2026年6月15日月曜日

NHK交響楽団第2067回定期公演(2026年6月14日NHKホール、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮)

優れた指揮者のもとでは、一体化したオーケストラの響きが、まるでひとつの楽器になったかのように3階席にまで鮮やかに届く。90年代前半、この席の常連だった私には信じられないことだが、最近のN響は本当に巧くなった。。

今シーズンのN響Aプログラム最終回を指揮したのは、オランダの指揮者ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン。ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督を務めるなど、世界各地の名門オーケストラを率いてきた国際的な指揮者だが、日本ではその実績の割に知名度が高いとは言えない。

私はかつて、彼が香港フィルハーモニー管弦楽団を指揮したワーグナーの「ニーベルングの指環」の録音を聴き、その確固たる音楽作りに目を見張ったことがある。しかし実演に接する機会はなかなかなかった。興味深いことに、彼は香港のみならず台湾や韓国などアジア各地のオーケストラのシェフを務めてきたほか、フランスやアメリカにも活動の拠点を置いてきた。熱心なファンが少なくないのも頷ける。

その音作りは、史上最年少でコンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターを務めた経歴からも想像できるように、弦楽器を中心に据えた精緻で明晰なものだと思っていた。しかし実際に接してみると、予想以上に情熱的な指揮者だった。3階席から見ても、その大きな身振りはよく伝わる。音響の天才的なバランス感覚のもと、各楽器は見事に溶け合いながらも埋没せず、大きな振幅を描く。音楽を聴く喜びをこれほど味わわせてくれるコンサートも珍しい。

4段階評価なら迷わず星4つを付けられる演奏会に、私はこれで3日連続で通ったことになる。東京のクラシック音楽界は、それほどまでに充実している。実際、この週にはチケット完売のため行くことがかなわなかった演奏会(エベーヌ四重奏団によるベートーヴェン・チクルス)まであった。

プログラムの冒頭は、ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲。この曲は祝祭的な名曲としてたびたび演奏されるが、ヴァン・ズヴェーデンの指揮で聴くと、その充実ぶりがひと味違う。N響の豊かなサウンドが冒頭から満開である。彼がワーグナーを得意としているからこその選曲なのだろう。だが、このような指揮者なら、どんな作品を振っても聴いてみたいと思わせるものがあった。

続いて舞台中央に置かれたピアノの前に、ピアニストのコンラッド・タオが登場する。中国系アメリカ人で、自ら作曲も手がける音楽家だ。

モーツァルトのピアノ協奏曲第17番が始まると、その伴奏からして絹のようにしなやかでエレガントな音色に圧倒される。さらに、広大なNHKホールの3階席にまで十分届くピアノの美しいメロディーが、耳を洗い心を揺さぶった。「この曲はこんなにも魅力的だったのか」と、何度聴いたか知れない作品でありながら発見の連続である。

第1楽章のカデンツァは、まるでベートーヴェンが弾いているかのようだった。これは彼自身によるものだろうか。そして第2楽章のカデンツァには、どこかバッハを思わせる趣があった。久しぶりに実演で聴くモーツァルトだったが、これは私の経験した演奏のなかでも最も完成度の高いものとして長く記憶に残るだろう。

アンコールで演奏されたラヴェル「マ・メール・ロワ」より「妖精の園」も、このピアニストの才能を鮮烈に印象づけた。特に終盤、鍵盤上を左右に行きつ戻りつしながら展開される演奏は、ダイナミックでありながら綿密だった。

私は長年、バルトークの音楽を苦手としてきた。民族音楽を題材にした初期作品くらいしか聴かなかったのである。しかし彼の代表作の多くは、むしろ晩年に書かれている。

今回プログラムを読んでいて知ったのだが、バルトークは私と同じ骨髄性白血病を患っており、「管弦楽のための協奏曲」を作曲した頃にはすでに闘病生活のなかにあったという。これで一気に親近感が湧いたというと語弊があるかもしれないが、「これは聴かなければならない」と思ったのである。

「食わず嫌い」という言葉があるが、私にとって「管弦楽のための協奏曲」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、そしてR.シュトラウスの「ドン・キホーテ」は、いわば「聴かず嫌い」の代表格だった。しかしヴァン・ズヴェーデン指揮のN響によって、その状況を克服する絶好の機会が巡ってきた。そして舞台にずらりと並んだ大編成のN響から聴こえてきたのは、紛れもなく世界最高水準の音楽だった。

今やN響は、欧米の有名オーケストラと比べても遜色のないレベルに達していると思う。聴いていて惚れ惚れするその演奏は、後方の弦楽器奏者でさえ身体を揺らし、ときに管楽器群は号砲のような響きを放つ。全奏で鳴り響いても濁りはなく、その一方でヴィオラや第2ヴァイオリンが独特の風合いを添え、音楽に繊細な彩りを与える。

オーケストラを聴く楽しみとは、まさにこのような音の万華鏡を味わうことに尽きる。優れた指揮者のもとでは縦の線が整い、千変万化するテンポにも迷いがない。ヴァン・ズヴェーデンは職人的な厳密さと情熱を兼ね備え、この大作を見事に引き締めていった。

終楽章のアレグロが感動的なフィナーレを迎えると、満場のブラボーが飛び交った。本人もよほど手応えを感じていたのだろう。何度もカーテンコールに応えるなかで、少し茶目っ気を見せながら客席に手を振っていたという。もっとも、私の席からはその様子を直接見ることはできなかったのだが。

0 件のコメント:

コメントを投稿

NHK交響楽団第2067回定期公演(2026年6月14日NHKホール、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮)

優れた指揮者のもとでは、一体化したオーケストラの響きが、まるでひとつの楽器になったかのように3階席にまで鮮やかに届く。90年代前半、この席の常連だった私には信じられないことだが、最近のN響は本当に巧くなった。。 今シーズンのN響Aプログラム最終回を指揮したのは、オランダの指揮者ヤ...