2021年7月28日水曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品77(第81番ト長調、第82番ヘ長調)、作品103(第83番ニ短調)(アマデウス四重奏団)

一連のハイドンによる弦楽四重奏曲の最後を飾る「ロブコヴィッツ四重奏曲」(作品77)は、1799年に作曲された。この頃のウィーンにはすでにベートーヴェンがいて、ピアノの名手として名を馳せていた頃である。ベートーヴェンが記念すべき交響曲第1番を初演するのは1800年である。そのベートーヴェンはまた弦楽四重奏曲を数多く作曲しているが、その最初の作品18は、ハイドンの作品と同様にロブコヴィッツ侯爵へ献呈されている。このことは興味深いことである。ハイドンの最晩年の弦楽四重奏曲とベートーヴェンの最初の弦楽四重奏曲は、いずれも同じロブコヴィッツ侯爵の依頼によって作曲された。ハイドンは70代にさしかかろうとしていたのに対し、ベートーヴェンはまだ20代の若者だった。

ハイドンの生涯はモーツァルトを包含し、ベートーヴェンに重なっている。交響曲と弦楽四重奏曲という分野において、この事実は3人の作品が互いに影響を与え合うことになった。弦楽四重奏曲のスタイルを確立したのは紛れもなくハイドンであるが、ハイドンはまたモーツァルトによりプレゼントされた「ハイドン・セット」から影響を受けた。交響曲の分野ではハイドンがモーツァルトやベートーヴェンに与えた影響は計り知れない。モーツァルトによる輝かしい弦楽四重奏曲については、また別の機会に触れなければならいし、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、ハイドンの古典的スタイルから次第に脱皮し、交響曲同様、新しい極致を開拓している。これについても数多くのことが書かれているし、私も取り上げないわけにはいかないだろう。

だがここで私が聞いているのは、ハイドンが最晩年に作曲した2つの弦楽四重奏曲で、ハイドンによる弦楽四重奏曲はこれ以降は、未完に終わった作品103だけである。ハイドンがロブコヴィッツ侯爵に献呈した最晩年の2つの作品を聞いて感じることは、これらの作品が実に落ち着いているにもかかわらず、軽やかであることである。自然に音楽が体に入って来る感覚。一般に晩年の作品ほど自然体に近い感覚にとらわれる作品を残す作曲家は多いが、常に襟を正しているような格式のあるハイドンの作品で、このような感覚を持つのは異例である。交響曲の最後の作品を聞いてもそのようには感じないし、この「ロブコヴィッツ四重奏曲」と同時期に作曲されたオラトリオ「天地創造」などは渾身の力のこもった作品である。またその後に作曲されたオラトリオ「四季」はハイドン最高峰の作品だと思っているが、ところどころに音楽が自然に身に沁みとおる感覚はあるにせよ、何せ規模が大きく、そして凝っている。

それに対し、弦楽四重奏曲作品77の2曲はどこをどう聞いても、ここにはもう他にどのような曲になるかも考えられないような必然的な音楽が、恐るべきことに何の余分な力も入らない形で、しかもハイドンらしい節度をわきまえた感覚で私の前に存在している。もうこれ以上どこに向かうこともできないような、それでいて行き詰まり感などのない世界。信じられないことに、音楽の完成度という点においてこれ以上のものはないのではないだろうか?そしてそれはモーツァルトのような天才性というのとも少し違う。同様に無欠の完全性を持つ作品であったとしても、ハイドンのそれは、長い試行錯誤の末に築き上げられた努力の結晶ともいうべきものだからである。だから私はハイドンの作品に、モーツァルトにも増して親近感を覚える。そしてまたベートーヴェンがこの先を発展させざるを得なくなる苦悩に対しても。

弦楽四重奏曲第81番ト長調(作品77-1)は、スタッカートのような跳ねるようなリズムで始まるのが印象的である。丸で鞠で遊ぶようなおどけたようなメロディーは、第1楽章を通して聞かれる。一聞、イージーに書かれたような印象を与えるが、決してそうではないと思わせるようなものを持っている。

第2楽章が秀逸で、無駄なく、しかもしっかりと音楽がそこに存在している。そして重要なことは、ハイドンの音楽が決してスピリチュアルではない点である。むしろそれとは対極的に音楽としての存在を主張する。第3楽章の速いメヌエットの中間部では、スケルツォのような激情も登場するが、それもしかしベートーヴェンのように破綻するものではなく、きっちりと中庸の器の中に間隙なく収まっている。第4楽章に至っても無理なく自由である。

一方弦楽四重奏曲第82番は、結果的に完成されたハイドンの弦楽四重奏曲の中で、最後になった作品である。その感想を一言で言えば、第81番同様に無理のない中にも高度な完成度を感じることに加え、さらに深みを覚える作品である。また第2楽章は前作のアダージョとは異なり、メヌエットが置かれている。そのリズムの処理は諧謔的。第3楽章の長いアンダンテが尻切れトンボのように終わると、終楽章のソナタが始まる。

ハイドンはロブコヴィッツ四重奏曲を当初6曲から成る作品として作曲を開始した。しかし完成を見たのは2曲のみである。ハイドンの意欲は、むしろこの時期にはオラトリオ「四季」に費やされた。その作品から3年が経過し、ハイドンは作品103(第83番)として知られる次の弦楽四重奏曲の作曲に取り掛かった。しかしわずか2つの楽章のみを作曲しただけで未完成のままとなった。現在聞くことのできるのは、第2楽章と第3楽章のみということになっている。私もこの機会にこの作品に接して見たのだが、先入観のせいかそれ以外の作品のような優雅さにいささか欠けるような気がする。ハイドン自身、この作品には満足できるものではなかったようだ。だが、それは歳のせいであるとわかっていたハイドンは、そのことを素直に告白して、この作品を未完成のまま出版した。そういうところがハイドンらしいと思う。彼は自分の作品が一定の完成度を持たないといけないと考えた。音楽は常に明るく、楽しいものなくてはならない。そして彼は、出版された楽譜に、そのことをわざわざ告白している。

すでに老いたしまったハイドンは、これ以上の作品を生み出すだけの力を発揮することはなかった。これに代わって6曲から成る弦楽四重奏曲をロブコヴィッツ侯爵に献呈したのは、ベートーヴェンだった。息子よりも若い世代の活躍にハイドンはどう感じていたのだろうか。しかしモーツァルトであれベートーヴェンであれ、彼らの才能をいち早く認めていたのは、ほかならぬハイドンだった。古く懐かしいが、いまなお評価の高いアマデウス四重奏団のセットを聞きながら、コロナ禍が続く2021年の暑い夏を静かに過ごしている。

2021年6月29日火曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品76(第75番ト長調、第76番ニ短調「五度」、第77番ハ長調「皇帝」、第78番変ロ長調「日の出」、第79番ニ長調、第80番変ホ長調)(タカーチ四重奏団)

室内楽曲と交響曲という2つの形式は、ハイドン自身によって確立されたと言っていい。このうち交響曲は、エステルハージ公を始めとする貴族に仕える職業として専有の楽団を指揮して演奏される比較的大きな規模の作品へと発展し、それはハイドンのまさに正職であった。様々な試みのもと、次第に様式を変遷させ、最終的には古典派の交響曲というジャンルを確立したハイドンは、ロンドンへの演奏旅行で不動の名声を確立する。その過程は華々しく、大器晩成型の作曲家の典型である。

一方、当初はディヴェルティメントと呼ばれていた小規模な楽曲は、せいぜい数人の奏者を必要とするだけであり、その用途も非常に限られた個人的なものだったと思われる。このような曲は、正式な依頼によって要請され、大規模な演奏会で披露されて出版されるものではなかった。ハイドン自身もこのような分野の曲を、個人的な依頼によって作曲した。当初はピアノを加えた三重奏曲が中心だったが、次第に弦楽四重奏曲が、これに変わった。そして面白いことに、2つのヴァイオリン、ヴィオラ、それにチェロからなる弦楽四重奏は、とりもなおさず交響曲のミニチュアのような様相を呈し、いわば交響曲のエッセンスを形作っていると言ってもいい。

ここで私は学者でも音楽家でもないから、弦楽四重奏曲の何たるかについて、縷々語る資格を持たない。従って今回聞くハイドンの有名作品も、まあこれらの曲は一度は触れておかなくてはならない、という程度の義務感と、それに何といっても「ドイツ国歌」として使われるほどに有名な「皇帝」他の曲も聞いてみたい、などといった程度の動機であることを始めに記しておこうと思う。

ホーボーケン番号において77番とされる弦楽四重奏曲作品76の3番は「皇帝」のニックネームで知られるハイドンの、最も有名な弦楽四重奏曲である。なぜならこの曲の第2楽章こそが「ドイツ国歌」だからである。この曲を含め、有名な標題付きの作品「五度」「日の出」はいずれも作品76番として出版された6つの作品(エルデーディ四重奏曲)の一部である。

私はドイツ国歌がオーストリア人によるものだったことに最初は驚いていた。「皇帝」はもともとオーストリアの皇帝、フランツ・ヨーゼフ2世の誕生を祝うために作曲されたものである。そこに歌詞を付け、ドイツ賛歌としての性格を与え、次第にドイツ国歌として成立していく経緯は、ドイツ大使館のホームページなどに詳しく書かれているが、それによれば、ヒトラーの時代と東西に分断された冷戦時代を乗り越え、統一ドイツの国歌として承認されたのはようやく1991年になってからということになっている。

「ハイドンの弦楽四重奏曲は第2楽章が印象に残る」という私の個人的な発見の例にもれず、「皇帝」の第2楽章、すなわち「ドイツ国歌」はとても荘重で格調高い印象を残すカンタービレだが、この曲は第1楽章も印象深い。飾ることなく堂々と正面から対峙している印象は、ハ長調という性格によるものだからだろうか。

しかしハイドンはこの曲を、オーストリアの国歌として作曲した。イギリス滞在中に英国人が自国の国歌を歌うのを耳にしたことから、祖国にも国歌が必要だと感じたからのようだ。そしてめでたくこの曲はオーストリア帝国の国歌となる。しかし現在はこのメロディーがドイツ連邦に引き継がれ(ドイツ人の歌)、オーストリア共和国の国歌はモーツァルトの作品に歌詞を付けたもの(山岳の国、大河の国)となっている。 

第76番「五度」は、第1楽章冒頭の動機が5度の下降を見せ、この主題が曲全体に展開されているからだ。音楽に素人の私は、中学生程度の音楽的知識しか持ち合わせていないため、「5度」を数えることくらいはできるが、それがどういう意味を曲に与えるかについて何かを語ることができない。むしろこの曲の冒頭を聞いて印象的なのは、この曲がめずらしく短調で書かれていることだ。そしてこのメロディーは悲劇的である。ハイドン版「走る悲しみ」といった感さえ漂う。

第2楽章のピチカートを伴うシンコペーションのリズムも何か憂鬱な響きだが、丁度今の梅雨の時期に聞いているからだろうか。第3楽章のメヌエットを聞いているとモーツァルトのト短調交響曲を思い出す(ただし作曲はモーツァルトの方が先である)。そして終楽章も激しくリズムがほとばしり出る。5度という下降モチーフが全体に展開されることによって激情的でシビアな印象を残す。短調だが印象的でまとまりあよく、何度も聞きたくなる曲だと感じた。

第63番「日の出」は一転して伸びやかで明るく、優美な曲である。このようなフレッシュなイメージから「日の出」というあだ名が付けられているが、確かにメロディアスで長音が多い印象を残す。これは細かく音符を刻む「五度」とは対照的である。太陽が東の空に昇ってゆく日の出がそうであるように、これは次第にメロディーが隣の音へと移ってゆく。つまり1度か2度の変化。ハイドンは同じ作品番号の中に、性格の正反対な曲を敢えて揃えた。

梅雨空の続く毎日に美しい日の出は期待できない。今日も台風が近づいているせいか、朝から雨が降り出しそうな陽気である。それでも朝5時半に起きて、バルコニーで熱い紅茶をすすりながらハイドンを聞いている。心が落ち着く時間である。

だがハイドンの多くの作品がそうであるように、安易に付けられたニックネームに騙されてはいけない。第2楽章アダージョの深く沈むような音楽は、まるで深夜の散歩道のような静けさである。またこれに続く第3楽章は、一転して明るいメヌエットだが聞いていてさほど面白くはない。第4楽章では新しい音楽への営みが感じられるのが新鮮ではある。そしてコーダは滅法速い。

作品76番の他の3曲は、いずれもニックネームを持たない曲であるがゆえにか、あまり聞く機会がないのが実情である(ただし第79番は「ラルゴ」と呼ばれる時がある)。タカーチ四重奏団によって録音された目を見張るような名演奏のCD2枚組には、この他の3曲も録音されている。そして標題の付いていない曲こそ、リスナーが余計な先入観を排して自由に聞くことのできる作品でもある。

第1番目の作品である第75番ト長調は、名曲ぞろいの全6曲の最初にあって。これから楽しい弦楽四重奏曲の旅に出るのに相応しい明るい雰囲気を持っている。もっそもソナタ形式の第1楽章が終わると、長いアダージョの第2楽章が始まる。ハイドンは緩徐楽章を(交響曲でもそうであったように)しばしば第3楽章に配置したが、(やはり交響曲でそうだったように)様式を確立してきた後期には第2楽章に固定し、第3楽章のメヌエットが次第にスケルツォの様相を帯びてくる。

この第75番もその例にもれず、第3楽章はスタッカートを多用したスケルツォである。ただし優雅なトリオが中間部に配置され、ピチカートが印象的。一方、静かに始まる第4楽章は悲劇的なト短調の性格を表しているのが印象的である。この1曲だけで当時の弦楽四重奏曲の最先端を見る思いがする。そしてこれは続く「五度」(ニ短調)の前奏曲のようでもある。

表題の付いた名曲を3つ経ての第79番ニ長調は、前作「日の出」同様に伸びやかな曲で始まるが、途中から速い部分もいきなり出現するあたり、交響曲にはない自由さが感じられるのが面白い。ソナタ形式によらず主題を様々に変奏していく様が面白い。その第2楽章は長大なラルゴである。伸びやかでありながら荘重な雰囲気は、卒業式に似合うのではないか、とメモしたことがあった。そしてメヌエットとはいえもはやスケルツォというのが相応しい前衛的な第3楽章を経て演奏される滅法速い終楽章の楽しさと言ったら!

ハイドンの弦楽四重奏曲の集大成とも言うべき「エルデーディ四重奏」の最後の作品である第80番は、非常に自由な作品である。第2楽章は、前作と同様のゆったりとしたメロディーで始まるが、「ファンタジア」と記されている。そして第4楽章ともなると、非常に高速ながら自由に羽ばたくような曲想は、弦楽四重奏曲の当時の可能性を試しているようなところがあり、この分野ではもうやりつくしたというハイドンの気持ちが伝わって来るようだ。実際、このあとに作曲されたのは「ロブコヴィッツ四重奏曲」と言われる作品77番の2曲(及び未完とされる第103番)のみであり、もう頃にはモーツァルトは世におらず、ベートーヴェンがハイドンの弟子としてウィーンの音楽界を席巻していた時期となる。

タカーチ四重奏団はハンガリーのリスト音楽院の学生によって結成されたアメリカの四重奏団である。デッカの録音の効果もあって、透明で新鮮な音楽はベートーヴェンのクァルテットに新境地を示した感がある。ハイドンについても同じことが言えると思い、このCD2枚組をかなり昔に購入していたのだが、取り出して聞くのを忘れていた。今回、コダーイ四重奏団の演奏(これも悪くない)の演奏を聞いていたのだが、すっかり忘れていたタカーチの演奏を思い出し、急遽この録音を聞いてみたところ、これがやはり決定的な演奏であるように思えてくるのだった。

録音は1980年代の後半で、いまとなってはかなり古い部類に入るが、古楽器奏法が台頭し始めていた頃にあたり、その影響が室内楽曲にも当然及ぶ。そこでキラ星の如く登場したのがこの四重奏団だった。私などは室内楽の面白さを初めて認識したようなところがある。だが当時としてはあまりに前衛的だったということだろうか、タカーチ四重奏団によるハイドンは、この2枚組しか見当たらない。

その演奏は若々しく生命力に溢れ、あらゆる部分にまで注意と表現が行き届き、四重奏の分野でもハイドンの魅力がまだ蘇生可能であることを証明している。思わず襟を正したくなるような演奏は、日曜日の朝に聞くのに相応しい。

2021年5月30日日曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品64より第66番ト長調、第63番ニ長調「ひばり」、第64番変ホ長調(コダーイ四重奏団)

うっとうしい雨の日々が続いている。西日本の一部では記録的に早い梅雨入りとなったようだが、東日本各地でもここ数日は大雨が降り、東京でも曇りか雨の日が1週間以上続いている。いわゆる「梅雨の走り」と呼ばれるこの時期は、それでも晴れると乾いた晴天となるため凌ぎやすく、私は一年でもっとも好きな時期ではある。

そんな毎日の、久しぶりに晴れた休日の朝に、久しぶりに何か音楽が聞きたくなって取り出したのが、コダーイ四重奏団の演奏するハイドンのクァルテットだった。最近はCDを聞くことがほとんどなくなったのだが、今日はどういうわけかCDの気分。1000枚以上はある棚から、作曲家の年代順に並べているのでハイドンは2段目のところに置かれている。このCDはナクソスの録音で、ジャケットがシンプルであり見つけやすい。そしてトレイにCDを載せ、再生ボタンを押す。LPからCDに変わって久しいが、やはりディスクを再生機にかけて聞く音楽には味わいがある。

ハイドンは交響曲を108曲も作曲して「交響曲の父」と呼ばれている。私はこの交響曲をすべて聞きとおそうと思い、第1番から順に聞いて来たことがこのブログを書くきっかけとなった。ブログでは初期の作品の一部を割愛したが、それでも8割以上の作品を聞いて何らかのコメントを書いたと思う。古典派様式を確立し、それを交響曲の形で実現していった模索と発展の道のりは、音楽を専門としない一リスナーとしても聞いていたとても楽しいものだった。

ハイドンは弦楽四重奏の分野においても、これと同様の試みを行っている。作曲された弦楽四重奏曲は現在のところ68曲と推定されている。この中には現在のドイツ国歌となっている第77番「皇帝」も含まれる。しかし俗に「弦楽四重奏の父」とも呼ばれているハイドンのこれらの作品を、最初から聞きとおそうとは思わない。だがそうは言ってもある程度体系的、網羅的に書こうと思い、なかなか手を付けられずにいたのだが、最近はもうそんなことに捕らわれず、好きな作品を思い付きで書く方がいいと思うようになった。室内楽や器楽曲は、もともと近親者やサロンといった、いわば少人数の集いの中で作曲された作品が多いことを考えると、これもまた当然の成り行きかも知れない。

そういうわけで、今日は「ひばり」を聞く。このハイドンを代表する作品の何と気品に満ちたメロディーだろうか。ここにはハイドンにしか書けないような伸びやかさを感じる。ベートーヴェンやモーツァルトのような、人生の苦悩やミューズの化身ともいうような天才性を感じるわけではなく、もっと自然で大人の音楽。それでもそこには確固たる信念と独自性が感じられる。ハイドンの職人的でかつ普遍的な創造性は、以降の作曲家に求められない(あるいは求めることが難しくなった)要素とさえ思われる(私が他に、このような成熟し完成された音楽性を感じるのはヴェルディである。あるいはメンデルスゾーンを加えてもいいかも知れないが、彼は若くして亡くなった)。

ハイドンの弦楽四重奏曲は、3曲あるいは6曲まとめて出版された。出版の順に付けられた作品番号だと、今回聞いた作品は「作品64の第3番、第4番、第5番」ということになるのだが、ハイドンの研究家ホーボーケンによって付与された作品番号(いわゆりホーボーケン番号)によれば、これらは第66番、第63番、第64番ということになる。ホーボーケンの作品番号は、しなしながら後年の研究によって偽作とされた作品をも含んでいることが判明し、これらを除外して並びなおされた番号も存在するからややこしい。いずれにせよこの3つの作品を含む作品64の6曲は、1790年に作曲され、「第2トスト四重奏曲」と呼ばれている。

1790年と言えば長年仕えたエステルハージ公が死去し、新たな境地を目指してロンドンに旅立つ直前のことである。この時ハイドンはもう58歳になっていたというから驚きである。今朝の新聞によれば、私が生まれた頃の日本人の平均寿命(男性)が60歳だったというから、58歳と言えば今では80歳くらいの感覚だろうか(もっとも抗生物質のない時代、若くして亡くなる人が多かっただけで、長生きする人は一定数いた)。

作品64の6つの作品のうち、後半の3曲を収録したCDでは、第4番ト長調(Hob.III-66)から始まる。有名な「ひばり」(Hob.III-63)はその次である。そこで初めてこの曲を聞いてみた。第1楽章の行進曲のようなリズムは、何かわくわくするような気持ちになる。続く第2楽章では、梅雨入り前の肌寒い雨の日に実に良く合う。ハイドンの弦楽四重奏曲の魅力は、まず緩徐楽章にあるのではないだろうか。ただそのことがわかるようになるまでには、交響曲を数多く聞くなどそれなりの努力をしてきた結果だと自負している。

第3楽章の3拍子もまた、弦楽四重奏曲の特長をよく表している。陽気な舞曲風のメロディー。第4楽章は再び早い曲に戻って楽しく終わる。そしてこの形式こそ、交響曲そのものである。交響曲の骨格部分だけを取り出して眺めているような気分が、弦楽四重奏曲を聞くときには起こるものだ。

続く第5番「ひばり」の第1楽章の伸びやかなメロディーの印象は決定的である。一度聞いたら忘れられないようなものがある。しかし第2楽章は、楽天的な第1楽章とは打って変わってちょっとメランコリックな感じがする。「ひばり」の明るく楽天的な印象だけでなく、このような陰影の変化があるからこそ名曲なのかも知れないのだが、私の印象はやや退屈。第3、4楽章も平凡。

しかし最後の第6番変ホ長調(Hob.III-64)は一層複雑で聞きごたえがある。特に印象的なのは第2楽章で、ここではシューベルトに通じるようなロマン的とも言える趣きがある。第3楽章のメヌエットには高音のバイオリンが限界まで鳴らすような印象的な中間部が置かれている。一方、第4楽章では複雑なフーガも聞こえてきて、この作品の深みはちょっとした発見であった。

コダーイ四重奏団はハンガリーで結成されたグループだが、NAXOSに録音した一連のハイドンの演奏は、オーソドックスながら極めて充実した響きを持っていて、おそらく代表的な録音の仲間入りをしている。録音が明瞭でハンガリー系の特長をよく表している。

作品64の後半3つの作品では、親しみやすい第4番、気品のあるメロディーが忘れられない第1楽章の第5番、重層的で音楽的に充実した第6番と、多彩である。ハイドンの魅力に久しぶりに触れた一日。この作品を皮切りに、今後もハイドンの弦楽四重奏曲を時折聞いてみたい。

2021年4月29日木曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(14)マリス・ヤンソンス(2006, 2012, 2016)

もう1年以上が経つというのに、一向に終息の兆しが見えない新型コロナ禍の中にあって、あろうことか腰を痛めて半年が経つ。このようなときにこそ、明るい気持ちになりたいと始めた過去の「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」に関する記事も、折り返し地点に達した。カラヤンが歴史的な登壇を果たした1987年から数えても30年以上もあるのだから、これを全部聞くというのは無謀とも言うべきものだ、と最初は思った。

だが、とうとう2006年のコンサートについて書くときが来た。といってもここから先の20年足らずの期間は、実際のところいくつかの年を除き(例えば、2008年のジョルジュ・プレートル)、あまり筆が進まない。毎年のようにわくわくと新年を過ごしていた90年代に比べると、思い出に残るコンサートも減って印象が薄い。これは私だけが持つ感想だろうか。

まあここまで聞いて来たのだから、これから先の2021年までの演奏についても、少しは触れておきたいと思う。実際のところ、ウィンナ・ワルツを主体としたこのコンサートは、万全を期した名門オーケストラと世界的指揮者が、年に1回だけ繰り広げるハレの舞台で、色とりどりの花が所狭しと会場を飾り、それをいくつものシャンデリアが照らす光景は豪華絢爛。知らず知らずのうちに音楽は興に乗って、パフォーマンスや新年の挨拶もあり、誰が演奏してもそれなりに楽しい。思えば2000年代に入り、登場する指揮者にも少しずつ変化が訪れて、より国際的な年中行事となって完成されていった感がある。

そんな中で迎えた2006年のニューイヤーコンサートには、マリス・ヤンソンスが初めて指揮台に立った。ヤンソンスは旧ソビエト連邦、ラトビア共和国の生まれで、レニングラード・フィルの指揮者としてキャリアをスタートさせた。私の場合、オスロ・フィルと録音したショスタコーヴィチやシベリウスの交響曲、それにストラヴィンスキーの名演奏などが思い出に残っている。

ヤンソンスがウィーンに留学していた頃があるとは知らなかったが、ドイツ系の音楽が得意という印象はなく、ましてウィンナ・ワルツのような曲が得意であるという評判も聞いたことはなかった。だから、ニューイヤーコンサートの指揮者に選ばれたことを知った時、正直に言えば意外な感じだった。登場する指揮者のマンネリ化と高齢化が進む中で、ウィーン・フィルとしても新しい指揮者を迎えたかったのだろう。当時の世界的指揮者の中で、誰が相応しいかと慎重に検討した結果、ヤンソンスが無難な選択だったのかも知れない。

そのヤンソンスの2006年のコンサートは、前半にワルツが2曲もあり、「春の声」と「芸術家の生涯」という有名曲が並んでいる。この2曲の演奏では、なかなかいい滑り出しとなっているにもかかわらず、後半のコンサートは、やや失望するものに終わっている。その原因は、パロディを中心としたプログラムの安直さにあるのではないだろうか。

2006年はモーツァルトの生誕250周年にあたり、モーツァルトの音楽が多数演奏された年だった。そこで後半のプログラムの2曲目には、何とモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が演奏されたのである。この演奏は当然悪くはないのだが、ニューイヤーコンサートに登場すると非常に違和感がある。これは1991年のアバドの時を思い起こさせた。

さらにこの曲に続き、ヨーゼフ・ランナーがモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」や「魔笛」のメロディーを取り入れたワルツ「モーツァルティアン」なる曲が演奏された。良く知られたメロディーが次々に登場するこの曲は、ただ1度だけ聞くには面白いが、それ以上でも以下でもないもので、平凡な曲と言えばほめ過ぎの感さえある。まあ記念の年だし仕方がないと思っていると、今度は「芸術家のカドリーユ」なる全編パロディの曲が登場する。

後半に演奏されたもう一つのワルツ「親しい仲」も喜歌劇「こうもり」のワルツで新鮮味に欠け、そしてこの頃から、ヤンソンスの演奏がどこか一本調子でワルツの雰囲気がやや乏しい平凡な演奏になっていくのである。映像で見ていると「電話のポルカ」での携帯パフォーマンスなどを楽しむこともできるが、辛うじて「入り江のワルツ」を除けば、ポルカでさえも表情の変化に乏しく、シュトラウスの音楽の惰性的な部分が露わになってしまい、早い話やや飽きる。全部で23曲にも及ぶこのコンサートで、私は初めて長いと感じたのだった。

このパロディ風の曲が続くプログラムは、次の登場となった6年後の2012年でも顕著である。その極めつけは「カルメンのカドリーユ」で、ワルツ「楽しめ人生を」といくつかのフランス風ポルカを除き、演奏に工夫が見られない。「トリッチ・トラッチ・ポルカ」や「鍛冶屋のポルカ」でウィーン少年合唱団が登場するのは、昔のアバドやメータの演奏を思い出させるが、練習不足なのかどことなく荒っぽい。そして「ペルシャ行進曲」から「うわごと」、「雷鳴と電光」へと続く後半の部分にいたっては、もう音楽が惰性的でさえある。さらに言えば、チャイコフスキーの作品が挿入され、ここにも違和感が否めない。結局、目を引くのはハンス・クリスティアン・ロンビーというデンマークの作曲家による「コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ」くらいだ。有名な曲を並べているにもかかわらず、あまり楽しめない。2006年よりも多い24曲もの作品を並べたこのコンサートも、私にとっては印象の薄いものだった。

おそらくヤンソンスは、2000年代に入って小澤征爾を皮切りに次第に無国籍化、平凡化を余儀なくされるこのコンサートの象徴的な存在となった。そう書くとメータはどうなるのか、といった反論が聞こえてきそうだが、このたび改めて過去の演奏会を聞きなおして感じるのは、アバド、マゼール、メータといった指揮者は、この波を何とか乗り切っている事実である。だが、どう指揮者や時代が変わろうと、このどうしようもない訛り文化を、誇り高く守り抜いているのは、他でもないウィーン・フィルであることは疑う余地がない。

ヤンソンスの最後の登場は、それからさらに4年後の2016年のことであった。3回目の登場を果たしたのは、この間に新しく加わったジョルジュ・プレートル、ダニエル・バレンボイム、そしてフランツ・ウェルザー=メストよりも早かった。そしてこの時のヤンソンスは、最初の登場から10年が経過していた。だがだれも、これが彼の最後のニューイヤーコンサートになるとは思っていなかった。

ニューイヤーコンサート75周年という記念の年にヤンソンスは再登場し、やはり重く平凡な演奏を聞かせてはいるが、この時期の低迷ぶりを考慮すれば、このコンサートは平均以上の聞かせるものとなってはいる。それは珍しくも魅力的な曲を配したプログラムの工夫によるところが大きい。

まずシュトルツの「国連行進曲」なる曲で開始されるが、シュトルツと言えばウィンナ・ワルツ演奏の第1人者であることは前に書いた。そのシュトルツはまた、いくつかの曲を作曲しており、その中の1曲が取り上げられたことになる。この曲はニューイヤーコンサートで演奏された最も新しい曲ではないかと思う。

久しぶりに聞く「宝のワルツ」を経てツィーラーの「ウィーン娘」という曲が始まる。ハープの調べに乗って口笛が聞こえてくるこの曲は大変に美しく、夢見心地のうちに曲が進行する。まさにニューイヤーコンサートに相応しい曲である。ヤンソンスによるニューイヤーコンサートのプログラムは、オペレッタの序曲やギャロップ、それに他国のワルツ作品ありと、その多彩さが魅力である。

その頂点になるのは、フランスのシュトラウスと言われたワルトトイフェルのワルツ「スペイン」であろうか。この曲はシャブリエの同曲をアレンジしている点で、例のパロディ路線を継承している。なぜかヤンソンスが演奏すると、違った曲にさえ聞こえてくる。同様にまるで交響曲のような「天体の音楽」もいいが、ウィーン少年合唱団の歌声が混じるポルカ「歌う喜び」と続く「休暇旅行で」も、聞きなれたこの曲が新鮮に蘇り、楽しいことこの上ない。エドゥアルド・シュトラウスとヨハン・シュトラウス1世の曲がそれぞれ2曲、さらにはヘルメスベルガーの曲まで登場し、「ため息のポルカ」では楽団員の声も混じる2016年のコンサートは、何と2時間にも及ぶ長さだった。

精一杯の仕草とサービス精神で魅せるヤンソンスの指揮は、この3年後の急逝によってもはや聞くことはできなくなってしまった。私はヤンソンスの実演を、異なるオーケストラにより3回聞いているが、不思議なことに思い出の残っているものは少ない。そういうことを考えながら、ニューイヤーコンサートの演奏に耳を傾けていると、その理由が何かわかるような気がした。

 

【収録曲(2006年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「狙いをつけろ!」作品478
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」作品410
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「外交官」作品448
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「ことづて」作品240
5. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「女性賛美」作品315
6. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「芸術家の生活」作品316
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「憂いもなく」作品271
8. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジブシー男爵」より「入場行進曲」
9. モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲
10. ランナー:ワルツ「モーツァルティアン」作品196
11. ヨハン・シュトラウス2世:ギャロップ「愛のメッセージ」
12. ヨハン・シュトラウス2世:「新ピチカート・ポルカ」作品449
13. ヨハン・シュトラウス2世:「芸術家のカドリーユ」作品201
14. ヨハン・シュトラウス2世:「スペイン行進曲」作品433
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「親しい仲」作品367
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「クラプフェンの森で」作品336
17. ヨハン・シュトラウス2世:「狂乱のポルカ」作品260
18. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ「電話」作品165
19. ヨハン・シュトラウス2世:「入り江のワルツ」作品411
20. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「ハンガリー万歳」作品332
21. ヨハン・シュトラウス2世:「山賊のギャロップ」作品378
22. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
23. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2012年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:「祖国行進曲」
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「市庁舎舞踏会」作品438
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「あれか、これか」作品403
4. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
5. ツィーラー:ワルツ「ウィーンの市民」作品419
6. ヨハン・シュトラウス2世:「アルビオン・ポルカ」作品102
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「騎手」作品278
8. ヘルメスベルガー:「悪魔の踊り」
9. ヨーゼフ・シュトラウス:フランス風ポルカ「芸術家の挨拶」作品274
10. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「人生を楽しめ」作品340
11. ヨハン・シュトラウス1世:「シュペール・ギャロップ」作品42
12. ロンビー:「コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ」
13. ヨーゼフ・シュトラウス「鍛冶屋のポルカ」作品269
14. エドゥアルト・シュトラウス:「カルメン・カドリーユ」作品134
15. チャイコフスキー:バレエ「眠りの森の美女」から「パノラマ」
16. チャイコフスキー:バレエ「眠りの森の美女」から「ワルツ」
17. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:「ピツィカート・ポルカ」
18. ヨハン・シュトラウス2世:「ペルシャ行進曲」作品289
19. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「燃える恋」作品129
20. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」作品212
21. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「雷鳴と電光」作品324
22. ヨハン・シュトラウス2世:「チック・タック・ポルカ」作品365
23. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
24. ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲作品228

【収録曲(2016年)】
1. シュトルツ:「国連行進曲」作品1275
2. ヨハン・シュトラウス2世:「宝のワルツ」作品418
3. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「ヴィオレッタ」作品404
4. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「観光列車」作品281
5. ツィーラー:ワルツ「ウィーン娘」作品388
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「速達郵便で」作品259
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ヴェネツィアの一夜」序曲
8. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「羽目をはずして」作品168
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
10. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「歌う喜び」作品328
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「休暇旅行で」作品133
12. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ニネッタ侯爵夫人」より第3幕への間奏曲
13. ワルトトイフェル:ワルツ「スペイン」作品236
14. ヘルメスベルガー:「舞踏会の情景」
15. ヨハン・シュトラウス1世:「ため息のギャロップ」作品9
16. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」作品204
17. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「狩り」作品373
19. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「突進」作品348
20. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
21. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

2021年3月31日水曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(13)常連指揮者の再登場-ムーティ(2004)、マゼール(2005)、メータ(2007)

2001年から2003年にかけて、アーノンクールと小澤によるコンサートは、少々窮屈だったと感じた人は多かったのかも知れない。そのような反省が実際にあったのかどうかは想像の域を出ないのだが、2004年からしばらくは90年代に入れ替わりで登場した指揮者がカムバックする。すなわち、2004年のムーティ、2005年のマゼール、そして2007年のメータである。

2004年のムーティによるニューイヤーコンサートは、ウィーン・フィルがこれほどにまで伸びやかで楽し気に演奏しているのは珍しいくらいに感じられる。それはちょっと演奏を聞けばわかるほどだ。この2004年のコンサートは、ムーティの中でもベストではないかとさえ思えるのだが、ムーティが指向してきた無名の埋もれた曲にスポットライトを当てる傾向が、一層顕著になっている。第1部の冒頭から、良く知られた曲が何も登場しないのだ。このことが、この年のニューイヤーコンサートを目立たなくさせてしまったようだ。

第2部に入ってしばらくすると、ようやく「加速度円舞曲」が登場する。ただ「加速度円舞曲」にしてもさほど有名な方ではない。そうか、こんな曲だったなあ、などと思っていると再び知られざる曲が始まり、ようやく「天体の音楽」で有名曲が来たと思ったらもう終わりなのである。結局、これほどにまで無名曲を並べたのは他にないくらいのプログラムに少々うんざりする。ただ、ムーティはこれらの曲を、丸で有名曲のように指揮している。どういうことかと言えば、良くこなれていてぎこちない箇所がない。どの曲の演奏も、実に堂に入っている。これはウィーン・フィルがいつになく乗っているから、そう感じるのかも知れない。

この2004年のコンサートでは、前半に生誕200周年を迎える父ヨハン・シュトラウス1世と、その同時代に活躍し、言わばライバル関係にあったヨーゼフ・ランナーの曲ばかりが取り上げられている。この二人は、、息子のヨハン2世が活躍する前の時代にあって、いわばウィンナ・ワルツを確立した作曲家である。従ってまだ華やかさに満ちた曲とは言い難い側面があるのだが、そういった面を含め、この時代のワルツの変遷を楽しむことができる。

後半では「ジプシー男爵」と「こうもり」の2つのオペレッタの「カドリーユ」が取り上げられている。オペラ指揮者として名声を確立しているムーティのお得意作品とも言うべきもので、特に前者は珍しい作品ながら飽きない名曲のように感じられる。また後半冒頭の喜歌劇「女王陛下のハンカチーフ」序曲は珍しい曲だが、しばらくするとどこかで聞いた曲が出てくる。これはワルツ「南国のバラ」の主題で、このワルツはもともと、このオペレッタの中の曲だったようだ。

後半に進むにつれて次第に有名な曲が目立ち始め、「天体の音楽」で頂点となるが、この作品は弟ヨーゼフの作品であり、どこか物憂げで孤独さを漂わせている。全般に玄人受けするようなプログラムによって、ムーティはニューイヤーコンサートの表面積を広げようとした。この意欲的な取り組みは選曲の妙と演奏の確かさに支えられて、高評価を得たと言うことができる。

続く2005年の指揮台に立ったのは、何とマゼールだった。マゼールは1999年以来の登場で、6年ぶりということになる。私はとても意外なことに思えた。そもそもマゼールは80年代に毎年このコンサートを指揮していたばかりか、1994年、1996年と久しぶりに登場し、特に1996年のコンサートはこれ以上ない成功だったと思った。にもかかわらず彼は1999年、またもやこのコンサートを指揮した。この演奏も悪くはないが、何となく既視感のあるのも事実で、いよいよもうこれが最後かと思ったものである。

ところが何と、彼は2005年にも登場するのである。そしてこのコンサートは、さらにマゼールの演奏に円熟味が加わったと言うべきだろう。年季の入った指揮ぶりはさすがで、このコンサートを落ち着いた雰囲気でありながらも新鮮味のあるものにした。特に秀逸なのはプログラムで、珍しい曲と有名曲がうまく配置され、その合間に緩急のポルカや喜歌劇の序曲がアクセントとなっている。無名の曲でも十全の準備で指揮するあたりはムーティに及ぶレベルであり、有名曲をまた一味違った妙味で聞かせるのは、メータなどに及ばない。そういうわけで、この2005年のコンサートもまた、大成功の部類に入るレベルとなった。

特に後半のプログラムの充実ぶりは、ちょっとしたものだ。速いポルカが多いが、それらはほとんど完璧なテンポで聞く者を楽しませている。理想的な「観光列車」はこの上なく楽しく、ワルツ「北海の絵」と「ロシアの行進曲的幻想曲」は他のどんな演奏より印象的である。これには録音の良さも手伝って、そのように感じるのだろうか。

しかし残念なことが2つある。ひとつは「ウィーンの森の物語」が、みたびマゼール自身の弾き振りで演奏されたことだ。もう十分であると思ったのが1999年だったことを思うと、演出過剰気味である。むしろ「春の声」や「南国のばら」、あるいはヨーゼフの「うわごと」など、まだ演奏していない曲を聞きたかったと思う。今一つの難点は、アンコールの最後に演奏される「ラデツキー行進曲」が省略されたことだ。これは直前に発生した未曽有の大地震、スマトラ沖地震に対する哀悼の意を表したためなのだが。

「ラデツキー行進曲」が省略されたにもかかわらず、このコンサートは全部で21曲、2時間足らずの長さとなっている。いつのまにかニューイヤーコンサートは、長いコンサートになった。そしてビデオとCDがそれぞれリリースされるようになったのもこの頃からだ。テレビと同様のビデオ映像で楽しむか、あるいは音源のみの演奏に耳を傾けるかは難しい問題で、それぞれにそれぞれの良さがあると思う。ただCDでは意外なことに、映像では発見できなかった部分を発見することが多い。映像では情報量が多すぎて、どうしても印象が散漫になるか、あるいは特定的なものとなるようである。より客観的で、音楽そのものの魅力を発見するのは、私の場合、むしろCDの方である。特に緩やかなポルカのように、靄の中に立ち込めるかの如き色合いは、華麗な花に飾られた豪華な舞台の映像付きで見ると、ちょっと感じにくい。

マゼールは2014年に没するが、ニューイヤーコンサートとしてはこの2005年が最後の登場となった。8歳より指揮台に立ち、ベルリンやウィーンを始めとするクラシック界の名声をほしいままにしてきた天才指揮者の最後の晴れ舞台だった。

2007年に再登場したメータのコンサートは、少し意外だった。なぜかというとこのコンサートは、その5年前の小澤が指揮したのと同じ曲で始まったからだ。ヨハン・シュトラウス2世の行進曲「乾杯!」がそれである。ニューイヤーコンサートの冒頭の行進曲などは、誰も気にしない曲なのかも知れないし、どう演奏してもよさそうな曲なのだが、この二人の表現は見事に異なっている。小澤は終始軽やかで、まるで重心が空中にあるかのような浮遊感さえ漂うのに対し、メータは旧来の、どっしりとした重心と揺れ動くリズムを重視いている。

このことからメータの2007年のコンサートは、好意的に考えれば、昔から続く伝統的なウィンナ・ワルツのスタイルを懐古的に求めたと言える。確かにヨーゼフの名曲「うわごと」などはちょっとした乱れや性急なところもあって、細部がややおろそかになっているが、それもかつては散見されたことだ。ボスコフスキーの時代はそれで良かった。だが時代は30年以上が経過し、この間に他の指揮者が進化させたワルツのスタイルは、もっと精緻で凝ったものになっている。

メータの2007年のコンサートに高い評価を与える向きもあるが、私の感想では、この年のメータは冴えないと思う。手抜きだとか練習不足とは考えたくないが、いくつかの演奏は私を失望させた。ポルカ「水車」や「町と田舎」でさえ、あの微妙な音色のずれが感じられず単調だし、喜歌劇「くるまば草」序曲にしろワルツ「レモンの花咲くところ」にしろ、マゼールやムーティの演奏に劣ると思う。これは完成度の問題なのだろうか。

映像で見るメータの指揮は、楽し気で明るく、時に気取って芸達者なところを見せてはいるが、せいぜい右手だけを振り上げて低弦の方を振り向く動作のみがやたらと目に付き、よくこれであの音楽が出てくるもんだと感心する。もしかすると、何もしない方がウィーン・フィルはワルツを上手く演奏できるのかも知れない。

プログラムは意識的にヨハン2世の作品が少ないものの、すべてはシュトラウス一家とヘルメスベルガーの作品で占められている。どことなく賑やかな曲が多く、初めて聞く曲は結構楽しい。一方、後半の終盤では楽しいやりとりもあるが(「エルンストの思い出」)、これはCDで聞いても観客から笑い声が聞こえるだけで、何もわからない。

2007年のコンサートは私にとって異色の、ちょっと風変わりなものに思えた。選曲が不思議なくらいに珍しく、かといて有名曲はさほど成功していない。そしてそれは2002年の小澤に通じるものがある。この2つのニューイヤーコンサートは、他の年と比較して、あまり成功しているとは思えないものだ。CDで音だけ聞くよりも、DVDで映像付きで見る方が、いいコンサートのように感じるのも共通している。何とメータの登場は1997年以来10年ぶりだった。そして何と、この8年後の2015年にも登場する。長い間隔をあけて登場するのは、この他にいまや重鎮となったムーティがいる。これらのコンサートについては、また機会を改めてレビューしてみたい。

 

【収録曲(2004年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「とても美しかった」作品467
2. ヨハン・シュトラウス1世:「シュペアル・ポルカ」作品133
3. ヨハン・シュトラウス1世:「小夜鳴き鳥のワルツ」作品82
4. ヨハン・シュトラウス1世:「フレデリーカ・ポルカ」作品239
5. ヨハン・シュトラウス1世:「カチューシャ・ギャロップ」作品97
6. ランナー:「宮廷舞踏会の踊り」作品161
7. ランナー:「タランテラ・ギャロップ」作品125
8. ヨハン・シュトラウス1世:喜歌劇「女王陛下のハンカチーフ」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:「ジプシー・カドリーユ」作品24
10. ヨハン・シュトラウス1世:「加速度円舞曲」作品234
11. ヨハン・シュトラウス2世:「サタネッラ・ポルカ」作品124
12. ヨーゼフ・シュトラウス:「スケートのポルカ」作品261
13. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」のチャルダーシュ
14. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ「喜んで」作品228
15. ヨハン・シュトラウス1世:ポルカ「三色すみれ」作品183
16. ヨハン・シュトラウス2世:「シャンパン・ポルカ」作品211
17. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「突進」作品348
19. ヨハン・シュトラウス2世:「インド人のギャロップ」作品111
20. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
21. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228 

 

【収録曲(2005年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「インディゴ行進曲」作品349
2. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「上流社会」作品155
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「楽しみを追う人たち」作品91
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・フランセーズ「冬の愉しみ」作品121
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「モダンな女」作品282
6. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「千夜一夜物語」作品346
7. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「インドの舞姫」作品351
8. スッペ:喜歌劇「美しきガラテア」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:「クリップ・クラップ・ギャロップ」作品466
10. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「北海の絵」作品390
11. ヨハン・シュトラウス2世:「農夫のポルカ」作品276
12. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「蜃気楼」作品330
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「観光列車」作品281
14. ヘルメスベルガー:ポルカ・フランセーズ「ウィーン式に」
15. ヨハン・シュトラウス2世:「ロシアの行進曲的幻想曲」作品353
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「心と魂」作品323
17. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:ピツィカート・ポルカ
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
19. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ「電気的」
20. ヨハン・シュトラウス2世:「狩りのポルカ」作品373
21. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314

 

【収録曲(2007年)】
1. J.シュトラウス2世:行進曲「乾杯!」作品456
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「調子のいい男」作品62
3, ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「水車」作品57
4. ヘルメスベルガー:「妖精の踊り」
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」作品212
6. J.シュトラウス1世:「入場のギャロップ」作品35
7. J.シュトラウス2世:喜歌劇「くるまば草」序曲
8. ヨーゼフ・シュトラウス:「イレーネのポルカ」作品113
9. J.シュトラウス2世:ワルツ「レモンの花咲く所」作品364
10. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「ブレーキもかけずに」作品238
11. J.シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「町と田舎」作品322
12. ヨーゼフ・シュトラウス:「水夫のポルカ」作品52
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「ディナミーデン」作品173 
14. J.シュトラウス1世:「エルンストの思い出」作品126
15. J.シュトラウス1世:「リストのモティーフによる熱狂的なギャロップ」作品114
16. ヘルメスベルガー:ポルカ・シュネル「足取り軽く」
17. J.シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
18. J.シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

2021年3月14日日曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(12)小澤征爾(2002)

2002年のニューイヤーコンサートをどう評価したらいいのだろうか?我が国のクラシック界を代表する指揮者「セカイのオザワ」が、とうとうウィーンの晴れ舞台に登場するというので、日本人としてはこれほど誇らしく、またハラハラするイベントはなかった。小澤征爾が誉れ高い新年のコンサート指揮者に選ばれたのは、その年からウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任することが決まっていたからだ。これはご祝儀のコンサートということになる。

しかし国立歌劇場の音楽監督になったからと言って、ウィンナ・ワルツを主体とするニューイヤーコンサートの指揮に相応しいかと言えば、そう簡単な話ではなく、例えば2020年から音楽監督の座にあるフィリップ・ジョルダンは、まだ一度もこのコンサートを指揮していない。小澤自身もウィーン・フィルにたびたび登場しているとはいえ、ウィーンに留学していたわけでもなく、特にワルツに長けた指揮者ではないし、有名なレコード録音があるわけでもない。

ニューイヤーコンサートの会場に日本人の姿が目立つのはテレビ放送を見ているとよくわかるし、ウィーン・フィルの楽団員には日本人と結婚した奏者も多いことは良く知られている。ウィーンの街を歩けば日本人観光客がたむろしている光景を見かけないことはない。そういうわけで、これは日本とオーストリアの友好を記念して特別な関係により実現したのか、あるいは少し穿った見方をすれば、日本の経済力を期待した、したたかな戦略なのかも知れない。事実、このコンサートを記録したCDやDVDは売れに売れたようだ。

小澤の音楽の特徴は、一旦音楽を解体して彼流の枠の中で組み立てなおし、集中力を持って表現することである。楽譜に書かれていることと、それ以外のことを分類する必要も出てくる。その時に問題になるのは、慣例にとらわれない表現が、西洋の文化の新たな一面に光を当てるという側面と、伝統や常識をないがしろにした無謀な表現に帰着するという側面である。この相反する評価は表裏一体である。

ウィンナ・ワルツという、いわば伝統の上にも伝統を塗り重ねたような演奏会に、小澤は相当な覚悟で挑んだに違いない。音楽は国境を超える言語であるとはいえ、地域性と保守性の権化とも言えるようなウィーンの音楽文化の中心に、微妙に抵触する可能性があった。たとえそれが打ち解けた音楽であろうとも。そういうわけで、同じ日本人として、この日は相当気を揉んだ。本当に大丈夫だろうか、と。

テレビ映像に映し出された元旦の学友協会大ホールは、いつものように色とりどりの花が溢れんばかりに飾られ、輝くシャンデリアもいつになく眩しかった。この日から流通する通貨、ユーロのマークが舞台の上部にに据えられていた。普段通りに笑顔で登場する我がセイジ・オザワは、とてもリラックスした表情で冒頭の行進曲「乾杯!」を、しかし慎重に指揮した。若い頃は肩に力が入り過ぎていると言われた指揮姿も、「パントマイムのようだ」と評されるくらいに自然なものだった。

ビデオで見る小澤の指揮とウィーン・フィルの演奏は、大変好ましいものに見える。会場に詰め掛けた家族も映し出す。クラシック・コンサートのビデオを長年手掛けてきたブライアン・ラージというディレクターの秀逸なスイッチング効果もあり、大変見ごたえがある。ワルツ「水彩画」、そして意外なことに「ウィーン気質」が名演である。

小澤の功績は、なぜか近年徐々に遅くなっていたワルツやポルカの音楽を従来の速さに戻したことだろうと言えば、批判されるだろうか?たとえばポルカ「とんぼ」の適切なテンポは見事である。またポルカ・シュネルで見せるスポーティーな速さは、彼自らが運転する自動車に乗っているような感覚である。これは映像で見ることによってより伝わる。つまり小澤の音楽は、いつもそうであるように、一定の集中力を持って見た場合には、なかなか考えられた表現だと得心する。

このコンサートを見ていて、やはり小澤には小澤流の演奏と言うのがあって、ちゃんとウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの流れの上に、確かな魅力を付け加えているように思った。そして最も成功しているのが、ヘルメスベルガーの「悪魔の踊り」であることは言うまでもない。このような、まるでバレエ音楽の戦闘シーンのような何の変哲もない曲を選んでプログラムに含めるのは、指揮者の特性を熟知した憎らしい演出である。小澤の指揮の良さが最大値となるような曲である。

ところが、CDで聞くこのコンサートは何故かあまり印象が良くない。特に、初期に発売された1枚の抜粋盤では、何と「こうもり」序曲から始まり、そして「芸術家の生涯」になる。ポルカの何曲かと「常動曲」までもが省略されているのに、あの長い新年の挨拶が収録されていたりする。小澤の音楽も何かとても矮小なものになってしまい、ちょっと楽しめないのだ。これは翌年のアーノンクールや後年のプレートルにも言えたような気がする。思えば、2000年代に入ってからのニューイヤーコンサートは、いっそう映像中心のコンサートになっていったような気がするのは、私だけだろうか。

映像と言えば、毎年テレビ中継で流れるオーストリア放送協会が制作するビデオ映像も実に楽しめる。凝ったバレエ演出は、場所を変えて見ごたえ十分である分、その時の演奏が映らないという不満もある。しかしこのコンサートを収録したDVDには、この別映像は特典メニューにまとめられている。従って購入者は、テレビで見た別テイクの映像と演奏だけでなく、コンサートで演奏された実際のものも見ることができる。これは大変良心的で嬉しいことだ。特典映像に含まれた「常動曲」の際の映像は、何とユーロ貨幣の造幣シーンだった。この様子が音楽に実に合っていて、私はまだ幼かった子供と何度も見て楽しんだ。

日本人には特別なものとなった2002年のニューイヤーコンサートは、これはこれでユニークな成功を収めたと言えるだろう。国立歌劇場の音楽監督に就任した小澤征爾は、その後健康を害してウィーンを去らなくてはならなくなる。コンサートには何度か復帰したものの、その後さらなる闘病で演奏会はしばしば中止された。同じ時期をやはり闘病で過ごした私の、最初の苦悩の年となったのは、奇しくも2002年だった。だから私はこのコンサートのDVDを手元に置いて、再び健康の戻る日が来ることを祈る日々だった。小澤ももし健康を害していなければ、再度、ニューイヤーコンサートの指揮台に登場する姿を見ることができたかも知れない。

 

【収録曲】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「乾杯!」作品456
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「カーニバルの使者」作品270
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「おしゃべり女」作品144
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「芸術家の生活」作品316
5. ヨハン・シュトラウス1世:ポルカ「アンネン・ポルカ」作品137
6. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「前進」作品127
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
8. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「手に手をとって」作品215
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「水彩画」作品258
10. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」作品204
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「おしゃべりな可愛いお口」作品245
12. ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
13. ヘルメスベルガー:「悪魔の踊り」
14. ヨハン・シュトラウス2世:「エリーゼ・ポルカ」作品151
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーン気質」作品354
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「チク・タク・ポルカ」作品365
17. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「大急ぎで」作品230
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

2021年3月7日日曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(11)ニコラウス・アーノンクール(2001, 2003)

元日に行われる「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」はあくまで「ウィーン・フィルの」コンサートであって、「カラヤンのニューイヤーコンサート」とか「クライバーのニューイヤーコンサート」というのではない。つまり主役は指揮者ではなく、あくまでウィーン・フィルということである。ウィーン・フィルは年に一度、少し格下に見られているシュトラウス一家を中心としたウィンナ・ワルツやポルカの演奏会を、豪華なゲスト指揮者とともに開催するというのが、このコンサートの伝統である。

「ウィーンはいつもウィーン」という行進曲があるが、ウィンナ・ワルツもまた誰が指揮したところで、決して変わらない部分があって、それに少しだけ指揮者によるアレンジが施される。音楽だけでなく、プログラムや雰囲気、聴衆も含めて、長い年月を続けてきた慣習があって、極めて自由度の低い中で催されるちょっとした違いを楽しむのが、まあ面白いというか興味深い。そんなものでありながら堅苦しくないのは、音楽が愉悦に満ち、誰がどう演奏しようと浮き立つようなメロディーに、幸福感が満たされてゆくからだろう。

ウィーン・フィルが21世紀最初のニューイヤーコンサートの指揮者に選んだのは、古楽復興の祖とも言うべきニコラウス・アーノンクールだった。当時71歳。アーノンクールはオーストリアの貴族の血を引き、ウィーンで学んだあとウィーン交響楽団のチェロ奏者も務めている。ヨハン・シュトラウスの演奏や録音も多く、ウィーン・フィルの公演にも数多く出演している。そういう意味から、このコンサートへの抜擢は、むしろ遅すぎたくらいであるとも言えなくはない。

しかしアーノンクールがニューイヤーの指揮台に立つことへの期待感の大きさは、あのカラヤンやクライバーに匹敵するほどで、久々に新しい指揮者の登場となることも相まって、年末から待ち遠しいほどであった。あれからもう20年の歳月が流れたが、その時の感覚は今でも忘れ難い。

アーノンクールがオリジナル楽器による復興を目指し、地道に活動を続けていたのは60年代にまでさかのぼるが、当然のことながらその音楽が理解されるまでには、長い時間を要した。80年代に入り、音楽の演奏が行き詰まりが顕著になり始めた頃、長年活動を続けて来た古楽奏者に活路が見いだされた。クラシック音楽の演奏は、伝統を打ち破って新しい時代に入ってゆく。そしてその流れが主流にまで及んだ時、アーノンクールはウィーン・フィルとの刺激的なコンサートを持つようになる。その考えが聴衆にまで支持されるのは、さらに長い歳月が必要だった。

アーノンクールがヨハン・シュトラウスのワルツやポルカを演奏するようになったのは、ウィーンの保守的な観衆にまで彼の音楽が浸透した結果であった。そしてついに、ワルツ演奏の最高峰へと登りつめたと言って良い。そんなことを考えながら、私のような単にエンターテインメントの視点しか持たない者でも、一体どんなコンサートになるのだろうかと期待が膨らんだ。

2001年はヨーゼフ・ランナーの生誕200周年の年だった。ランナーは「ワルツの始祖」と呼ばれており、その活躍はシュトラウス(父)の頃である。従って、くしくもアーノンクールの登場した年は、ワルツの原点に視野が及ぶことになる。原典主義のアーノンクールともなれば、そのプログラムも工夫が凝らされた。演目の最初は、何と「ラデツキー行進曲」の原典版だった。

毎年プログラムの最後に演奏されるヨハン・シュトラウス1世の「ラデツキー行進曲」が、いつもとはいささか違う音符が混じった形で演奏された。もちろん最後にはいつもの「ラデツキー行進曲」が演奏されたから、この年のコンサートは「ラデツキー行進曲」で始まり「ラデツキー行進曲」で終わることになった。そしてランナーの曲は、冒頭の「ラデツキー行進曲」に続く2曲(ワルツ「シェーンブルンの人々」とギャロップ「狩人の喜び」)、及び後半の「シュタイヤーの踊り」の計3曲だった。

アーノンクールの演奏は、彼を批判する人がしばしば口にするものだった。すなわち流れが悪く、意外にあっさりと進む部分があるかと思えば、奇妙に変化するリズムがあり、通常は聞こえない楽器が強調されたりする。音楽はいわば破壊され、幸福感は望めず、下品でさえある・・・云々。だがこれはもう確信犯であって、これを聞き続けているうちに、こういう演奏もまああるのか、という考えに変わり、そしてついには、この緊張と裏切りが快感にさえなってゆく。かくしてシュトラウスのワルツもまた、アーノンクール流に刺激的に料理され、聞く者を渦に巻いてゆく・・・と信じていたものにとっては、やや拍子抜けするものだった。

「オーストリアの村つばめ」で見せるぎこちない小鳥たちも、郊外や都会に引っ越してきたわけではなく、村にいて歌っている。「観光列車」は脱線することなく時刻表通りに運行されている。アーノンクールならもう少し、流れを堰き止めたり、警笛を思いっきり鳴らしてもいいのに、と思うようなところがある。ウィーンの・フィルを相手にして、やはりここはアーノンクール節も影を潜めざるを得なかったのだろうか。

喜歌劇「ヴェニスの一夜」序曲では「ベルリン版」とのことで、どこがどう違うのかまではわからないが、期待通りの演奏だった。また、時にしか演奏されないワルツ「もろびと手を取り」も、あのテレビ中継に挟まれる華麗なバレエが目に浮かぶような名演だった。だが総合的に見れば、指揮者にもオーケストラにもやや硬さが見られ、アーノンクール本来の演奏の面白さが十分に伝わったような気がしない。だから、なのだろうか、彼は2年後の2003年に再び登場する。この2003年の演奏については個人的な思いがあり、私にとっては唯一無二のコンサートであった。

2002年の春に重病患者となった私は、このままでは余命2年などと指摘された。原因不明の難病は私を歩けないまでにさせ、夏には入院。秋からは本格的な治療が始まった。成功確率も低いこの治療を、やっとのことで切り抜け、何とか退院できたのは11月も終わりころ。コロナ禍の今と同様、あらゆる感染症対策を十二分にしたうえで、風邪などを引くことは命取りになるという中、私は毎日ベッドの上でひたすら時間が過ぎるのを待つ日々。これはあと1年続くことになる。

2003年のお正月を、とにもかくにも迎えることができたのはあらゆる人々と神様のおかげだった。このお正月を、私は狭い賃貸住宅の暗い部屋で迎え、寒さの中、辛うじて食べられるお雑煮を楽しんだ。夜の7時になって、「皇帝フランツ・ヨーゼフ1世危機脱出祝賀行進曲」が聞こえてきたときには、涙があふれた。指揮者はアーノンクール。2001年の時よりも打ち解け、オーケストラにも自信と余裕が感じられた。

続く「宝のワルツ」では「ジプシー男爵」からのメロディーがふんだんに取り入れられ、これはアーノンクールの良さが出た名演。そして楽しいロシア風の「ニコ・ポルカ」へと続く。カラヤン以来久しぶりに「うわごと」が聞けるのも嬉しい。ヨーゼフ・シュトラウスによるこのワルツは、私の最も好きなものの一つである。アーノンクールの演奏では、一部主題が繰り返され、他の演奏とは少し違う。

この夢見るようなコンサートで私を圧倒的に感銘させたのは、「皇帝円舞曲」だった。演奏もさることながらここで挿入されたビデオ映像は、あのシェーンブルン宮殿の庭園を余すところなく撮影したもので、その美しさと言ったら!最後のシーンでは空撮した庭園の画像が空高く舞い上がり、そこからウィーン郊外の森の風景が広がる。私はお酒も飲んでいないのに、そのあまりに美しい映像に見入った。こんなに美しい映像は見たことがない。そして「美しく青きドナウ」ではドナウ川を行く遊覧船の外輪に合わせて、あの有名なメロディーが回転する。そうか、このメロディーは、そうだったのか、と思った。このあと汽船は、紅葉したドナウ川をゆっくりと航行し、沿岸の赤く染まった教会などを映し出す。

この2つの感銘深い映像を、再び見てみたいと思った私は、3月頃になって発売されたDVDを買うことになった。そして嬉しいことにその中には、テレビで見たのと同じものが収録されていた。私をくぎ付けにし、まさに生きていることを実感した美しいシェーンブルン宮殿には、20歳の頃に出かけている。夏だったか色とりどりの花が植えられ、宮殿から長い時間をかけて庭園を進み、一番高いところに上ってゆく頃には雨もあがり、遠くの山々がきれいに見渡せた。

一時はもう外にでることさえできないと思われたが、春には徐々に外出をしはじめ、夏には微熱も下がり、秋になると急に元気になった。それから仕事ができるようになるには、さらに1年を要した。ウィンナ・ワルツは、こういう私を慰め、そして気持ちを明るくさせた。そう、再発するまでは。

2003年のアーノンクールによるニューイヤーコンサートには、このほか「うわごと」や「舞踏への勧誘」(ウェーバー作曲、ベルリオーズ編曲)も収録されている。そして何とブラームスのハンガリー舞曲まで。そうかと思うと「中国人のギャロップ」などもあって、全部で20曲は最高記録。まるで「ごちゃまぜ」(前半の最後に演奏されたポルカ)である。

【収録曲(2001年)】
1. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228(原典版)
2. ランナー:ワルツ「シェーンブルンの人々」作品200
3. ランナー:ギャロップ「狩人の喜び」作品82
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「朝の新聞」作品279
5. ヨハン・シュトラウス2世:電磁気のポルカ 作品110
6. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「起電盤」作品297
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ヴェニスの一夜」序曲(ベルリン版)
8. ヨーゼフ・シュトラウス:「道化師のポルカ」作品48
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「オーストリアの村つばめ」作品164
10. ランナー:レントラー「シュタイヤーの踊り」作品165
11. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「観光列車」作品281
12. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「もろびと手をとり」作品443
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「いたずらな妖精」作品226
14. ヨハン・シュトラウス2世:「ルシファー・ポルカ」作品266
15. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「憂いもなく」作品271
16. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
17. ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲 作品228

【収録曲(2003年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝フランツ・ヨーゼフ1世危機脱出祝典行進曲」作品126
2. ヨハン・シュトラウス2世:「宝のワルツ」作品418
3. ヨハン・シュトラウス2世:「ニコ・ポルカ」作品228
4. ヨハン・シュトラウス2世:「冗談ポルカ」作品72
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」作品212
6. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「ごちゃまぜ」作品161
7. ウェーバー(ベルリオーズ編):「舞踏への勧誘」作品65
8. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・フランセーズ「セクンデン(2度のポルカ)」作品258
9. ヨハン・シュトラウス2世:「ヘレーネ・ポルカ」作品203
10. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
11. ヨハン・シュトラウス2世:「農夫のポルカ」作品276
12. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「女性賛美」作品315
13. ヨハン・シュトラウス1世:「中国風ギャロップ」作品20
14. ブラームス:「ハンガリー舞曲」第5番ト短調
15. ブラームス:「ハンガリー舞曲」第6番変ロ長調
16. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「戴冠式の歌」作品184
17. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「うわ気心」作品319
18. ヨハン・シュトラウス2世:「狂乱のポルカ」作品260
19. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
20. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

バルトーク:管弦楽のための協奏曲(小澤征爾指揮シカゴ交響楽団)

有名曲でもどうにも馴染めない曲というのがある。私にとってバルトークの代表作「管弦楽のための協奏曲」は、まさにその一つだった。他にはストラヴィンスキーの「火の鳥」、R・シュトラウスの「ドン・キホーテ」、あるいはベートーヴェンの「荘厳ミサ」も加えていいかもしれない。馴染めない要因は定...