
奇跡とも言える作品の指揮をしたのは、これまた奇跡的にMETの舞台に2年ぶりのカムバックを果たした音楽監督ジェームズ・レヴァインである。彼は専用の車椅子に腰掛けて、ほとんど座りっぱなしでこの2時間余の曲を精力的に指揮した。総裁のピーター・ゲルブ氏はレヴァインのカムバックを誰にも信じられなかったと紹介している。第一「本人にも信じられなかった」からだそうだ。
レヴァインの指揮が全く衰えを見せないどころか、このオーケストラとの長年に亘る関係の上にしか構築できない円熟の音楽によって、ヴェルディの音楽が息を吹き返し、見ているものを興奮させた。ニューヨーク・タイムズの記事によれば、この「ファルスタッフ」に匹敵する舞台は「ブロードウェイにも多くはない」と絶賛している。
さらに本上演の呼び物のひとつは、この作品の演出が55年ぶりに新しくなったことだろう。しかもその役を担ったのは、私がパリ・オペラ座の「ホフマン物語」で惚れ込んだロバート・カーセンであった。この天才演出家がどのような舞台を作るかは、私の見逃せないポイントだったが、何とそれは50年代のアメリカの台所という、丸で古い映画が飛び出してきたような(と案内役のルネ・フレミングは言っていた)舞台の、細々と並べられた小道具のひとつひとつにまでこだわった見事なもので、次々と変わる舞台の裏側をお得意のカメラワークで迫る。
ゲルブ総裁とレヴァイン、それにカーセンの三者の対談が、この幕間のインタビュー最大の見どころであった。登場人物の素晴らしい演技によって、まったく自然な感じに演技が推移するが、これは綿密に計算され、練習に次ぐ練習によって成し遂げられたものである。カーセン氏が言うようにこの舞台は、何にもまして人間味を謳ったものに仕上がっている。そこでは各登場人物が、何と生き生きとしていることか!
まず主役のファルスタッフは、世界中でこの役をこなし(200回以上も)、昨年のスカラ座公演でも日本に話題を振りまいたアンブロージョ・マエストリであった。まるでファルスタッフがそのままいるかのような圧倒的な存在感は、それだけで見るものを圧倒するし、インタビューで垣間見られたようなイタリア人そのままの気質が、彼の演技を唯一無二なものにしている。文句のつけようがないばかりか、この人のファルスタッフを見てしまうと他の人の演技が想像できないし、できたとしても見劣りがするだろう。
ファルスタッフが恋文を送る2人の夫人、アリーチェ・フォードはアンジェラ・ミード、メグはジェニファー・ジョンソン・キャーノである。このうち、良く歌う方のアンジェラ・ミードと、仕返し劇を企むクイックリー夫人を演じたステファニー・ブライスが登場すると、それだけで舞台は狭く感じられる。何せ巨漢揃いの舞台の上で、九重唱などといったシーンが連続するのだから。だがそういった容姿を含めて、何せ見応えのある舞台である。
このような太っちょの方々の間で独自の恋愛劇を繰り広げるアリーチェの娘ナンネッタ役のリゼット・オロペーサと、その相手役のフェントンを演じるパオロ・ファナーテも、逆に存在感があった。若い役はこの2人だけで、「フィガロの結婚」におけるケルビーノのように、何とも初々しい。一方、うだつの上がらないフォード氏はフランコ・ヴァッサッロという歌手で、そういえば第2幕で衣装を変えてガーター亭へとやってくるシーンでは、客席の笑いを買っていた。
衣装の変更の見事さもこの舞台では特筆されるし、台所に置かれたトランジスタ・ラジオのようなものにまで音楽と一体感のある演出の素晴らしさも記憶に残るが、第3幕ではそれまでの舞台が一転、何か幾何学的なものとなる。私は今回、初めて東劇ではなく、六本木のTOHOシネマズで見たが、土曜日の朝の都心は人も少なく、広い館内には5%程度しか客がいない。私はいつものように嬉しくなって赤ワインなどをちびりちびりとやっていたら、たちまち睡魔が襲ってきた。
それで第3幕の後半は、よく覚えていない。涙が出るほど感動的だった舞台も、気が付くとフーガのシーンになっていた。見逃したかと後悔しかけたが、考えてみればこれほどお正月に見るのに相応しい作品もないだろう。昨年12月14日の舞台は、年末に歌舞伎座でも上演されたようだが、私は年があらたまって最初に見たオペラとなった。気分よくうとうとしていた耳元に、「世の中はすべて冗談。理性だってあやふや。」と歌う歌手の声がこだましていた。
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