
今回の「仮面舞踏会」は、スウェーデンではなくボストンを舞台にした、初演時のあらすじである。ボストン総督リッカルドにテノールのフランチェスコ・メーリ、友人で秘書のレナートに、バリトンのウラディーミル・ストヤノフ、その妻アメーリアに、アーカンソー出身のソプラノ、クリスティン・ルイス、そして謎の女占い師ウルリカに、メゾ・ソプラノのエリザベッタ・フィオリッロ、リッカルドに仕える小娘オスカルは、ソプラノのセレーナ・ガンペローニ、指揮はジャンルージ・ジェルメッティ、演出がマッシモ・ガスパロン。
ヴェルディを歌う注目歌手を揃え、歌唱には問題がないにも関わらず、何となくノリが悪いのは何故だろうか。だがそれも第1幕だけで、第2幕になるとアメーリアとリッカルドの二重唱などはさすがに聞かせたし、最終幕のリッカルドの独白「永久に君を失えば」などは、ブラボーが鳴り止まない大成功だった。個人的には第1幕で登場した占い師ウルリカを歌ったフィオリッロは、アズチェーナを歌わせたいと思うような安定した低音で貫禄十分、リリカルなソプラノのオスカル役ガンペローニもとても印象的であった。そのことは登場する機会こそ少ないものの、会場の喝采をさらっていたことからもよくわかった。
仮面舞踏会は後期にさしかかるころののヴェルディ円熟期の作品で、45歳という作曲時の年齢は今の私に近い。初期の頃の、単純だが迫力と情熱に満ちた音楽は後退し、中期の見事なアリアの連続からも距離を保ち、ドラマと歌の融合を試みていくヴェルディの、まだ「オテロ」にまでは至らない途中の段階を聞くことができる。「仮面舞踏会」が他の作品に比べ目立たないのは、他の作品の水準が高すぎるからで、ベートーヴェンの「北欧の乙女」(交響曲第4番)のような存在と言えば、言い過ぎだろうか。この作品だけを残したとしても、ヴェルディは後世に名を残したと思えるような作品である。
ボストン提督リッカルドは、親友でもあり部下でもあるレナートの妻に恋をする。これは禁断の恋であり、このことを当事者の二人は心得ている。その円熟した人間的ドラマは、中期の作品、すなわち「リゴレット」「椿姫」「トロヴァトーレ」にはない魅力である。だが「オテロ」のように救いのない悲劇でもないのは、自分が裏切られたと思いつめたレナートに暗殺されるリッカルドが、この二人を最終的には赦しているからだ。仮面舞踏会に行く前に、部下のレナートを英国に帰還させる辞令を交付する。リッカルドは、諦めきれないアメーリアの最後の姿を、仮面舞踏会で見届けるつもりだった。だが時は遅すぎた。
刺されたリッカルドは、死の間際になってもレナートを庇うのは、この歌劇のストーリーの最大の重点である。リッカルドの心理的な変遷と、それを取り巻く人々の思い。そう考えると、このオペラの見どころは第2幕以降に集中する。ヴェルディのオペラの登場人物は、どんなに地位の高い人間であれ、いやそうであればなお一層、人間的で等身大の悩みを抱えている。

男性的な視点で書かれている「仮面舞踏会」は、男性にはわかりやすく、そして安心して見ていられるドラマであるとも言える。だが面白いのは、女占い師ウルリカと、小姓オスカルである。ウルリカの占いは、変装したリッカルドに不吉な予言を残し、実際その通りになる。オスカルには悪意こそないにせよ、レナートに刺し殺すべきリッカルドの仮面を告げる。この二人の脇役の女性が、どういうわけかレナートやリッカルドの運命を変えるきっかけを与えていることが、なんとも不思議である。私たちも、もしかしたら気づかないうちに、誰かに運命を左右されているのかも知れない。
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