2013年7月20日土曜日

プッチーニ:歌劇「トスカ」(1987年8月11日、ローマ・カラカラ浴場跡)

朝フィレンツェを発ち、昼過ぎにローマに着いたので昼食をテルミニ駅のカフェテリアでとっていた。外は30度を超す暑さである。今日の宿はあまり歩かなくてもいいように、駅の近くにしようなどと同行の友人と話していると、向こうのほうで手を振っているイギリス人の老人がいた。

彼は私たち日本人の学生に英語で話しかけ、昨夜見たオペラ「アイーダ」がいかに素晴らしかったかを話した。英語で話ができる人が欲しかったのだろうと思った。彼は私たちにも是非カラカラ浴場跡で開催される夏の野外オペラを見ると良い、と言った。「チケットはそこのオフィスで買えるから」とも付け加えた。

私たちと、そこに居合わせた他の日本人2人の計4人は、その忠告にしたがって当夜の出し物である「トスカ」のチケットを買った。記録によればチケット代は一人15000リラで、後方ではあるが中央寄りの席であることを考えるとこれは大変に安い。バスに1回乗って1200リラ、Tシャツが5000リラであったのだから。

「何でも見てやろう」の精神で、私たちは夜8時の開幕に、路線バスで駆けつけようとした。ローマ時代の遺跡を利用した野外オペラは、その後90年代に入って、遺跡の痛みが激しく中止されてしまった。だが2000年代に入って復活したようだ。この舞台では、あの「三大テノール」の最初の公演がされたことも知られているが、それはその3年後のことである。

ローマ市内を走るバスはわかりにくいので、私たちは路線図を片手に来たバスに乗り込むや、「カラカラ?」などと運転手に聞いてみた。ところがこれが通じない。運転手は乗客に向って、この日本人のいうことがわかるか?などと聞いている。この間バスは、満員の乗客を乗せたまま停車中である。やがてそばにいた夫人と紳士が「カラカーラ?」を聞いてきた。そうか、「カラカーラ」か。すると運転手はわかったようで、OKのサインをした。乗客たちに笑いが広がり、その夫人と紳士は私たちに発音指導をすることになった。「カラカーラ」「カラカーラ」「言ってみよ!」わかった、何やら恥ずかしかったが、言うしかない。私は大声で「カラカーラ!」と叫び、運転手は紳士と顔を見合わせ、「それでよし」という風にうなずいた。そしてゆっくりとバスは発車した。勿論その紳士は、降りる際、私たちに再度「カラカーラ」と言って念を押した。

イタリアの旅行がなぜ楽しいかは、この体験で実証された。思えばまだ旅行ブームが沸き起こる少し前であった。歌劇場へ着くと、私たちはうだるような暑さの中、うちわをもらい、一目散に席を目掛けてダッシュした。なぜならみながそうしていたからだ。もしかすると自由席だったのかも知れない。だが、そこには十分な席があり、着席するとやがて第1幕が始まった。

さて、ここで私は誰がトスカを歌い、誰がスカルピアを演じたか、指揮者は誰であったかを記録していない。日時は正確なので、いずれはわかるかと思うが、大変残念なことに初めてのオペラ体験はこのような記憶しかない。「トスカ」は甘いメロディーもあるが、「ボエーム」とは違ってもっと劇的で、しかも残酷なオペラである。プッチーニのほとんど唯一イタリアを舞台とした作品であって、その本場ローマで「トスカ」を見ることができるとは、何とも嬉しい限りであった。

字幕もないので、音楽を知らなかった私は、テ・デウムのシーンなどが素敵だったということと、有名なアリア「歌に生き、恋に生き」、「星も光りぬ」というシーンでは、他の観客と一緒に体を揺らして聞き入ったことくらいしか覚えていない。それから、開幕後第2幕までは、木々に蝉が多くいて、ライトに照らされてワンワンと泣いていたのが、第3幕となるとそのライトが消えて会場がとても静かになったことを印象深く覚えている。

夜半をすぎる頃にようやく終わり、臨時に運行されるバスを見分けて乗り込んだ。テルミニ駅近くの宿に戻ったのはもう、1時ころを過ぎていただろう。だが宿の若者は私たちを迎え入れ、陽気に歌いながら部屋の鍵を渡してくれた。賑やかなイタリアの夏は、アルプス以北とは全く異なった雰囲気であった。イタリアを訪れた多くの作曲家も、このようなイタリア滞在を楽しんだのだろうか、などと思いながら、心地よい眠りについた。

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