湾岸戦争が起こっても、フセインの独裁政権はなくならなかった。しびれを切らしたアメリカは、大量破壊兵器を増産しているとしてイラクを攻撃(2003年)することになるが、それまでの間も延々と恐怖政治は続き、外国からの経済制裁がさらに追い打ちをかけた。圧政下で犠牲になるのは、いつも無名の一般市民、それも弱い立場の人々である。ただでさえ過酷な砂漠の国で、貧しい暮らしを耐えしのぐのは容易なことではない。特に老人や子供にとって。
南部メソポタミアのデルタ地帯に住む若干9歳の少女ラミアは、すでに両親を失い、祖母と2人で極貧生活を送っている。ある日少女は、学校に遅刻しただけで、昼食として持参したリンゴを先生に盗まれる。見ていてそれだけでも腹が立つのだが、軍事政権下の学校は、それ自体が体制維持の容赦なき隷属装置となっている。権力に歯向かうと市中引き回しの刑が待っている(実はこれは、江戸時代や太平洋戦争中の我が国とさほど変わらない)。そんな中でラミアは、あろうことか大統領の誕生日を祝うケーキを作る担当にさせられてしまう。
フセインは全国の学校に、自らの誕生日を祝うケーキを作るよう命じていたのである。これに何の根拠もないし、そもそもケーキを作るにも材料が不足していて手に入らないし、お金もない。しかも、たった2日間で仕上げる必要があるのだ。そこに追い打ちをかけたのは、高齢の祖母がもはや仕事を続けられなくなるという事態だった。祖母はラミアを町に連れて行き、彼女を養子に出すことにする。しかし彼女はその怪しい様子を嗅ぎ取って脱走する。愛する雄鶏ヒンディを伴って。ここまでは、検索すると表示される「ネタバレ」以前のあらすじである。
差し支えない範囲でもう少し書こう。彼女には同級生の男の子の友人サイードがいた。彼は父親に連れられて遊園地でスリの手伝いをさせられているのだが、逃げたラミアはそこに合流し、一緒にケーキの材料を探すことになる。わずか1日の間に、材料を探し回る2人の小学生と、ラミアを探す祖母の様子が描かれてゆく。だが、極度の食糧難のイラクにあって、誰も手など差し伸べてくれない。それが、たとえあどけない少年・少女であっても。
この映画のポスターに「実話から生まれた感動作」などと書かれている。「感動」を『広辞苑』で調べると、「深く物事を感じて心を動かすこと」とだけ書かれていて、それはポジティブな局面だけでなく、ネガティブな局面でも使われる可能性を排除していない。しかし一般に人々が「感動する」というとき、それはいい意味でのことである。こういうとき「新明解国語辞典」(三省堂)の出番である。そこにはこう書いてある。「美しい行為・話・芸術作品などを見たり聞いたりして、人間の理想に触れた感じがして、充足感を覚えること」。
後者の解釈に従えば、この作品を私は決して「感動的」だとは思わない。いや、むしろその逆で「絶望的」である。なぜなら、登場する人物のほとんどすべてが悪人なのである。大人たちのような立場の人間でも、平気で子供をいじめ、搾取し、罵倒する。長く続く独裁政治と貧困が、いかに人々の心を荒廃させているか、その様子は容赦ない。それでも子供たちは健気に生きている。そして彼らに手を差し伸べてくれる大人が、まったくいないというわけでもない。偶然にもたらされるそれが、わずかな救いである。
この映画のトーンは砂漠のように極めて乾燥しており、感傷的なシーンなど皆無である。そのことが一層リアルに、見ているものの心を突き刺す。登場人物はすべて素人から採用されたという。監督の実経験をもとに、圧政下のイラクで起こっていた様々なエピソードをつなげた本作品は、カンヌ国際映画祭で2つの賞を受賞した。実話をベースにしている点で、そして今もなお戦禍の絶えない中東で起こっているであろう庶民の耐え難き生活は、この映画のような感じだろうかと貧弱な想像を働かせたりするが、それは我が国がかつて辿った道でもある。
ケーキは辛うじて完成し、当日学校へ持参するが、そこにとんでもない事態が生じる。その内容は書かないが、この映画のひとつのキーは、ラミアとサイードが時に行う「にらめっこゲーム」である。瞬きをした方が負けという単純なものだが、これが何を意味しているのだろうか。最後のシーンを見ながら、そのことを考えた。そしてこれは、独裁政治というものがどれほどの悲惨な状況をもたらすのか、ということを主題としながら、そこに空爆を繰り返す米国の大義なき戦争をひそかに批判しているとも言える。このたびの米国によるイランへの軍事作戦の結果、イラクは石油の輸出量が激減し、国内経済は崩壊寸前だと言われている。イラク人の監督によって、このような映画が作られたことは画期的である。だが、その状況は現在でも続いていることを忘れてはならない。
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