新しく開通した上野東京ラインの電車に乗って、栃木方面へ出かけるのを私は楽しみにしている。理由は片道1時間半もの間、空いた車内で車窓風景を眺めながらのんびり音楽を聴き続けることができるからである。暖冬の今年も1月に入り、寒い日が続いている。雲の切れ目から注ぐ日差しは弱く、こんな一日にぴったりなのはチャイコフスキーの音楽であろう、などと勝手に決めつて、今日はバレエ音楽「白鳥の湖」をWalkmanで聞くことにした。
この曲を聞く理由はもうひとつあって、1月のN響定期に演奏されるからだ。私はチャイコフスキーの音楽の中でもとりわけ「白鳥の湖」が好きである。でも全曲を通して聞くことはほとんどなく、「白鳥の湖」に限らず最近は、このようなポピュラーな管弦楽曲を聞く機会はめっきり減ってしまった。だが、妻と息子の誕生日祝いを兼ねて、3人でトゥガン・ソヒエフの指揮する演奏会に招待するつもりなのだ。
「白鳥の湖」はチャイコフスキー最初のバレエ音楽で、クラシック・バレエを新しい時代によみがえらせた作品としても名高い。チャイコフスキーのバレエ音楽としては「眠りの森の美女」、「くるみ割り人形」と並んで三大バレエ音楽という。この3つの作品はいずれも長いので組曲がつくられ、その3つの組曲をカップリングしたレコードは数多い。けれども今回聞くのは全曲盤のCDである。2枚組に75分ずつたっぷりと収録されているので、新橋から小山までの往きに第1幕と第2幕を聞き、帰りに第3幕と第4幕を聞く。発車と同時に聞き始めると、到着の直前で曲が終わるという塩梅である。帰りにはグリーン車を使うことにしているので、この静かな時間がまた楽しい。
よく知られているように「白鳥の湖」は王子ジークフリートと娘オデットの物語である。オデットが白鳥に変えられてしまい舞踏会で王子と結ばれようと努力するが、悪魔が邪魔をしてかなえられずとうとう二人は湖へ身を投げる。したがってこの物語は悲劇である。あの美しい「情景」のメロディーが随所に顔を出し、終曲では壮大なクライマックスになって全体を締めくくる。甘美で感傷的なメロディーや、壮大で楽しいワルツなど聞きどころは満載で、旋律の美しい大規模なオーケストラの曲を聞く喜びに浸ることができる。
サヴァリッシュはフィラデルフィア管弦楽団の時代にこの作品を録音した。サヴァリッシュのファンである私は直感的にこの演奏が素晴らしい出来栄えであろうと想像したが、最初のエディションは高価だったため諦め、その後廉価版でリリースされたタイミングで輸入盤を買った。その演奏は想像していた通り、この曲の録音の中で最上位の完成度と思われる出来栄えである。冒頭から音楽が息づき、途切れることなく熱を帯びながら高揚していく。それでもなお冷静な部分をサヴァリッシュは持ち合わせていて、音楽が一定の想定された調和の中に収まっている。壮麗なフィラデルフィア・サウンドを堪能することもできる。録音もいい。
「白鳥の湖」はバレエ音楽だが、実際にバレエを見なくても音楽だけで楽しめる作品である。そのことがこの曲を名曲たらしめているように思う。ではその音楽をかいつまんで聞いていこう。
冒頭はオーボエの憂愁を帯びたメロディーで始まる。これを聞いただけでロシアという風景(私は行ったことないのだが)を思う。同じ旋律をクラリネットが、さらには弦楽器が受け継ぎ、ついにはその規模が一気に大きくなってメロディーが流れると、私はもうこの音楽に「嵌って」いる。 まだ序奏の序奏なのに。抑制されているようで、十全にオーケストラ満開の様子はサヴァリッシュの職人的な上手さを表しているように思う。幕開きは管楽器も加わったアレグロの行進曲で、そのまま第1幕に入っていく。ジークフリート王子の祝祭のシーンである。
続く音楽はワルツ(第2曲)。友人や農民たちも加わって壮麗な踊りが繰り広げられる。このワルツ、「くるみ割り人形」の「花のワルツ」や「エフゲニー・オネーギン」第3幕の舞踏会のシーンとともに、チャイコフスキーの魅力満載の音楽だと思う。そしてまた有名なポロネーズ「乾杯の踊り」(第8曲)!
第2幕はその白鳥の音楽を繰り返すところから始まる。「情景」と訳されているが、バレエ音楽には一つの作品の中に数多くの「情景(シーン)」や「パ・ドゥ・~」(~人のステップ)といったものが存在する。だが一般に「白鳥の湖」の「情景」と言えば、あの音楽を指す。つまりオーボエがメランコリックな旋律を奏で、ハープがまるで羽を広げるような情景を描写する、「あの」音楽である(第10曲)。この聞き古した音楽は、いい演奏でちゃんと聞くと実に素晴らしい。カンタービレの部分で弦楽器が入ってきて、甘く切なく盛り上がっていく様子が、オーケストラ音楽のある種の醍醐味を表現している。そういう意味でチャイコフスキーは天才的である。時折冷たい風が吹き抜ける静かな湖のほとりがまるで目の前にあるかのようだ。
その湖のほとりで王子は白鳥になった娘に出会う。「小さい白鳥たちの踊り」(第13曲Ⅳ)それ「(オデットと王子の)パ・ダクシオン」(第13曲Ⅴ)などが続く。「小さい白鳥たちの踊り」もコケティッシュな有名な曲で、聞いたことがない人はいないのではないだろうか。「白鳥の湖」は「くるみ割り人形」と同じくらいに名曲が尽きない。「パ・ダクシオン」はハープの美しい旋律で始まる静かな音楽で、ソロ・バイオリンが活躍する。3拍子のリズムが耳に心地よい。
第3幕の舞踏会はこの音楽の最高潮の部分である。したがって数々のダンスが繰り広げられ、聞くものを飽きさせない。 抜粋でよく演奏されるのは「ハンガリーの踊り(チャールダーシュ)」(第20曲)、「スペインの踊り」(第21曲)、「ナポリの踊り」(第22曲)、「マズルカ」(第23曲)などである。いずれも異国情緒がロシアのムードとミックスする。リズムが動き、タンバリンやカスタネットなどの打楽器が豊富に挿入される。なおサヴァリッシュのこのCDには、この第3幕と第2幕に数多くの省略された部分が付録として挿入されている。それにしてもこれだけ次々とオーケストラの舞踏音楽が続くというのは音楽を聞く楽しさの限りである。
第4幕はフィナーレ(第29曲)が充実している。ここであの「情景」のメロディーが様々な形態で再び現れるが、それは白鳥と王子の死を表している。悲劇ではあるけれども物語の美しさを失ってはいない。二人は死後の世界で結ばれるからだ。 サヴァリッシュの演奏はバレエ音楽としての性格をわきまえている。ただ通常バレエを見に行ったとしても、そこで演奏されるオーケストラは一流とはいいがたい水準であることが多い。このサヴァリッシュによる演奏は(小澤やプレヴィンの名演もそうだが)、音楽として楽しむための演奏である。安易に抜粋版にしていないところがいい。なんせ30分やそこそこで聞いてしまうには勿体ないのだから。
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