2015年6月8日月曜日

ニューヨークで見たオペラの数々(95-96)

1995年春、阪神大震災の直後に私はニューヨーク勤務となった。まだ独身だった私は、マンハッタン40丁目という絶好のロケーションに住み、時間があれば毎日のようにコンサートやオペラ、それにミュージカルへと足を運んだ。METやニューヨーク・フィルの本拠地のあるリンカーン・センターは地下鉄を乗り継いで20分程度で、オペラが終わる夜遅くになっても安全に帰宅することができた。

だが実際には私のニューヨーク生活は、インフルエンザとそれに続く中耳炎によって、最初のうちは大きなマイナスからのスタートだった。何せ片耳が聞こえないのである。最初出かけたオペラはニューヨーク・シティ・オペラの「カルメン」だった。ここは英語上演と聞いていたがその日はフランス語。それなりに楽しむことはできたが、METに比べるとどうしても見劣りがしてしまう。中耳炎は4月に入っても治らず、医者を変え、毎週のように耳鼻科へ通う日々が続いた。

ゼッフィレッリ演出のヴェルディの「椿姫」の切符を購入したのは、日本から弟が来ていた春休みだったが舞台をほとんど覚えていない。アルフレードにフランシスコ・アライサ、ジェルモンにホアン・ポンスと記録にはある。突然初夏がやってきて、まばゆいほどに陽光の降り注ぐ季節となっても、私は毎日アパートの窓からエンパイア・ステートビルを眺め、週末になるとクイーンズの公園やコロンビア大学のキャンパスなどに出かけては、孤独な日々を送っていた。

結局耳が完全に治ったのは、もう暑くなりかけた6月に入ってからだった。いよいよ米国生活も楽しみが出てきた頃ではあったが、肝心のコンサートはシーズン・オフ。そんな中、毎年恒例のMET in the Parkという催しに出かけたのは、とても蒸し暑い6月のある夜だった。出し物はまたしても「椿姫」。アッパー・イーストサイドの決して治安が良くない道を、暗くなりかけた頃足早に歩いた。会社の帰り、スーツが汗で滲んだ。だがこれは野外である割には良かった。ときおり涼しい風が吹いてきた。無料で誰しもがこういう経験が出来るあたり、ニューヨークはいいところだなと思った。

10月に入って新シーズンが始まり、ニューヨークを離れる3月までの半年間は、私にとって非常に充実した日々であった。オペラに関しては、先に書いた「オテロ」のこけら落としを皮切りに、いくつかの演目に出かけた。会社の上司が、仕事をさぼってでも出かければ良いと勧めてくれた、今は亡きヘルマン・プライがベックメッサーを最後に歌った「ニュルンベルクのマイスタージンガー」や、今の妻と初めてのデートで出かけた「魔笛」など、思い出は多い。ひとつひとつの公演は字幕もよくわからず、今から思えば中途半端だったが、部分的には非常に印象的で感動的であった。以下にその時の記録を並べておこうと思う。
  1. 1995年4月5日 ヴェルディ:歌劇「椿姫」(指揮:ジョン・フィオーレ、演出: フランコ・ゼッフィレッリ)・・・アイノア・アルテータ(ヴィオレッタ)、フランシスコ・アライサ(アルフレード)、フアン・ポンス(ジェルモン)他。「プロダクションはさすが。他は平凡に終始。それでも目には涙」。
  2. 10月2日 ヴェルディ:歌劇「オテロ」(指揮:ジェイムズ・レヴァイン、演出:イライジャ・モシンスキー)・・・プラシド・ドミンゴ(オテロ)、ルネ・フレミング(デズデモナ)、 ジェイムズ・モリス(イヤーゴ)他。オープニング・ナイト。ドミンゴは衰えを知らずさすが。他のソリストも熱唱で聞き応え十分。TV中継も(後にDVD化)。
  3. 12月14日 ヴェルディ:歌劇「仮面舞踏会」(指揮:マーク・エルダー、演出: ピエロ・ファッジョーニ)・・・デヴォラ・ヴォイト(アメーリア)、フランシスコ・アライサ(リッカルド)、レオ・ヌッチ(レナート)、ドローラ・ザジック(ウルリカ)他。バルコニーのパーシャル・ビューの席で音楽に耳を澄ました。今思えば最高キャストだが、よくわからなかった。残念。
  4. 12月16日 モーツァルト:歌劇「魔笛」(指揮:ペーター・シュナイダー、演出:グース・モスタート)・・・デオン・ファン・デル・ヴァールト(タミーノ)、マーク・オズヴァルト(パパゲーノ)、ラリッサ・ルダコヴァ(夜の女王)、ハンス・ゾーティン(ザラストロ)、イボンヌ・ゴンサレス(パパゲーナ)、ジョーン・ロジャーズ(パミーナ)他。指揮は手堅く、歌手陣もまあまあの出来栄え。2階席正面で聞く。チケットは会場前でおばさんから購入。135ドル。
  5. 12月21日 ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(指揮:ジェイムズ・レヴァイン、演出:オットー・シェンク)・・・ ベルント・ヴァイクル(ナンス・ザックス)、カリタ・マッティラ(エファ)、ベン・ヘップナー(ヴァルター)、ビルギッタ・ズヴェンデン(マグダレーネ)、ヘルマン・プライ(ベックメッサー)、ルネ・パーペ(夜警)他。レヴァインの指揮は前奏曲から迫力満点。演出も見事な上、歌手陣は現代ワーグナー歌手の総出演。プライは最後の公演。これも今思えば凄い出演者。
  6. 12月26日 J.シュトラウス:喜歌劇「こうもり」(指揮: エルマン・ミシェル、演出:オットー・シェンク)・・・ジャネット・ウィリアムズ(アデーレ)、ジューン・アンダーソン(ロザリンデ)、ヴォルフガング・ブレンデル(アイゼンシュタイン)、ヨヘン・コヴァルスキ(オルロフスキー)他。当時のメモには「オルロフスキーにはカウンターテナー、見飽きた演出に指揮が凡庸で観客も沸かない。所詮、観光客用のシーズン物か」とある。セリフは英語だった。
  7. 1996年1月31日 ロッシーニ:歌劇「セヴィリャの理髪師」(指揮:アダム・フィッシャー、演出:ジョン・コックス)・・・マーク・オズヴァルト(フィガロ)、ジェニファー・ラーモア(ロジーナ)、ラウル・ギメネス(アルマヴィーヴァ伯爵)他。指揮はなかなか。次から次へと楽しい歌が飛び出し、飽きることなし。
  8. 2月9日 プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」(指揮:ネロ・サンティ、演出:フランコ・ゼッフィレッリ)・・・ルート・ファルコン(トゥーランドット)、アンジェラ・ゲオルギュー(リュー)、ランド・バルトリーニ(カラフ)他。絢爛豪華な演出でまさにメトのトゥーランドット。サンティの強力な指揮は聞き応え十分。それと何と言ってもゲオルギュー!
  9. 2月20日 プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」(指揮:ジュリアス・ルーデル、演出:ジャンカルロ・デル・モナコ)・・・フランコ・ファリーナ(ピンカートン)、マリア・スパカーニャ(蝶々さん)、トーマス・アレン(シャープレス)他。あまり印象には残っていないのだが、当時のメモには「総じて新人歌手ながら出来栄えは悪くない。演技と歌は熱演で、目には涙の大満足」とある。

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