2014年1月27日月曜日

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品19(P:クリスチャン・ツィメルマン、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番の次に、作曲順で第1番のことを書こうと思いいろいろな演奏を聞いているが、どういうわけかカップリングされることの多い第2番にもまだ未練があるのか、いい演奏を再発見するともう少し書いてみたくなった。この曲は一般に言われているよりもはるかに充実した曲である。モーツァルトでもなくハイドンでもない、紛れも無いベートーヴェンの音楽が、その他の曲ほど大袈裟ではなく、もう少しさらっとした感じで味わうことができる。そのことがまた、いいと思う。

私がこの曲のCDを初めて聞いたのは、アルゲリッチがピアノを弾き、シノーポリが伴奏をつとめた演奏でであった。丁度発売された時だった。この演奏は今でも個性的な名盤だと思っているが、その後自分のコレクションに加えるにあたって選んだのは、クリスチャン・ツィメルマンによるものであった。ツィメルマンはベートーヴェンのピアノ協奏曲を、レナード・バーンスタイン指揮によるウィーン・フィルの伴奏で全曲録画・録音を進行中で、残すところあと第1番と第2番となったところだった。ところがバーンスタインは1990年に亡くなってしまう。全集が未完に終ったと思われた矢先、ツィメルマン自身がピアノと指揮をする形でこの演奏がなされ、ついにリリースされたのである。

だが、ツィメルマンの弾き振りとなった初期作品の1枚は、バーンスタインのバックによる演奏とは趣きを異にし、やや小規模ながら精緻で、しかもバランスのいい演奏だった。ピアノの美しさは言うまでもなく、ショパン・コンクールの覇者らしくタッチは綺麗で、ウィーン・フィルの音色と見事に融合して、当時のデジタル録音の中では出色の出来栄えであると思われた。瑞々しい感性は、古い演奏とはひと味違い、かといって過激な部分はまったくない。テンポも遅くはないが、早すぎるわけでもない。

ツィメルマンは完璧主義者ではないかと思うのだが、そのおかげで一度録音した曲を再録音することは稀なようだ。コレクターから見ても好感が持てるし、(彼の録音するCDは、どれもそうだが)このベートーヴェンも大変完成度が高い。

このツィメルマンの演奏を久しぶりに聞いてみて、第1番よりも第2番に惹かれたのは意外だった。当時私はまだ第1番しかよく知らず、第2番は付け足しのように思っていた。それで第2番の方を聞くことはあまりなかったように思う。でもCDとして長い間ラックに眠っていた甲斐があって、今回ブログに何か書こうと思って聞き直したところ、この第2番の演奏の素晴らしさに気づいた、という次第である。特に第2楽章の、管弦楽と融け合うところの、少しテンポを落としてロマンチックに歌う部分は、もうこの曲が古典派の域を脱しつつあるとさえ思わせるものがある。

ベートーヴェンが越えるべき対象であると考えたであろうモーツァルトは、全27曲のピアノ協奏曲で、考えもつかないほどの感性の深みに到達している。ベートーヴェンはその後を継いで、ピアノ協奏曲をより大規模な、交響曲に匹敵するようなジャンルへと押し上げた。その最初の作品は、習作というレベルをはるかに超えている。この曲が作曲者自身によってウィーンで初演されたのは、作曲家自身のデビューを飾る演奏会でであった。1795年のことである。それはまだ交響曲の第1番が作曲されるよりも5年も早く、ベートーヴェンがまだ25歳の時であった。

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