロック時代の後期にヴェネツィアで生まれたヴィヴァルディは、600余りの協奏曲を作曲したことで有名で、このほかにも50を超えるオペラ、70を超える室内楽曲を作曲した大作曲家である。当時、音楽の都はまだウィーンではなくヴェネツィアだった。そのヴィヴァルディの、特にギターを独奏楽器とする協奏曲集が、私の手元にあった。ギターの名手アンヘル・ロメロが独奏をつとめる。もっとも収録されている7つの曲は、もともとはギターのための曲ではない。その収録曲をオリジナルを含めて記すと以下のようになる。

1. 協奏曲ト長調RV435(フルート協奏曲)
2. 協奏曲イ短調RV108(フルートと2つのヴァイオリンのための協奏曲)
3. 協奏曲ニ長調RV93(2つのヴァイオリンとリュートのための協奏曲)
4. トリオハ長調RV82(ヴァイオリンとリュートのためのトリオ・ソナタ)
5. 協奏曲ニ短調RV540(ヴィオラ・ダ・モーレとリュートのための協奏曲)
6. 協奏曲ト長調RV532(2つのマンドリンのための協奏曲)
7. 協奏曲ホ長調RV265(ヴァイオリン協奏曲)

ヴィヴァルディと言えば「四季」が突出して有名だが、たしかに我が国の入学式で演奏されるのが「四季」の「春」となっていて、桜の咲くシーズンのイメージにぴったりである。イタリアの春を旅行したことはないのだが、不思議なことにヴィヴァルディで聞くヴァイオリン協奏曲は、この時期の明るく霞がかかり、少し眠気も誘う物寂しい心境によくマッチしている。

日本人は古来、桜に人生の儚さを見出し、その心象風景は陽気一辺倒なものではなかった。「ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」(紀友則)というわけである。この心理にピタッとくるのが、膨大な数に上るヴィヴァルディの協奏曲、その緩徐楽章であると感じている。そのヴァイオリンのパートをギターで奏でると、さらにムードが増す。もともと音量が小さく繊細で、弦をはじいてもすぐに減衰する音波は、まさに儚い音楽の物理学的証明でもある。チェンバロもその類で、これによる通奏低音などが加わると、風景は「動」ではなく「静」となって目の前に現れる。

YAMAHA NS-F700

イタリアの春は、日本の春に似ているのだろうか?少なくとも四季がはっきりと分かれ、そのそれぞれに思いを巡らす伝統があるとすれば、このヨーロッパ文化の核を成していた国に大いに共感を抱くことになる。ともあれ、今朝は心地よいイタリアのバロックに耳を傾けた。このロメロのディスク、かなり久しぶりに聞いたが、アカデミー室内管弦楽団(と我が国では呼ばれる)の明瞭な伴奏が心地よく、あっという間に最後まで聞いてしまった。

実は今日、東京・春・音楽祭でリッカルド・ムーティの指揮するイタリアの管弦楽作品を聞く。そのための序奏として、この演奏は大いに気持ちを高揚させるものだった。桜の歌をもう一つ。「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」(在原業平)。

0 件のコメント:

コメントを投稿

第2039回NHK交響楽団定期公演(2025年6月8日NHKホール、フアンホ・メナ指揮)

背筋がゾクゾクとする演奏だった。2010年の第16回ショパン国際ピアノコンクールの覇者、ユリアンナ・アヴデーエワがラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」の有名な第18変奏を弾き始めた時、それはさりげなく、さらりと、しかしスーパーなテクニックを持ってこのメロディーが流れてき...