クラシック音楽の鑑賞にまだ映像メディアが珍しかった頃、外国の指揮者の演奏姿はNHK教育テレビで放映される来日オーケストラの公演くらいでしか目にする機会はなかった。しかも来日するオーケストラは、バブルの前までは年に数団体に過ぎず、音響のいいホールもなかった。最初はVHDなどと称するビデオディスクや、あるいはVHSのビデオ・テープでカラヤンの映像があるとわかると、それはさぞや素晴らしい演奏だろうと心をときめかせたものである。
カラヤンは、自らの映像を収録することに特に熱心だった。ユニテルというヨーロッパのクラシック映像を一手に担う会社が、奇抜な配置でベートーヴェンの交響曲全集やブラームス全集を収録したのは1970年代が中心ではなかったかと思われる。これらの作品は、カラヤンのみに焦点が当てられ、オーケストラのメンバーの姿はほとんど見えない。コンサートマスターが少々出るくらいで、あとは楽器のアップ。それにカラヤンの左横からの目を閉じた指揮姿である。一部の曲では「ライブ」の様相を呈しているが、これはカメラアングルにのみ観客(を演じる人々)を配置していたとのことである。ティンパニの殴打に伴って飛び散るホコリを、横から当てた光が強調するのも、演出上の効果を狙ったものだ。
そういう不自然な演奏は時代を感じさせるが、全アングルフルでフィルム収録され、編集されているから、手がかかっており完成度は高い。映像の時代を先取りしたカラヤンの姿勢は、実験的な要素も多分にあったわけで、今ではオーケストラ収録時のカメラワークに歴史的な影響を与えているとも思う。
80年代に入って映像作品が珍しくない時代になると、予算の関係もあって収録はライヴが中心となった。CDと異なり編集が容易ではないから、同じ時にリリースされるCDとビデオでは、演奏が少し異なる。そして晩年のカラヤンは自らビデオ制作会社を設立し、主要なレパートリーを再び収録していった。
そのような中に、ベルリン・フィルが大晦日のマチネで演奏するポピュラー名曲集とも言えるビデオが何点かある。私がこのたび中古のレコード屋で見つけ、わずか500円という価格で入手したSONYのDVDが1983年のコンサートである。いまさらカラヤンの、それも衰えを感じさせる晩年の管弦楽名曲集なんて、と思うとこの素晴らしい演奏を聞き逃す。それほど今となっては貴重で、しかも懐かしいビデオである。ここでは完全にライヴ収録されているが、歩くにも苦労していたカラヤンの指揮台へのアプローチは省略されている。
私は最近NHK交響楽団の演奏でヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「うわごと」を聞いたが、そういえばこの曲はここに収録されていることを思い出した。それがこのたびこのDVDを取り出して聞いた直接の理由である。ここでのカラヤンの演奏は完璧と言うほかはなく、奏者の集中力を伴った力強い音が、カラヤンの一挙手一投足に合わせて変化する様は、見ていて嬉しくなってしまう。
記録によれば、この日のコンサートは「未完成交響曲」ではじまり、「ラデツキー行進曲」で終わったようだ。これらは省略されているが、ベルリン・フィルのゴージャスなサウンドが、ロッシーニやシュトラウスのような作品で如何なく表現されている様は見事である。アバドやラトルの時代の民主的なベルリン・フィルとは異なる。当時は現代的に見えたカラヤンの指揮する一音一音が、時代がかってもいて面白い。音楽は非常に丁寧で、フレーズの一つ一つが映像と調和している。昨今の「自然な」ライブ感とは異なるこの映像は、時折見てみたい。オーケストラを聞く醍醐味がリビングで味わえる。スメタナの「モルダウ」やシベリウスの「悲しきワルツ」の、フレーズをたっぷりとった弦楽器の調べにも舌を巻くが、最後の「ジプシー男爵」序曲もカラヤンの得意としてきた曲である。
メロディーの緩急と強弱の見事さ。そしてそれを表現するベルリン・フィルの底力。このビデオは、いまとなっては過去の遺産、カラヤンとしては最新版としての映像作品である。ビデオディスクで見る楽しみのひとつは、こういった今では体験できない指揮者やオーケストラの雰囲気を懐かしく思い出しながら、新たな発見をすることである。
【収録曲】
1.ロッシーニ:歌劇「ウィリアムテル」序曲
2.スメタナ:交響詩「モルダウ」
3.シベリウス:悲しきワルツ
4.ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」
5.ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲
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