2025年9月24日水曜日

読売日本交響楽団第144回横浜マチネーシリーズ(2025年9月21日横浜みなとみらいホール、ケント・ナガノ指揮)

私はケント・ナガノという指揮者について、あまりよく知らなかった。実際、彼は日本のオーケストラをほとんど指揮したことはない。今回日本の常設オケに客演するには、1986年に新日フィルを指揮して以来の実に39年ぶりということだった。彼は日系アメリカ人3世であり、しかも奥様も日本人だという割には、日本での演奏機会が少なかったようだ。日本を避けてきたのだろうか、とさえ思っていた。

過去の彼のインタビューを聞くと、意見が非常に醒めていて冷たいという印象があった。カリフォルニア生まれの知識人らしく実にクールでドライ。だから音楽も、などと考えていた。私が所有していたCDはわずか2枚で、一つはリヨンの歌劇場のオーケストラを指揮したドリーブの「コッペリア」、そしてモントリオール交響楽団を指揮したベートーヴェンの「エグモント」と第5交響曲をカップリングした一枚である。これらの2枚のCDはとても素敵なので、愛聴盤でさえあるのだが。

そういうわけでこのたびの来日で読響を指揮すると分かった時も、実際どうしようかと迷った。プログラムは2種類あって、ひとつはマーラーの交響曲第7番。最も演奏機会の少なかったマーラーこの難曲が、最近はプログラムに上ることが多いが、私の場合さほど喜んで聞きたくなる曲ではない。一方、もう一つのプログラムは、シューベルトの「グレイト」交響曲である。「グレイト」は誰が指揮しようと聞きたくなる曲なので、私はこちらの方を選んだ。会場は横浜のみなとみらいホールの1回限りで、日曜日のマチネー。席はまだある。というわけで、秋風がようやく吹き始めた週末に私はひとり出かけることとなった。

桜木町で国電を下り、重慶飯店で期間限定のアヒルの玉子入り月餅餅を買う。そのあと長い歩道を歩いてみなとみらい地区へ。右手には日本丸とその向こうに遊園地が見える。この横浜ならではの光景は、やはり気分が変わっていいものだ。そしてビルの中に入ると、フィレンツェのジェラート屋があった。つまらないカフェでもコーヒー1杯500円するのは当たり前の昨今、ビールでも飲もうものなら軽く1000円近く取られるインフレ日本で、アイスクリームが税込み500円というのは安い。私もあのフィレンツェのアイスクリームは懐かしいから、ここでラズベリー入りのソーダを注文して時間を調整。横浜に来る楽しみがまた増えたことが嬉しい。横浜から直接みなとみらい線に乗ったのでは、ここには来られない。

会場のロビーから見えるコンベンション・センターの風景も、東京の他の会場では見えることがない風景である。そこで今度はビールを飲む。これも600円と良心的。このようにして上演前のひとときをプログラムを見ながら過ごした。このような贅沢な時間もまた、コンサートの一部である。

本日のプログラムは3つ。まず前半は野平一平の「織られた時IV〜横浜モデルニテ」という作品。世界初演だそうである。冊子によれば、近代化の象徴とも言える横浜の光景を音にして、前衛的な雰囲気も含めた作品と本人が解説している。教会の鐘の音に模したファンファーレで始まり、我が国初の鉄道や汽船の音などもモチーフになっているようだ。ナガノは8分余りのこの曲を丁寧に指揮、会場にいた作曲者も登壇して喝采を浴びていた。

続く曲はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番で、数あるモーツァルトのピアノ協奏曲には珍しい短調の曲である。このような曲を取り上げるのは、実力あるピアニストの意欲だろうか。そのピアニストはイタリア人のベネデット・ルポ、私は初めて聞く。もちろんこの曲も実演はおそらく初めて。ところが演奏が始まって驚いたのは、その音色の粒立ちの格調高い気品である。モーツァルトを弾くに相応しい確かなタッチと、ほとんど飾って見せないストレートな表現。すべての音符が考え抜かれ、理想的な強弱レベルで明晰に聞こえてくる。例えていえば、グルダに似ている、という感じだろうか(もっともグルダは録音でしか聞いたことがないのだが)。

第2楽章でのオーケストラは、そのピアノを側面から寄り添い、確かなリズムを刻む。席が良かったからかも知れないが、読響の音ももはやヨーロッパのレベルである。第3楽章のカデンツァに入る部分など惚れ惚れする響きは最後まで続き、同じように感じ入った聴衆も多かったに違いなく拍手も多い。何度もカーテンコールに応えてルポは、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を弾いた。これも惚れ惚れとする印象を残した。サービス満点の演奏だった。

休憩を挟んでのシューベルトは、「天国的に長い」とされる曲だが、いい演奏で聞くことになるといつまでも聞いていたいと思う曲に変身する。ところが今回の演奏時間の記載を見ると約48分と書かれていた。これは繰り返しを一切しないことを意味していると思ったが、実際そうであった。そもそもこの曲をすべて繰り返して演奏するには、演奏家によほど覚悟がないと難しいのだろうし、聴衆がそれについて来られるのかが気がかりである。実際、この曲の間中、いや前半でさえも、私の両隣のご婦人は終始居眠りをしておられる始末。いやそれだけではない、後方の席にいた拍手をいち早くする高齢男性も、演奏中は熟睡。いつ果てるともわからない音楽を生で聞きながら眠るのは、さぞ気持ちがいいに違いない。

ところがその演奏は、私はこれまで聞いたシューベルトの曲中、最高の部類に入る名演奏になったことは疑いがない。第1楽章から、そのバランスといい継続的な完成度といい、申し分がないだけでなく、オーケストラがすこぶる上手いと感じた。もしビデオ収録されていたら見てみたいが、どうもそういうこともなさそうで残念である。だがそこに居合わせた聴衆は、この演奏のレベルの高さを確信していた。終演後、間を置かずして圧倒的に盛大なブラボーが沸き起こったことも、そのことを示している。

読響の定期で、これほど大きな拍手を聞いたのは初めてである。そしてこの曲をここまでの完成度で、しかも長い時間維持し続けたことはちょっとしたものだ。特に私が一番注目している第3楽章のトリオの部分を、ナガノは十分な時間を保って演奏した。ここを中途半端に通り抜ける指揮者が多い中で、私は初めて理想的な演奏に巡り合った心境だった。CDでスタジオ録音されたものなら(例えばアバドの演奏)、ゆっくりと時間をかけてこれを理想的な演奏に仕上げることもできよう。しかし実演となると、なかなか難しいと思われる。そもそも長い曲を覚悟しているブルックナーの場合とは、ちょっと事情が異なる。

第4楽章のリズムが淡々と進みつつも気迫のこもった演奏は、次第にオーケストラも聴衆も熱を帯びて聞き入る。もっと長く聞いていたいと思う演奏になってゆく。それにしても読響の木管楽器の巧さが際立つ。まわりを見ると、皆さんまだ船を漕いでいる。熱を帯びた演奏家や一部聴衆と対照的なのが実に面白く愉快である。実は今、名古屋へと向かう新幹線「のぞみ」に乗って、昨日のコンサートを思い出しながらこの文章を書いているが、まるでその車窓風景のように快速に進む音楽が、とうとう終わりを迎えた時、割れんばかりの聴衆が指揮者を何度も舞台へ呼び戻し、それはオーケストラが退散しても続いたことは、言うまでもない。

最高の読響の演奏、最高のシューベルトの余韻を残しながら会場を後にしようとしたとき、何と「サイン会場」と書かれたプラカードを持った係員がいるではないか。聞くと「今日は特別のようです」とのことだった。私もプログラム冊子を持って行列に。インタビューで聞くナガノの醒めたコメントとは違い、こんなにも熱い演奏をする指揮者とは思わなかった。そして一人一人にサインをする指揮者とピアニストに、私は「これまで聞いた中で最高のシューベルトでした」と話しかけると、とても喜んで笑顔で答えてくれた。そういうわけで、これは忘れ得ぬコンサートになった。

帰りはみなとみらい駅で恒例の「シウマイ」を買って、そのまま電車へ。家から1時間とかからない横浜にも、これからは時々出かけたいと思った。このホールは、場所も座席の心地も音響も悪くはない。ただあの最前列席の目の前に張り巡らされた金属線が、舞台の視界をさえぎらなければもっと心地よいのに、と思った。

2025年9月20日土曜日

NHK交響楽団第2043回定期公演(2025年9月19日サントリーホール、ファビオ・ルイージ指揮)

今シーズンからN響の定期会員になった。定期会員になるのは1992年以来、34年ぶりのことである。丁度就職して東京に住み始めた頃で、思いっきり演奏会に出かけることができることが大いに嬉しかった。この年、9月から始まる新シーズンのNHKホールのチケットは、最安値がたしか1000円で、これは3階席後方(E席自由席)だった(この席は今では3000円になっているが、学生割引というのもある)。

私はまだ初任給をもらったばかりの新入社員だったが、同じ3階席の前方の席を確保した(D席3000円)。広いNHKホールに毎週のように通い、あまり聞くことのない曲も楽しんだ。満員になることはまずないから、席を移動してゆったりとすわり、時に睡魔に襲われるのもまた良いものだ、などと考えていた。当時、サントリーホールでの公演はなかった。

N響の定期会員だったのはこの1年だけだったが、その後もN響の公演にはしばしばでかけてきた。平均すると毎年数回は聞いている。そのほとんどがNHKホールでのもので、それも2階席かそれより後。1階席は中央に座らないとオーケストラを後方から眺める感じになるのが面白くないからだが、中央の席はすでに埋まっていることが多く、しかも高い。NHKホールの座席は狭く、両隣に人がいると窮屈な上、前の人の頭が視界を遮る。1階席からはオーケストラを見上げる位置になって、後方の演奏家が見えない。2階席なら全体が見渡せるが、そこはすでにかなり後方になってしまい、臨場感に乏しい。

とにかくNHKホールで聞くN響の演奏会は制約が大きく(しかも渋谷の繁華街を通らなければならないことが決定的につらい)、音響も悪いので最近はよほどいいプログラムでなければ敬遠しているのが実情なのだ。しかし、サントリーホールであれば、家からも行きやすい上に音響も良く申し分がない。本当はサントリーホールでN響を聞いてみたい。ところがこのサントリーホールでの定期公演は、毎回ほぼ売り切れ。すなわち定期会員だけですでに満員になってしまっている。その定期会員は、NHKホールの場合と違って1年更新だから、更新時期に合わせて1年分のチケットを買う必要がある。安い席やいい席は継続の会員に優先的に売り出されるから、さらにハードルは高い。

そういうわけでサントリーホールでのN響定期は、なかなか聞くことができないのである。しかもサントリーホールでの公演プログラムは、玄人好みの凝ったものが多いという特徴があって、招聘される指揮者の意欲的なプログラムとなっているのはいいのだが、いわゆる定番、あるいは名曲の類は巧妙に避けられており、それらはNHKホールでのプログラムに回されている、という次第である。

前置きが長くなったが、とにかく今シーズン(25~26シーズン)、私は意を決してサントリー定期の会員になった。これで来年6月までに開催される全9回の定期公演にS席が確保された。あとは毎回、何らかの事情で行けなくなる事態を回避しつつ(これが意外に多いのが、これまで定期会員を躊躇ってきた理由でもある)、月1回は金曜日(2回ある公演の2日目)に赤坂まで出向くことになった。今年、N響は99周年。なかなか意欲的なプログラムが並んでいる。先日はヨーロッパ・ツアーに出かけたばかりで、その模様はようやくテレビで放送された。

今回の公演は、そのヨーロッパ・ツアーにも同行した首席指揮者のファビオ・ルイージで、プログラムはまず武満徹の「3つの映画音楽」(これもヨーロッパ公演の演目)、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(独奏:マリア・ドゥエニャス)、それにメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」である。猛暑の今年は、いったいいつになったら秋が訪れるのだろうかと、もう諦めの境地で過ごしていた矢先、ようやく気温が下がった19日、サントリーホール前の広場には多くの屋台も出て、金曜日のオフィス街が賑わっていた。その合間を抜けて会場へと入る。いつものサントリーホールではあるが、どことなく行儀のいいN響の聴衆ですでに満席である。

最初の曲「3つの映画音楽」は弦楽合奏のみの曲である。武満が生涯にわたって作曲した映画音楽から「ホゼー・トレス」「黒い雨」「他人の顔」に使われた曲を編曲し、1つの管弦楽曲として構成したもの。私もCDを持ってはいるが、実演は初めてであった。私の座席はRCセクションの7列目で、オーケストラを斜めに見下ろす位置にあり、とてもいい。そこから聞くN響の音は、いつもNHKホールで聞くものとは全く違っていた。

特にそれを実感したのが、次のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲である。白いドレス姿で登場したドゥエニャスは初登場。まだ若い彼女は、しかしながらなかなかしなやかで音色も美しい。聞きなれた曲が、まるで初めての曲のように感じられるのは、N響を含めた音のバランスの良さ故だろうか。これまで聞いていたこの曲がいったい何だったのだろうかとさえ思った。私は公演前に飲んだワイン(サントリーの赤)のせいもあって心地よい睡魔に襲われ、しばしば夢見心地で長い第1楽章に酔いしれた。

注目すべきはそのカデンツァで、何と彼女は自前のそれを披露するではないか!この曲のカデンツァと言えば、だいたいヨアヒムのものと決まっており、私もしれしか聞いたことがない。ところが彼女は、そう、あとの第3楽章のものも含め、自前の、それも大変聴きごたえのあるカデンツァを聞かせたのである。何と言おうか、さほど技巧的でもなく、しかし斬新さがあって長い。それが自然に入り、静寂な聴衆の前で圧倒的な量感を持って奏でられ、そしてすっとオーケストラに溶け合ってもとに戻る時の得も言われぬ美しさは、今日のコンサートの白眉であった。

第2楽章の精緻な表現も見事で、特に後半の美しさは特筆すべきものだった。第3楽章で見せた迫力のあるロンドは、この曲の魅力を100%以上に引き出し、聴く者を興奮させていった。それにしてもN響の音は、さらにボリュームを増したかのようで、普段は大人しい聴衆も熱い拍手を送っていたが、今日の演奏会はマイク一本垂れておらず、テレビ収録されたのは前日のコンサートだったのだろうと思う。これは放送された時に再度見てみたい。

休憩を挟み、後半は「イタリア」交響曲のみ。30分1本勝負のアレグロを、ルイージはこれ以上にないくらいのスピードで演奏した。その迫力たるや、まるで上に向けた水道の蛇口から、天に向かって水がほとばしり出るようで、一糸乱れぬアンサンブルの極致と化したN響の演奏は、いまやヨーロッパの一流オーケストラにも比肩しうるものだと確信した。特にチェロとコントラバスによる低弦の響きは、かつて非力だった日本のオーケストラとは見違えるほどの充実ぶりで、第4楽章まであっという間の演奏。ただ速いだけのうわついたものではなく、木管が宙を舞い、ホルンが咆える。実演で聞くオーケストラの醍醐味である。

これまで幾度となく聞いてきたN響の演奏会なのに、このサントリーホールで聞く異常なほどの素晴らしさは、一体どういうことなのだろうか、と思った。いや白状すれば、サントリーホールでN響を聞くのはこれが初めてではない。とすればこれは指揮者による効果としか考えられない。ルイージという指揮者は、表現的にはやや無機的で、深い感銘を残すことがあまりない指揮者だが、音作りについては超1級品なのだろうと思った次第である。その良さがNHKホールでは拡散してしまうが、サントリーホールでは凝縮されて迫って来る。ルイージのコンサートはまだあと2回(11月、4月)あるし、他の指揮者とも聴き比べることができるのが楽しみである。

次回は早くも10月10日、ヘルベルト・ブロムシュテットが予定されている。御年98歳の指揮者を聞くことができれば、それだけで生涯の記憶に残るものとなるだろう。

2025年9月1日月曜日

ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」(The MET Line in HD Series 2024-2025)

こう言うとオペラ好きの人から笑われそうだが、私はベートーヴェンの「フィデリオ」が大好きである。これまでに実演で2回、CDで4種類、DVDで2種類は見聞きしているだろう。その「フィデリオ」がMET Liveに登場するのは初めてである。待ちに待った感がある。もっとも日本での公開は5月頃だった。私が見るのは、夏休みに上演されるリバイバルになってしまった。忙しくて行けなかったからである。なお、ニューヨークでの公演(収録日)は、本年3月15日となっている。

「フィデリオ」の魅力は何と言ってもベートーヴェンの音楽そのものに尽きる。舞台はスペインの監獄で暗い。男装したレオノーレはフィデリオ(ソプラノのワーグナー歌手、リーゼ・ダーヴィットセン)と名乗って刑務所に侵入、そこの看守ロッコ(バスの重鎮、ルネ・パーぺ)の部下となり、夫であるフロレスタン(テノールのデイヴィット・バット・フィリップ)を救い出す、という救出劇。

第1幕には一応、男女の恋物語として看守の娘マルツェリーネ(中国人のソプラノ、イン・ファン)に言い寄るジャキーノ(テノールのマグヌス・ディートリヒ)との二重唱なども用意されてはいるが、音楽がベートーヴェンとしては未熟なものが多い。「あまり得意でないことをやっているな」という感じである。しかも今回のマルツェリーネはアジア人ということもあって、どうしても私などは「昭和のお姉さん」(つまり「サザエさん」)のようなムードを感じてしまい、やや興ざめ。とはいえ、私はこの無骨な音楽も大好きで、やはりベートーヴェンにしか書けないものを感じるのである。看守ロッコの上司である刑務所長のドン・ピツァロ(バス・バリトンのトマシュ・コニエチュニ)を含めた4人が第1幕を長々と演じるが、そのクライマックスは何と言っても、夫の身を案じて歌う長いレチタティーヴォとアリア「悪者よ、どこへ急ぐのか」である。ベートーヴェンは音楽を中心に据えて歌を書いたので、息継ぎも難しく、このアリアの難易度は相当なものである。

幕間の紹介によればダーヴィットセンは、双子を妊娠中の身だそうで、この公演を最後に育児休暇に入るそうだが、さっそく来年の「トリスタンとイゾルデ」のイゾルデでカムバックするというから驚く。公演が終わった舞台裏の画像で、感極まって涙ぐむ彼女の姿は印象的だった。歌唱の方もさすがに見事だったが、私は第1幕の後半を、折からの猛暑の疲れも手伝って心地よい睡魔に襲われ、あまりよく覚えていない。指揮者は女性のスザンナ・マルッキ。人気はあるようだがどことなく平凡で、あのベートーヴェンの推進力が感じられないのは残念だった。

映像の前口上でゲルブ総裁が、この難しい時代に「フィデリオ」を上演することの意味を訴えていたが、実際にはこのプロダクション(演出:ユルゲン・フリム)は、随分前(一説では2000年頃)から上演されているらしく、古典的な舞台装置である。ロシアの捕虜収容所などでなくて良かったと思った次第。序曲は「フィデリオ」の序曲で、第2幕に「レオノーレ」第3番は挿入されなかった。

短いインターミッションの後、第2幕が始まった。私はこの第2幕の冒頭が気に入っている。ベートーヴェンが書いた最高の音楽のひとつではないかとさえ思う。それがひとしきり演奏されると、いよいよフロレスタン(テノールのデイヴィット・バット・フィリップ)が登場、「神よ!」と叫ぶシーンがこのオペラの真骨頂である。ここから続く長大なアリアは、最大の聞き所の一つである。透明なテノールの響きも含め、このオペラの不思議なところは、舞台が常に暗黒であるにもかかわらず、音楽がむしろ陽気であることだ。それこそベートーヴェンのベートーヴェンらしいところではないだろうか。

従って遂にレオノーレとフロレスタンが再会し、そこに居合わせるロッコとドン・ピッアロを含めた4人によるやりとりは、有名なレオノーレのメロディーや「勝利のファンファーレ」を含め、大いに盛り上がってゆく。緊張感が増すというよりは、ドラマの域を超えてオラトリオと化してゆくのが面白い。ただ、私はマーラーが始めた序曲「レオノーレ」第3番の挿入が、どうしても欲しいと思うので、司法長官ドン・フェルナンド(バスのスティーヴン・ミリング)が水戸黄門のように登場し、勧善懲悪の大団円を迎えるまでのひと時を、間奏曲のように待ちたい気持ちが強い。舞台も急に明るくなって、ここから長大かつ壮大なフィナーレに入るのだが、その前の「溜め」が欲しくなるのである。だが、最近はそういう演出は減ってしまった。

マルッキの指揮も第2幕は調子が良く、高らかに歌い上げられる自由と愛への賛歌に、会場からは惜しみない拍手が送られていた。この音楽は誰がどう演奏しても、ベートーヴェンにしか表現できない音楽とストーリーである。世の中の正義が揺らいでいる今の時代にあって、このような渾身の音楽を聞くと、胸が熱くなる。私はビデオ上映のオペラで涙を流すことは滅多にないが、約1年ぶりのMET Liveでベートーヴェンの感動的な音楽に、改めて心を動かされたのだった。

2025年8月3日日曜日

新日本フィルハーモニー交響楽団演奏会(2025年8月2日ミューザ川崎シンフォニーホール、上岡敏之指揮)


我が国にはかつて、クラシック音楽を聞く層の中心が若者という時代があった。私の親くらいの世代から団塊の世代にかけて、その傾向は顕著だった。そのブームの中心に、帝王カラヤンがいたことは誰もが知るところだろう。日本の音楽界とメジャー・レコード会社がその火付け役となり、極東の非西洋国ながら数多くのコンサートが開かれ、そこに陣取ったのは20代を中心とする当時の人々だった。

思えばクラシック音楽好きとなったのも、そのような時代背景と大きく関わっている。私の場合、うちのクラシック音楽好きの元祖は、昭和10年生まれの伯父だった。伯父が集めたLPレコードの何枚かを、我が家は借りてきて、ステレオ装置のそばに立てかけられていた。まず父がその音楽を聞き、その影響で私は小学生の頃からレコードに親しんだ。CDの時代となり、自前でコンサートに行けるようになると、私はさらに多くの曲を聞き始め、世界中の来日オーケストラのコンサートにも足を運んだ。伯父から父を通して受け継がれたクラシック音楽好きは、その後私の弟にも及び、さらに今ではその息子へと伝播している。

その伯父が、急に亡くなった。先週のことだった。私は急遽、葬儀に参列することになり、週末に予定していた家族旅行をキャンセルした。葬儀はつつがなく終了。翌日は京都に息子を訪ねただけで、台風の接近もあって早々に帰京した私は、旅行で諦めていたコンサートに出かけることになった。「フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2025」の一連の公演の中で、もっとも注目していた上岡敏之の指揮するブルックナーのコンサートに行くことにしたのだ。この公演のチケットが、まだ多く売れ残っていたのは意外だった。そして伯父が晩年によく聞いていたブルックナーの交響曲、それもワーグナーの追悼に書かれた長大なアダージョを擁する第7番のみが、この日の演目だった。

何という巡りあわせだろうか。私が伯父の追悼に相応しいとさえ思うコンサートを、ミューザ川崎シンフォニーホールに聞きに出かけた。3階席まではほぼ満席のホールは、冒頭から異様とも思える静寂さを際立たせ、上岡がタクトを下ろした瞬間、それまでに聞いたことがないピアニッシモの弦が鳴り響いてきた。それはいきなり最初から一気にブルックナーの世界に、観客席のすべてを覆うような空気に包まれていた。

最初の第1小節の微弱音から、これほど完成度が高い演奏は聞いたことがない。その音はブルックナーの音楽を知り尽くした指揮者にしかできないレベルの芸当に思われた。どことなくとりとめがなく、散漫にさえ感じる演奏が多い中で、上岡のブルックナーはすべての音符からその意味を理解し、有機的に組み合わせ、連続するフレーズの流れに絶え間なく生命を与えているだけでなく、それが繰り返されたりした際には、また違った表情を湛える。考え抜かれた音楽の再生は、捉えにくいブルックナー音楽の構造を見事に浮かび上がらせ、私はこの作曲家を初めて正しく理解したような気がした。

それは極めて精緻で冷静であり、職人的だったと思う。そうか、ブルックナーの音楽も、正しくはこのようにきっちりと統制され、しかしそうと感じさせないような流れで全体を見渡し、細部に指示を出すのだ。ブルックナー音楽は自然ではなく、構造物なのだ。長大な第1楽章は、その崇高な造形美を再現する技量高い指揮に引き込まれていった。

長いコーダに末に第1楽章がピタリと終わった瞬間、指揮者は指揮台に前のめりになって、ばたっと手をつくという印象的なポーズを取ったことが、舞台斜め左方の2階席からも良く見えた。遅い演奏だ。だが弛緩させることなく、かといって不自然さは微塵もない。そのようにして、あの第2楽章に入った。ここの楽章の間中、私は涙をこらえることはできなかった。副主題のメロディーをヴァイオリンが丁寧に奏で始めると、伯父との思い出が走馬灯のように浮かんできたのだ。

フィラデルフィア歴史地区(1990)
登山や潮干狩りにでかけた幼少期の思い出だけではない。大学進学のお祝いにもらったのが、クライバーの大阪公演のチケットだったことに始まり、単身赴任先のニューヨークに居候して毎日のようにマンハッタン観光に出かける私に、メトロポリタン歌劇場やカーネギーホールのチケットを数多く譲ってくれたのだった(ムーティ指揮フィラデルフィア管、マゼール指揮フランス国立管、テンシュテットが振る予定だったニューヨーク・フィルの定期、それにクライバーの「オテロ」などなど)。この直前、丁度カラヤンがウィーン・フィルとニューヨークを訪れ、交響曲第8番の歴史的名演奏を行ったことを、伯父は何度も話してくれた(そのカラヤンは程なくして亡くなり、その追悼盤としてブルックナーの第7交響曲がリリースされたことは、いまでも記憶に新しい)。

週末には伯父の運転する車でワシントンDCまで出かけ、ホワイトハウスや桜の咲くポトマック川などを周遊し、帰りにはフィラデルフィアの歴史地区にも足を延ばした。伯父は有名なレストランで豪華な食事をおごってくれただけでなく、ナイアガラの滝への日帰りツアーまで手配してくれるという歓迎ぶりだった。その10年後、私が仕事でニューヨーク勤務をすることになった。ある日突然私のオフィスの電話が鳴って「いまKitano Hotelに泊まっている」と告げられたのだ。思いがけないマンハッタンでの再会時も、その時客演していたサンクト・ペテルブルグ響に話が及んだ。退職後も第2の会社人生を送りながらニューヨークに出張に来ていた伯父は、たまたま前日に同じコンサートに出かけていたことが判明したからである。

私に大いなる愛情を持って接してくれた伯父は、私が2002年に白血病に倒れた時に、骨髄移植のドナーを快く引き受けてくれた命の恩人である。白血球の型が2人の兄弟とも一致しなかった私の家族は、最後の望みをかえて親戚中の型を調べ、その中から「大いに可能性あり」と主治医が言った伯父との適合性が、もっとも高かったのだった。この時すでに還暦を過ぎていたから、ドナーとしての資格がなくなるギリギリのタイミングだった。翌日には骨髄液の採取のために上京し、即入院してくれた。暑い真夏のちょうど今頃だった。もしかしたら親戚中で、私との親和性を科学的な証拠とともに示されたことを、何か運命のことにように感じていたのかも知れない。

享年89歳の往生である。ドナーの伯父より先に死ぬわけにはいかない、とこれまで自分に言い聞かせて闘病を続けてきた私は、なぜか少しほっとした気がした。そして伯父の細胞は、私の中でまだ生き続けているとも。それは丁度、今日聞いたブルックナーの悠久の音楽のように、自然でよどみなく、引いては押し寄せる大波のように、そして長い道のりの末に頂点を築く時には、打ち震えるような感動が全身を覆うように、私の体中の細胞を振動させた。

これ以上ないゆったりしたテンポだった。ワーグナーへの鎮魂歌が、私の伯父へのそれに重なった。このコンサートは生涯忘れることのないものになるだろう。そしてそれは個人的にそう思ったのみならず、会場にいた聴衆にとっても、唯一無二のような時間だったのではないだろうか?

この曲は第1楽章、第2楽章があまりに充実しているので、後半の音楽が陳腐に思えることがなくはない。だがよく考えてみると、何となく吹っ切れて追悼の身持ちが昇華され、天国に上るような嬉しさと感じることもできようではないか?上岡の指揮も、第3楽章の後半になると、まるでダンスを踊るように指揮台の上を動きまわり、タクトがきめ細かく各楽器にキューを出す。第4楽章に至っては、これはもう衆生の音楽だろう。還俗して非日常の世界を脱し、気持ちが中和されて現生に戻るように、尻切れトンボのように終わった演奏は、指揮者が動かない間、誰一人音を立てる者がいなかった。聴衆との我慢比べが始まった。やがて誰かが辛抱しきれなくなり、静かに拍手を始めると、それにつられて怒涛のようなブラボーと喝采、それに口笛までもが吹き荒れた。

何度もカーテンコールに応える指揮者は、各楽器のセクションを回ってパートごとに奏者を立たせ、熱狂の聴衆にアピールした。今日の新日本フィルはとても上手かった。こんな演奏が日本でも聞けるのかと思った。プログラム冊子には65分と書かれていた演奏時間は、90分にも及んでいた。短期間でこのような演奏ができるのではない。上岡はこれまでもたびたび音楽監督として新日本フィルで演奏を行い、ブルックナーの交響曲を録音している。有名指揮者コンクールの受賞経歴があるわけではないが、着実にドイツで実績を積み、個性的で真摯な演奏をする上岡の演奏会は、東京でも毎年何度か開かれており、私も目が離せない。だが、今回の演奏会ほど特別なものはなかった。猛暑の中を駅まで歩く。またこれから始まる日常。どこか遠いところから帰ってきたような感覚だった。

葬儀の翌日に訪れた正伝寺(京都)

2025年7月29日火曜日

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団演奏会(2025年7月27日ミューザ川崎シンフォニーホール、高関健指揮)

決して気を衒った演奏ではない。ただしっかりと楽譜に忠実に、そして誠心誠意音楽を正攻法でまとめた演奏ながら、これほど共感に満ち、聞くものを幸福にする演奏にはそう出会えるものではない、と感じたコンサートだった。特にプログラム前半、小山実稚恵を独奏に迎えたベートーヴェンの「皇帝」は、私の涙腺をしばしば刺激し、この聞きなれた曲がこうも素直に、立派に表現されていることを心の底から喜んだ。

ミューザ川崎シンフォニーホール、で毎年夏に開催される「フェスタ・サマーミューザ」は今年でもう21年になるそうだ。2005年にこの催しが始まった時、私は闘病中で、その存在すら知らなかった。2018年に初めて出かけ、以後何度か行ったことがある。梅雨明け直後の猛暑の首都圏で、国内オーケストラを中心としたプログラムが連日続くというものだ。川崎駅前の雑踏に気が滅入り、いつもちょっと足を遠ざけてしまうのだが、今年はオープニング・コンサートに「言葉のない指環」(ワーグナー/マゼール編)があって、これに行ってみようと思っていた。

しかし考えることはみな同じようだった。このプログラムは早々に売り切れてしまった。仕方がないから他に面白そうなのはないかと探していくと、私の予定が空いている日に開催されるものとしては、7月27日(日)東京シティ・フィルの演奏会が目に留まった。プログラムは前半がベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」(独奏:小山実稚恵)、後半がマーラーの交響曲第1番「巨人」という名曲プログラム。私は小山実稚恵も指揮者の高関健も聞くのが初めてだから、丁度いいと思った。このお二人は、長年東京で毎年限りない数のコンサートを開いているが、どういうわけか私はまだ未経験ということが決定打となり、2階席(といってもオーケストラ後方)を買い求めた。

そして後から知ったことには、この演奏会も満員御礼、すなわち早々にチケット完売となったのだ。首都圏在住のクラシック音楽ファンは、やはりこのような名曲プログラムが好きである。そして私も夏の音楽祭では、こういうのがまあいいか、と思った。「皇帝」と「巨人」、どちらも大好きな曲である。それにも増してこのような企画が20年以上も続き、しかも盛況なのは嬉しいことである。そこには聴衆を裏切ってこなかった歴史があるのだろう、と思った。毎回オーケストラを変えて、様々な指揮者が様々な曲を披露する。その中には学生のオーケストラもある。料金はリーズナブル。

ミューザ川崎シンフォニーホールというところは、音響自体は悪くないのだが、構造が少し変わっていて螺旋状に縦長の形状をしている。どの席からもちょっと視界が悪い。私の座った2階席からも、各楽団員を真横か後から眺める位置だが、その3割程度はそもそも見えない。もっとも指揮者とピアニストは丸でテレビカメラのように良く見える位置なので、悪くはない。落ち着いた衣装で登場した小山とは別の通路から高関が指揮台へ。熟年の演奏会といった雰囲気で、客層も年齢層がかなり高め。

「皇帝」の冒頭の和音が丁寧に鳴り響いた時、私は「そうだ、この音だ」と思った。ベートーヴェンがロマン派の香りを高めつつ、ピアノという楽器の魅力を最大限に引きだそうとした大コンチェルト。それをたっぷりと、味わう。伴奏パートを担うオーケストラの指揮がピタリとポーズを取る間際に、ピアノが阿吽の呼吸でフォルテを連打する。大規模なソナタ形式もわかりやすいこの曲は、味わいのあるカデンツァ的部分(ベートーヴェンはこの曲に「カデンツァ」は不要と記し、それに合わせるかのように自らが作曲した独奏部分を挿入した)で最高潮に達する。それにしてもシティ・フィルからは紛れもないベートーヴェンの絹のような音色が出てくるのが嬉しい。

その様子は第2楽章にも弾きつがれ、うっとりと耳を傾けているうちに第3楽章へ。静謐な中から徐々に主題を醸し出す第3楽章の入口の絶妙な指揮と独奏が、このような角度から明確にわかる演奏に興奮した。以降、変奏を繰り返しながら悠然と進む「傑作の森」の例えようもない幸福感を、私はこの曲を聞くたびに味わう。演奏がというよりは、これはもう曲の魅力が勝っている。ただその魅力を損なわずに演奏してくれればいい、と思う。今日の演奏は、たとえ少しのミスがあろうとも、それはそれで実演の妙味でさえあるのであって、ライブの醍醐味は決して完璧な演奏であることではない。そういう風にして、長い前半の演目が、大盛況のうちに終わった。期待していたアンコールは、何とショパンの「夜想曲」第2番だった。この有名な曲を私は第1人者の名演で触れる時、そこにはショパン弾き(彼女はショパンコンクールの入賞者でもある)ならではの確たる息遣いと音色が感じられた。好感を持って、私は小山の初めての演奏会を心から楽しんだ。

20分の休憩を経てオーケストラがスケール・アップされ、マーラーの「巨人」が始まった。この演奏は後半になるにつれて良くなっていった。あまりに何度も聞いている局なので、どうしてもその比較になってしまう。例えば第1楽章の主題が出るところはもう少し印象的にならないか、第2楽章のリズムはもう少し跳ねないか、第3楽章の中間部は別世界に焦がれるように...と。しかしこの演奏が、少々違和感を覚えた原因は、もしかすると利用されたスコアによるものかも知れない。プログラムによれば本公園では「ラインホルト・クービックによる2019年校訂版」が日本で初めて使用される、とのことである。スコア研究の第1人者たる高関のこだわりを感じるが、ではそれがどういう違いがあるのかと追えば、それはよくわからない。

冒頭のバンダなどでしょっと聞き苦しいミスもあったシティ・フィルだったが、オーボエやホルン(終楽章では起立した)の熱演もあり、最後は大団円となった。若い団員が多い同オーケストラを聞くのは、私が東京で音楽を聞き始めてから30年以上がたつにもかかわらず2回目である。魅力的なプログラムが安価に聞けるなら、もう少し足を運んでもいいと思った。

2025年6月25日水曜日

ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団演奏会(2025年6月23日ミューザ川崎シンフォニーホール、ラハフ・シャニ指揮)

唖然とするほど見事な演奏だった。ブルース・リウの長い掌が左右に上下に躍動し、しばしばそれを追うのができないほどだった。テレビで見ているのと同じように、鍵盤上を動き回る両手の高速運動が、目の処理速度を上回るのではないか、という状態だった。ピアニストはもとより、指揮者も楽譜を見ていない(最初から用意されていない)。そしてピアニストは指揮者をも見ていない。そこには練習時の申し合わせと阿吽の呼吸だけが存在していた。彼はそれでもこの難曲(プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番)を、一気呵成に弾ききった。

私は終始どこをみていればいいのかわからなかった。テルアビブ生まれの指揮者ラハフ・シャニは、まだ30代中盤の、一般的な指揮者人生でいえばかなり若手の方だが、すでにどのフレーズをどう演奏すれば効果的かを心得ている。そこから自信を持って、絶妙なバランスで、テンポを変え、音色を調整し、精緻でメリハリのある表現が出てくる。まるでスポーツのように若い息遣いが、最初の曲、ワーヘナールの珍しい序曲「シラノ・ド・ベルジュラック」の冒頭から示され、ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団のモダンで洗練された響きに耳を洗われた。

オランダという国は、コンセルトヘボウ管弦楽団のような世界一流のオーケストラが存在する音楽の盛んな国でありながら、有名な作曲家というのが思いつかない国である。私もワーヘナールという人の作品を聞くのは、これが初めて。解説によればこの曲は、1905年に作曲されているからロマン派の後期。たしかにワーグナーの初期作品のようでもあり、シュトラウスの影響もあるのでは思わせる豊穣な音楽である。ロスタンの小説が丁度発表された頃であるから、その管弦楽曲を思いついたのだろう。結構長い作品だった。

中央にピアノが配置され、オーケストラが再び登場する。2番目の曲であるプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番が、今日の目当てである。独奏のブルース・リウは中国系カナダ人。パリで生まれモントリオールで育ったらしい。何と言っても前回、2021年のショパン国際ピアノ・コンクールの覇者として知られる。我が国では2位に入賞した反田恭平に人気が集まっているが、コンクールで見せた「息を飲むような美しさ」(解説書)は記憶に新しい。今年もこのコンクールが行われるが、私はここへ来て、先日のアヴデーエワに続くショパン・コンクール優勝者の演奏に接することが続いている(本命はチョ・ソンジンなのだが、彼は人気があり過ぎてチケットを取るのが難しい)。

さてそのショパン弾きのリウがプロコフィエフをやる。舞台に設置されたのは、YAMAHAやスタインウェイのピアノではなく、FAZIORIであった。このメーカーは比較的新しいイタリアのピアノで、彼はこのピアノでショパンを制しているから、今回そのピアノを持ち込んだのだろうか?その音色が冒頭から聞こえてきたとき、いつもとは少し異なるように思えた。柔らかく、少し音が小さいと思った。そしてこれはショパンには相応しいのだろう、とも。しかし今日はプロコフィエフである。始まってすぐに激しいリズムが次々と顔を出し、見ていて飽きない。

それにしても物凄い集中力で、一気に聞かせるのはピアノだけではない。シャニと言う指揮者は、彼自身もピアニストであり、そして指揮者としてもオーケストラから常に前向きな表情を引き出すことに長けているように見える。あっとする間に終わってしまった第1楽章に続き、長い第2楽章の、次々と展開する変奏の面白さは見事なもので、ちょっとピアノの音がオーケストラに消されているかと思うこともなくはなかったが、これはこれで興奮の中に会場が包まれてゆく。

第3楽章に入ってコーダへ向かって一気に突進するあたりは、もうどこを見てよいのかわからないほどだった。私の席は2階席最前列少し左手というベストな場所で、丸でテレビカメラが設置されるような角度で、手の動きがわかる。このミューザ川崎シンフォニーホールというところは1階席が小さく、2階席が舞台とても近いので、そのアドバンテージを私は最大限楽しむことになったと言える。

月曜日のコンサートというのも、最近は珍しい。私はここのところ、来日するオーケストラというのをほとんど聞かなくなっている。我が国の演奏団体の水準が、海外に引けを取らない水準に達しているので、わざわざ高いチケット代を払う必要はないとさえ感じているからである。しかし、ごくたまに(数年に1回くらい)は、まだ聞いたことのないオーケストラが魅力的な指揮者とともに来日し、その演目が魅力的に思えた時にだけ、私はチケットを買うことにしている。今回のロッテルダム・フィルがまさにそうであった。私のスケジュールも空いており、そしてソリスト、指揮者とも申し分ない。そして何と、1週間前にもかかわらずそのチケットは大量に売れ残っており、直前だということで割引までされているではないか!

これは私にとって偶然の贈り物だった。前半のアンコールではピアノに譜面台が設置され、その前に椅子が2席設けられるという事態が発生した。ブルース・リウと指揮者のシャニが並んで座り、何とブラームスのハンガー舞曲第5番を連弾したのである。これは余興というにはあまりに贅沢なもので、ピタリと合った息遣いから共感の妙を発する至高の時間だった。前半のプログラムの興奮を冷ましたく、久しぶりにワインなどを飲んだが、これは水のようにあっさりとドライだった。

最後のプログラム、ブラームスの交響曲第4番は、私が期待していた通り大いに好感の持てるものだった。まず音色が重くない。ブラームスというと重厚なドイツの響きを期待する向きが多いが、私はむしろこのようなスッキリ系が好みである。これはおそらく古楽器的奏法が影響しているのではないかと思う。聞いた席が素晴らしかったからかも知れないが、オーケストラの各楽器とそのバランスの妙が手に取るように感じられる。イスラエルの若い指揮者となると、どことなく強権的な自信家を想像するが、シャニはそういうところがなく、むしろオーケストラの自主性を尊重しその実力を引き出すことに成功しているように見えた。少し不安定だったのは第1楽章だけで、尻上がりに調和が進み、第2楽章がこれほど共感を持って聞こえたことはなく(私の少ない実演での経験上に過ぎないのだが)、第3楽章でそれは頂点に達した。

第4楽章に入ると、中間部の個性的な木管のソロも言うまでもなく圧巻のコーダまでの間は、フレッシュなブラームスを堪能する10分間だった。この曲を実演で聞くのは、これまでそれほど多くはなかったが、間違いなく私の経験上ベストであったと言えるだろう。このような熱演のとに、2曲ものアンコールが演奏されたのは、来日オーケストラならではの特典だった。いずれもメンデルスゾーンの珠玉のピアノ曲集「無言歌集」を指揮者自らが管弦楽曲にアレンジしたものと思われる。「ヴェネツィアの舟歌」そして「紡ぎ歌」。オーケストラは拍手に応えて何度も会場に振り向き、鳴りやまない拍手に応えて指揮者は何度も舞台に現れた。

川崎には安くて美味しい居酒屋が多い。まだ月曜日だというのに多くに店が遅くまで開いている。私もそのうちの1件に入り、ビールと焼鳥ををつまんだ。こういうことが手軽にできるのが、日本のコンサートのいいところである。梅雨空が続く鬱陶しい東京で、長い夏が始まろうとしている。

2025年6月9日月曜日

第2039回NHK交響楽団定期公演(2025年6月8日NHKホール、フアンホ・メナ指揮)

背筋がゾクゾクとする演奏だった。2010年の第16回ショパン国際ピアノコンクールの覇者、ユリアンナ・アヴデーエワがラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」の有名な第18変奏を弾き始めた時、それはさりげなく、さらりと、しかしスーパーなテクニックを持ってこのメロディーが流れてきたからだ。丸でショパンのようだ、と思った。こんなに流麗に、モダンに、そして確信に満ちた演奏に出会えたのが嬉しくてたまらなかった。

この日のコンサートの指揮者は、当初予定されていたウラディーミル・フェドセーエフから、バスク人のフアンホ・メナに変更されていた。フェドセーエフだったらこんなに職人的に、そして献身的なサポートだったかどうかはわからない。しかしメナという指揮者は、最初のプログラムであるリムスキー=コルサコフの歌劇「5月の夜」序曲の時から、細かい表情まで丁寧に音楽づくりをする人だと感心した。

3階席最前列ながら私の席は端から5つ目で、オーケストラからそれなりに近いのだが、ピアノの細かい表情までは感じ取ることができない。音はストレートに響いてはくるが、会場が大きすぎて発散してしまう。それでもアヴデーエワの鮮やかな技巧と、そこから放出されるエネルギーに圧倒されながら、次々と進む変奏が面白くてたまらない。この曲を聞くのは何度目かだが、間違いなく今回の演奏は圧巻だった。

大喝采の聴衆に応えたアンコールは、同じラフマニノフの「6つの楽興の時」作品16 から第4番「プレスト」ホ短調という作品だった。これも大変な難曲だと思ったが、さらりとやってしまうテクニックに唖然とするうち、終わってしまった。今年は5年毎に開かれるショパンコンクールの年である。来シーズンのN響では12月のC定期で、その優勝者との共演が予定されている(もっとも第1位がいなかったらどうなるのだろう?)。

今日のコンサートは当日券の発売がなかったことを考えると、チケットが売り切れだったのかも知れない。それはフェドセーエフが「悲愴」を指揮する予定だったからであろう。フェドセーエフの「悲愴」と言えば、80年代の頃、日本のメーカーによってモスクワでデジタル録音されたLPレコードが売り出された時、私もその演奏に接したひとりである。彼は丁度売り出し中の頃であった。その演奏は、当時の定番とされていたカラヤンなどに少々辟易しかけていた頃、錚々たる同曲のレコードの中に堂々とランクインするもので、新鮮さと録音の良さが印象に残るものだった。

あれから40年ほどがたち、フェドセーエフも90歳を超えた。それで現役を続けていることも驚きなので、今回の来日が本当に実現するか、実際のところ不安だった。だがその不安は的中した。意外だったのはB定期にも登場するメナが代役となったことだ。このことで、来場しなかった客も一定数いたのではないかと思われる。プログラムを変更せず、ロシア物で固めるという今回の演奏が、果たして良いものかどうか。だがそれは杞憂だった。

私は初めて聞くメナという指揮者は何歳なのか、プログラムに記載はないので詳しいことはわからない。だが彼の演奏するチャイコフスキーの「悲愴」は、冒頭の重々しいファゴットのメロディーから印象的な音色の連続で、そうか、「悲愴」とはこういう曲だったのか、と改めて感じる結果となった。毎年数多くの演奏会で取り上げられ(とりわけ梅雨のシーズンにはなぜか多いような気がする)、少し食傷気味な「悲愴交響曲」を、私は過去に6回聞いている(その中で思い出に残っているのは2回だけ=ノイマン指揮チェコ・フィルと小澤征爾指揮ボストン響だけれども)。

とりわけ第4楽章の見事さについては、特筆すべきだったと言える。この楽章にこそ重心が置かれ、クライマックスにおける絶望と、ついには諦観へと至る心象的な移り変わりを、これほど見事に感じたことはない。最後の消え入るようなコントラバスの一音までもが、広いホールでも手に取るように感じられた。この作品はまぎれもなくチャイコフスキーのひとつの到達点を示す作品だと思った。

会場はすぐに大きな歓声と拍手に包まれ、オーケストラが去っても拍手が鳴りやまない光景となった。N響の定期も今シーズンはあと2回のみ。来週はメナがブルックナーの交響曲第6番を指揮する。私はチェリビダッケの指揮するこの曲のビデオを見て、ブルックナーの音楽に目覚めた記憶がある。メナはそのチェリビダッケの弟子だから、この演奏を逃すのは惜しい。だがサントリー・ホールのチケットはただでさえ入手困難であり、しかも私は東京を離れることになっているから、この演奏を聞くことができない。後日テレビで見るしかないが、何かいいコンサートになるような予感がする。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...