2025年4月15日火曜日

東京春祭オーケストラ演奏会(2025年4月12日東京文化会館、リッカルド・ムーティ指揮)

2005年「東京のオペラの森」として始まった音楽祭は、今年でもう21周年を迎えたことになる。2010年からは「東京・春・音楽祭」として、丁度桜の咲く3月から4月にかけての上野公園一帯で繰り広げられる音楽祭として規模も拡大し、今ではすっかり春の風物詩となった。

私は2014年から4年かけて行われた「ニーベルングの指環」の演奏会を鑑賞したのをはじめ、今年までほぼ毎年、何らかのコンサートに出かけてきた。最初は小澤征爾を中心に、新作オペラを上演するというのが恒例だったが、2006年(たった2年目)からはリッカルド・ムーティも登場し、その後毎年のように何らかのコンサートを指揮するようになった。今彼が指揮するオーケストラは、専ら若手を中心に特別編成された東京春祭オーケストラで、海外の劇場とのコラボレーションや教育的なプログラムなど、様々な企画が始まり、その他にも多彩な顔ぶれと普段は聞けない珍しい室内楽曲など、意欲的で興味深い日々が続く。

今年の管弦楽のコンサートのトリを飾るのが、リッカルド・ムーティが指揮するイタリア・オペラの序曲・間奏曲などを集めたプログラムであることを知った時、私は即座にチケット購入を決意、妻と二人で出かけることにした。何と言っても御年84歳にもなるムーティが、(それでも彼は毎年何回か来日しているようだが)なお現役の指揮者として意欲的な演奏を繰り広げているのを観たいと思ったし、いまや巨匠とも言えるような指揮者は、ティーレマンを除けば彼が最後ではないか、などと考えたからに他ならない。

ムーティを聞くのはこれが3回目(正確には4回目)である。最初は1990年、旅行先のニューヨークでのことだった。この頃ムーティは、オーマンディの後を継いでフィラデルフィア管弦楽団のシェフを務めており、ニューヨークへもたびたび訪れて定期的な演奏会をしていた。この時聞いたのはベルリオーズの「夏の夜」(独唱:バーバラ・ヘンドリックス)とスクリャービンの交響曲第3番「法悦の詩」だった。1階のオーケストラ席真正面で聞いた演奏は大変見ごたえがあったが、当時の私にとっては馴染みの曲ではなく、あまり印象は残っていない。

その後ムーティの指揮する極めつけの2つのオペラ(「ナブッコ」と「シモン・ボッカネグラ」、いずれもローマ歌劇場の来日公演)を大枚を払って立て続けに見て、もうこれ以上のものはない、と思って遠ざかっていた。その間にアバドや小澤征爾が亡くなり、メータやバレンボイムも活躍を聞かなくなった。私がクラシック音楽を聞き始めた頃、まだ若手だった指揮者が次々と姿を消してゆく中で、ただ一人まだ精力的に活躍を続けているのがムーティである。今年のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートは、ムーティの指揮だったことは記憶に新しい。

けれどもこのムーティのニューイヤーコンサートは、私を少々がっかりさせた。ウィーン・フィルの響きがいつもとは違って精彩を欠いていたからだ。録音の方はそう思えず、これはテレビのライブ中継を見た時の感想である。もしかしたらムーティも、高齢による衰えを隠し切れなくなったのだろうか。だとしたら私は今回の来日コンサートで、もはや精彩を欠いた彼の指揮姿を見ることになるのだろうか?まあそれはそれで、記念になると思いつつ当日を楽しみにしていた。

だが指揮台に現れたムーティは、足取りも軽やかで指揮姿も勇みよく、確かにかつての若々しさはないものの、なかなか切れのある音楽を作るではないか。この若手中心のにわか作りのオーケストラを、短期間のうちに手中に収め、歯切れのよいリズムと旋律がくっきりと浮かび上がるカンタービレに特徴付けられた往年の音作りは、まさにムーティの真骨頂であり、誤解を恐れずに言えば、正真正銘のイタリア流であった。

ムーティはまず「ナブッコ」序曲(ヴェルディ)で期待を膨らませたあと、「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲(マスカーニ)のうっとりするようなメロディーを、実際幕間に聞こえる間奏曲らしく演奏した。前半のプログラムで私が最も感動したのは、「道化師」間奏曲(レオンカヴァッロ)だ。「カヴァレリア・ルスティカーナ」と合わせて上演される2つのヴェリズモ・オペラのうち、「カヴァレリア」の方が親しみやすく音楽もきれいだが、「道化師」の方がやや複雑な心情を表現しており、音楽的充実度が高い。イタリア・オペラの神髄ともいうべき人生の宿命と儚さを、簡潔かつ雄弁に表現している。

ムーティはこのあと、「フェドーラ」間奏曲(ジョルダーノ)、「マノン・レスコー」間奏曲(プッチーニ)と続けて演奏し、これらはいずれも実際の劇中で演奏されると極めて印象深いが、このように間奏曲のみ立て続けに演奏されるとやや単調になる。けれどもこれは贅沢な悩みでしかない。思えばムーティのプッチーニなどどいうのも珍しい。

前半最後を飾るのは「運命の力」序曲(ヴェルディ)で、これは十八番中の十八番。確かフィラデルフィア管弦楽団との来日の際にもアンコールで演奏された記憶がある。トスカニーニ張りの緊張感を保ち、音の強弱を際立たせながら、流れるようなメロディーとたたみかけるようなリズムは健在だ。そういうわけで満員の客席からは前半からブラボーも飛び交うこととなった。

今回の客席には高齢者が目立ち、足どりも重い人が多い。にもかかわらず東京文化会館というところは、トイレに行くにも階段を上り下りしなくてはならず、しかも狭い。傘立てもなく客席は狭いが、音響は悪くない。

後半のプログラムは2つ。まず、カタラーニの「コンテンプラツィオーネ」というめずらしい曲。この曲を聞くのは勿論初めてだったが、わずか10分余りの長さながら、やはりそこにはレガートで音と音がなめらかにつながれてゆくさまを味わうことができる。なお、コンサートマスターはN響の郷古廉である。

もう後半最後になった。「ローマの松」(レズピーギ)である。オーケストラが最大に拡張され、3つの鍵盤楽器のほか両脇に金管楽器の別動部隊も配置された。クラシック音楽で最大の音量を誇るこの曲は、その圧倒的なコーダで有名だが、きらびやかな冒頭と夜の静けさを表現した中間部、それに朝もやにこだまする小鳥のさえずりなど、聞き所には事欠かない。ムーティはゆったりとしたテンポで味わい深く音を刻み、その印象は、これまで同曲を聞いた中では最高のものだった。

オーケストラは指揮に極めて忠実に対応した。コーダに向かって大団円を築く時、フォルティッシモになっても乱れない響きの綺麗さには圧倒された。イタリア音楽を演奏するとき、音というのがどのように重なり、繋がり、あるいは引き延ばされるべきか、何度も細かく練習したのだと思う。これはムーティにしかできないような職人技に思えた。拍手の大喝采、ブラボーの嵐が満員の会場にこだました。退場時に抱き合って喜ぶオーケストラのメンバーに惜しみない拍手が送られた。そしてムーティも、退場しかけたオーケストラの中に再び登場、花束を持って会場に手を振っていたのは印象的だった。

2025年4月12日土曜日

ヴィヴァルディ:ギター協奏曲集(g: アンヘル・ロメロ、アカデミー・オブ・セント・マーチン・イン・ザ・フィールズ)

社会人になってはじめてのボーナスで買ったスピーカーを、33年ぶりに買い替えた。長年聞いてきたONKYOのスピーカーは、ツイーターが壊れてノイズが乗り、コーン紙は破れて音が割れていた。その状態で20年以上我慢したのは、ひとえに部屋が狭かったり、子供が小さかったからだ。引越しを繰り返した若い頃は仕事に忙しく、そもそも音楽を家で聞く余裕はなかった。私の音楽体験は、月に一度程度の演奏会と、あとはイヤホンで聞く携帯音楽プレーヤーに限られていた。

昨年の春に息子の受験が終わり、家を出て行ったので、我が家にようやく自分の時間と空間が生まれた。そうだ、スピーカーを買おう。そう決心したのは涼しくなってきた秋の頃で、そうなると居ても立っても居られなくなり、家電量販店に赴いて試聴する時間も勿体ないので、評判の良さそうな代物をネット検索するうち、YAMAHAのトールボーイ型に目が留まったのだ。YAMAHAにしたのは、かつて聞いたいい音の体験が、ことごとくYAMAHAだったことに加え、舶来品はこのところの円安で、値段が高騰しているからだった。YAMAHAのスピーカーは、ピアノに使われる素材でできており、艶があって高級感を放ち、インテリアとしても抜群に思われた。3-wayというのも気に入ったし、これを機にスピーカー・コードも新調した。

新しいスピーカーで聞く音楽は、買わなくなって久しいCDに、再び耳を傾ける機会を与えてくれた。それまで聞いていたCDでは聞き取れなかった細微な音まで再生してくれるので、ごく小さな音量でも落ち着いたムードに浸ることができる。今まではある程度大きな音で聞かないと、音楽が楽しめなかった。このことは、演奏の好みに影響を与える事態となった。そして今日は、春爛漫の陽気の中、朝から何かを聞こうと思い、取り出したのがヴィヴァルディの協奏曲集である。

バロック時代の後期にヴェネツィアで生まれたヴィヴァルディは、600余りの協奏曲を作曲したことで有名で、このほかにも50を超えるオペラ、70を超える室内楽曲を作曲した大作曲家である。当時、音楽の都はまだウィーンではなくヴェネツィアだった。そのヴィヴァルディの、特にギターを独奏楽器とする協奏曲集が、私の手元にあった。ギターの名手アンヘル・ロメロが独奏をつとめる。もっとも収録されている7つの曲は、もともとはギターのための曲ではない。その収録曲をオリジナルを含めて記すと以下のようになる。

1. 協奏曲ト長調RV435(フルート協奏曲)
2. 協奏曲イ短調RV108(フルートと2つのヴァイオリンのための協奏曲)
3. 協奏曲ニ長調RV93(2つのヴァイオリンとリュートのための協奏曲)
4. トリオハ長調RV82(ヴァイオリンとリュートのためのトリオ・ソナタ)
5. 協奏曲ニ短調RV540(ヴィオラ・ダ・モーレとリュートのための協奏曲)
6. 協奏曲ト長調RV532(2つのマンドリンのための協奏曲)
7. 協奏曲ホ長調RV265(ヴァイオリン協奏曲)

ヴィヴァルディと言えば「四季」が突出して有名だが、たしかに我が国の入学式で演奏されるのが「四季」の「春」となっていて、桜の咲くシーズンのイメージにぴったりである。イタリアの春を旅行したことはないのだが、不思議なことにヴィヴァルディで聞くヴァイオリン協奏曲は、この時期の明るく霞がかかり、少し眠気も誘う物寂しい心境によくマッチしている。

日本人は古来、桜に人生の儚さを見出し、その心象風景は陽気一辺倒なものではなかった。「ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」(紀友則)というわけである。この心理にピタッとくるのが、膨大な数に上るヴィヴァルディの協奏曲、その緩徐楽章であると感じている。そのヴァイオリンのパートをギターで奏でると、さらにムードが増す。もともと音量が小さく繊細で、弦をはじいてもすぐに減衰する音波は、まさに儚い音楽の物理学的証明でもある。チェンバロもその類で、これによる通奏低音などが加わると、風景は「動」ではなく「静」となって目の前に現れる。

YAMAHA NS-F700

イタリアの春は、日本の春に似ているのだろうか?少なくとも四季がはっきりと分かれ、そのそれぞれに思いを巡らす伝統があるとすれば、このヨーロッパ文化の核を成していた国に大いに共感を抱くことになる。ともあれ、今朝は心地よいイタリアのバロックに耳を傾けた。このロメロのディスク、かなり久しぶりに聞いたが、アカデミー室内管弦楽団(と我が国では呼ばれる)の明瞭な伴奏が心地よく、あっという間に最後まで聞いてしまった。

実は今日、東京・春・音楽祭でリッカルド・ムーティの指揮するイタリアの管弦楽作品を聞く。そのための序奏として、この演奏は大いに気持ちを高揚させるものだった。桜の歌をもう一つ。「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」(在原業平)。

2025年4月8日火曜日

ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス(2025年3月6日東京文化会館、ヤノフスキ指揮)

CDなどのメディアで聞く時と、実演を聞く時とでは、同じ曲でも印象が随分異なることが多い。どちらがいいかは、一概に言えない。このたび私は、生まれて初めてベートーヴェンの大曲「ミサ・ソレムニス」を聞いた。一生に一度は生で聞いてみたいと思っていた曲だ。2020年、ベートーヴェン生誕250年の年にこの曲は演奏されるはずだった。ところがコロナ禍で多くのコンサートが中止を余儀なくされた。この曲を聞く機会は、いったん消えてしまった。あれから5年、ようやく再びその機会が訪れたのだ。

ベートーヴェンは「第九」の前に「ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ)」を作曲した。この2つの大曲は並行して作曲が進められた。「第九」の方はほとんど人がメロディーを知っており(だって年末のスーパーマーケットに流れている)、一部の人は一節を原語で歌えるほどであるのに対し、「ミサ・ソレムニス」の方はまったくそういうところがない。何度聞いても、この曲を口ずさめるようにはならない。だが「ミサ・ソレムニス」は「第九」に比して劣る作品かというとそうではなく、むしろ秀でた作品とされている(それはベートーヴェン自身が言っていることだ)。

けれども「ミサ・ソレムニス」が演奏される機会は非常に少ない。4人のソリストと合唱団を揃えるのが大変で、コストに見合わない、というのは事実ではない。なぜなら同じ規模の「第九」は、それこそ(我が国では)年中演奏されているからだ(曲が難しいから練習が大変であるにもかかわらずチケットが売れない、ということはある)。おそらく音楽的な要素が両曲で異なり、ミサ曲にはそれに合わせた複雑な技法が駆使されている、と見るのが正しいのではないか。私は楽譜も読めないが、おそらくこの曲は歌うのもかなり難しい。第一、4人のソリストと合唱はほぼずっと歌っており、オーケストラも大変な力量を要するように思う。それを束ねる指揮者となれば、いわゆる素人の熱演では済まされない側面があるのだ。

巨匠が残した録音でも、これを80分にもわたって聞き続けるだけの集中力を維持するのは難しい。いっそ実演で聞くことができれば、その音楽の実際のところが見えてくるのではないか。私はそう考えた。そしてその時が来た。今年21年目となる東京・春・音楽祭で上演されたワーグナーの「パルジファル」は大変な名演だったようだが、その際に登場したソリストと合唱団、それに指揮者とオーケストラが、わずか数日後にこの曲を披露する、というのだからちょっとしたものである。

その独唱陣は次の通り。ソプラノはグアテマラ出身!のアドリアナ・ゴンサレス、メゾ・ソプラノがアリアーネ・バウムガルトナー、テノールにステゥアート・スケルトン、そしてバスはタレク・ナズミ。いずれも世界的に活躍するワーグナー歌手陣。グルネマンツやクンドリを歌った歌手が、そのまま東京に残って歌う贅沢なもの。マレク・ヤノフスキ指揮NHK交響楽団、合唱は東京オペラシンガーズ。4月4日にも同じ演目のコンサートがあったから、これは1日空けての2回目ということになる。

全体に8割程度の入りに見えた。私は3階席の向かって左端で、少し視界が遮られるがオーケストラを見下ろす感じで悪くない。歌手陣はオーケストラの後、合唱団の前に陣取るから良く見える。そして驚いたのは、その音の生々しさだった。4人のソリストのみならず、オーケストラの響きの豊穣さに圧倒された。これはNHKホールではありえない音だと思った。3階とは言え、この席は悪くないのか、それともホールがいいのか、あるいは音作りが抜群に上手いのか。とにかく家でスピーカーから聞こえる音とはけた違いにヴィヴィッドである。特に管楽器と低弦の響きが大変美しいと思った。

ヤノフスキの指揮は速すぎるという人がいるが、これは体感的なものだろうし、最近はこの曲もスッキリした演奏が増えているので、私は違和感はない。そして冒頭にも書いた通り、これほど見事な音楽が生き生きと響いてくることに、心から驚かざるを得なかった。それが最初だけなら、良くある話だ。しかしヤノフスキの指揮は弛緩することなく集中力を維持し、全体の長さと規模の大きさを見通すバランスも見事だった。短期間とはいえ、「パルジファル」から続く共演によって生み出された一体感、呼吸の良さ、インティメーションとでも言うべきものが感じられた。

ベートーヴェンの大作は、途中から訳が分からなくことがある。「フィデリオ」の第2幕がそうで、熱量が過剰気味となりストーリーなどどうでもよくなってくる(その意味で極めてバランスの悪いオペラだ)。「第九」の第4楽章にも若干そのような傾向があるが、この「ミサ・ソレムニス」にも同様なものを私は感じていた。ところが今回の演奏では、そのような歪みが感じられなかった。醒めた演奏ということだろうか?そのあたりは、他の演奏を聞いていないのでよくわからない。ただ、もしかするとこの曲は、弛緩して退屈するか、あるいはエネルギー過多に陥って、無駄なシンチレーションを起こすか、どちらかになってしまうような気がする。ヤノフスキの演奏はそういうことがなく、これは職人的に大名演の類ではないかと思われた。

4人の独唱は総じてうまく、だれのどこがどうの、という印象ではない。またコンサートマスターの川崎洋介が起立して演奏した「ベネディクトゥス」の独奏部分には目を見張るような気分にさせられたし、最後の方でトランペットが太鼓とともに鳴るシーンも(ここでハッとする)、やはり実演で聞いていると大変印象的であった。

当然拍手は鳴りやまず、オーケストラが去った後でもカーテンコールが続いた。そしてそれが2回目に及ぶのは、やはり珍しいことだ。それほど聴衆は、この滅多に演奏されることのない大曲の類まれな名演に盛大な拍手を送った。

上野の春は桜が満開で、大勢の人で賑わっていた。そのまま帰るのは何となく惜しいので、桜の通りを不忍池方向まで下った。昼に降った雨もすっかり上がって快晴となっていた。傾きかけた太陽の光に照らされて、ピンクの花びらがいっそう輝くのを惜しむように眺めながら家路についた。

2025年4月3日木曜日

ブラームス:「ハイドンの主題による変奏曲」変ロ長調作品56a(クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団)

ブラームスの今一つの管弦楽作品「ハイドンの主題による変奏曲」は、ハイドンの作品を元にしたものではない。ハイドンの作品とされていた頃のディヴェルティメント第46番変ロ長調Hob.II.46の第2楽章を題材としている。この曲は「聖アントニウス」というタイトルが付けられているように、古い讃美歌の旋律が用いられている。もっともこの作品が疑作とされたのは最近のことのようで、手元にある「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂、1981年)にはハイドンの項に「6つの野外組曲」の第6番(1780年頃)として、「ブラームスが変奏曲の題材として用いた」と掲載されている。

ブラームスはこの変奏曲を、まず2台のピアノのための曲として制作した(作品56b)。その後管弦楽作品に編曲したが、実際には管弦楽作品としてよく知られている。主題と終曲に挟まれた8つの変奏曲から成り立っており、演奏時間は20分に満たない。しかし他の作品同様、なかなか味わい深い素敵な作品である。

クラシックのCDを毎月1枚と決めて買い求めていた学生の頃、ブラームスの交響曲第2番が聞きたくなった。私には珍しく当時新盤として発売されていたクリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団のCDを、どういうわけか買った。おそらくレコード屋に並んでいて目に留まったのだろう。レーベルはTeldecであった。その余白に「ハイドンの主題による変奏曲」が収録されていたことは、ほとんど気に留めなかった。

演奏は案外つまらないものだった。CDは月1枚しか買えないため、できるだけ自分にとっての名演奏を揃えたいと思っていたから、これはショックだった。新譜CDであるためそこそこの値段だったこともある。だが長い熟慮の末、もしかしたらと思い切って買う時には、賭けのような楽しさもあった。後年お金に余裕ができると、そのギャンプル傾向は拍車がかかった。ところがある日、交響曲ではなく「ハイドン」の方を聞いたみたところ、その演奏が何とも素晴らしいのである。地味だと思っていたドホナーニのブラームスが、その熱い演奏によって素晴らしく印象に残るものとなった。このCDは私にとって専ら「ハイドン」を聞くためのものとなった。

この曲の記事を書くにあたって、当然のことながらこの演奏にしようと決めていた。ところが、久しぶりに聞きなおそうと我がCDラックを漁ったところ、1000枚は下らないその中に見つからない。実家に置いてきたか、あるいは見切りをつけて中古屋に売ったか(CDとして所有する上での最大の問題点は、その収容スペースの確保である)、いずれにせよ聞くことができない。仕方がないから音質は劣るが、Spotifyで聞こうとした。ところが、どう検索してもこの曲がヒットしないのである。

Spotifyの音源を管理するデータベースは、おそらく一般的な関係データベースではない。若干専門的な話になるが、インターネットの検索エンジン同様、キーワードに対しもっともよく検索されるものを先に表示することを優先するグラフ型のデータベースを構築しているのではないか。このデータベースでは、検索条件に合致するものを正確にあまねく検索するわけではない。検索のスピードは向上するが、条件に合うすべてを結果表示するものではないことに留意する必要がある。まさに「芋づる式」であるが、全体がわからないのである。

ドホナーニの演奏では、最新のフィルハーモニア管弦楽団とのブラームスの録音は、かなり上位に表示される。この全集には「ハイドン変奏曲」は含まれていない。クリーヴランド時代の演奏は地味であまり売れなかったから、今や廃盤になって久しい。こういう演奏を検索するには工夫を必要とする。ところがどう検索しても現れないのだ。ある時私は意を決して、ドホナーニに演奏を表示される限り探っていったが、やはり出てこないのだ。

Spotifyでは聞くことができないのかも知れない。そう判断した私は、いっそ中古盤を買うか(といっても第2交響曲は不要だが)あるいはダウンロード購入ができないか、と考えた(いつものやり方だ)。このため普通のGoogle検索を試したところ、何とこの曲は「Cleveland Orchestra」というタイトルで配信専用のリリースがされていることが判明したのだ(Warner)。クリーヴランド管弦楽団はジョージ・セルの輝かしい時代に多くの演奏が残っているが、その古い録音を含む、いわばアーカイブとしてこの音源はリリースされている(2023年)。何とこの中に「ハイドン変奏曲」が含まれていることが判明した。そしてSpotifyで「Cleveland Orchestra」と検索したところ、たちどころにヒットした。幸運にしてこのように私は、数十年ぶりにドホナーニの「ハイドン変奏曲」にたどり着くことができたのだった。

私はこの曲を、まるで交響曲のように聞いている。主題と第1変奏までは第1楽章で、旋律が明確に示されて期待が高まる。そのあと第4変奏あたりまではゆったりと、伸びやかなメロディーが続く。いわば緩徐楽章である。第5変奏からはスケルツォとなり、中間部のような第7変奏を経て短い第8変奏に至る。終曲は長く、ここでコラールの主題が回帰しクライマックスを築くのである。ここは「パッサカリア」と呼ばれる形式で、ブラームスはあの交響曲第4番の第4楽章で、長大な「パッサカリア」を作曲していることを思い出す。

久しぶりに聞いたドホナーニの演奏は、剛直でキリっと引き締まった熱演である。他の演奏をあまり聞いていないから何とも言えないのだが、定評あるザンデルリンクでもどこか退屈であり、ジュリーニの演奏などは遅くて聞いていられない、というのが私の率直な感想。この2つの名演奏は大変評価が高いが(モントゥーも)、交響曲でも取り上げる機会がなかったので、ここで少し触れておいた。

2025年4月2日水曜日

サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調作品61(Vn:アンドリュー・ワン、ケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団)

3月に入って足踏みしていた春の陽気もようやく本番となり、東京では桜が満開である。このような時期にサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番第2楽章を聞いていたら、妻が何と今に相応しい春の音楽か、と言った。たしかに明るく朗らかな気持ちにさせてくれる曲である。第3番は3曲あるサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲の中でも、とりわけ有名で演奏機会も多い。1880年に完成し、サラサーテに献呈された。

私はCDを買わなくなって久しいが、長年Spotifyのプレミアム会員である。音質はCDに劣るものの、スマホを含め日常的に、膨大な数の音源を無制限に楽しむことができる。このサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲の場合も、定評ある歴史的演奏から最新の演奏まで、数えきれないくらいの録音が検索された。自分にとっての決定版がない曲では、さてどんな演奏が良いかは、この検索結果によって何を聞くかで決まる。Spotifyはどういうアルゴリズムになっているのかわからないが、視聴数の多い(つまりは人気がある)順に表示されるような気がしている。

かつては店頭でたまたま試聴するか、さもなければ事前に音楽評論家の文章を手掛かりに、購入するディスクを決めてレコード屋に赴いたものだが、今ではそれに代わって、もっとも良く聞かれている録音がたちどころにわかる塩梅である。その結果、意外な演奏や、決して試聴などしなかったであろう演奏、あるいは長年聞きたかった歴史的名演奏に出会うことが多くなった。そしてサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番に登場したのは、アンドリュー・ワンが独奏を務める全集だった(2015年)。伴奏はケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団である。

アンドリュー・ワンというヴァイオリニストを、私は知らなかった。調べてみると、彼はカナダ人でモントリオール交響楽団のコンサート・マスターであることがわかった。ナガノは長年音楽監督を務めていたから、その頃の録音ということになる。モントリオール交響楽団はシャルル・デュトワが世界一流のオーケストラに育てたことで、とりわけフランス音楽に定評があった。だからサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲にもうってつけ、というわけである。

その演奏は現代風のきれいな音色に、きちっと楷書風の伴奏が付いて録音もいい。もともとフランチェスカッティやシェリングといった旧い演奏家が、個性的な演奏を聞かせる名曲だった。パールマンは80年代、新しい演奏に思えたし、その魅力は今でも新鮮だが、このディスクの欠点はバレンボイムの指揮するパリ管弦楽団で、何かもやのかかった中途半端なものに聞こえる。ヴァイオリンが風味満載でもオーケストラがいかにも凡庸、ということはよくあることで、この曲もそういう演奏が多い。

一アマチュアがどうこの曲を聞こうと、それは勝手で自由なので、私はいつもこの曲に北アフリカの風景を重ね合わせている。第1楽章の冒頭は、チョン・キョンファで聞くとアリランのように聞こえるが、そういう異国を思わせるような情緒があるように思う。これは偶然ではないだろう。なぜならサン=サーンスはしばしばアルジェリアに避寒し、無類の旅行好きとして知られているからだ。ピアノ協奏曲に「エジプト風」というのもあるくらいである。

その第3協奏曲の最大の聞き所は、何と言っても長い第2楽章であろう。過ぎ行く夏を惜しむようなメロディーは(妻は春の曲だと言ったが)、誰もが口ずさみたくなりような曲だ。木管と絡みながら、何度もこのメロディー繰り返されるのを聞いているうちにうっとりとする。サン=サーンスを聞く時、このような魔法のメロディーにしばしば遭遇する。

しばし時の流れるのも忘れるような気分が、決然としたカデンツァによって打ち消されると第3楽章である。この楽章は長い。ヴァイオリンの特性を生かした、また一つの素敵な協奏曲だと思う。明るく伸びやかなメロディーがロンド風に変奏されてゆくのを聞くと、幸せな気分になること請け合いである。そしてワンとナガノによえう演奏は、じっくりと細部にも気を配りながら、きっちりと演奏している。ヴァイオリンの個性や技巧に驚くようなところはないが、そうでない方法で、音楽としての魅力を伝えることに成功している。それがこのライブ録音の魅力である。

2025年3月31日月曜日

ブラームス:「悲劇的序曲」ニ短調作品81(レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ブラームスの2つある演奏会用序曲はほぼ同時期に作曲された。片方が「悲劇的序曲」なら、もう片方の「大学祝典序曲」は喜劇的作品(ブラームス自身「スッペ風」と言った)である。ブラームスは丸で喜劇的傾向を埋め合わせるかのように「悲劇的」を書いた。「喜劇的」(笑う序曲)の方は必要に迫られて嫌々?作曲したが、「悲劇的」(泣く序曲)の方はそれを皮肉るかのように?作曲した。ブラームスとしては、「悲劇的」にこそ重心を置き、自らの精力をより重点的に注いだ、と思われる。

これは聞いてみると明らかだ。「悲劇的序曲」はわずか十数分の曲ながら、交響曲を聞くような重厚さと複雑さを有している。交響曲のレコードの余白に収録されることが多いため、長い間私は、この作品を軽視してきた。コンサートで取り上げられる時も、どこか気乗りのしない気分だった。「悲劇的」などというタイトルが付けられていることが、どこか暗くて楽しめない作品に思えていたのだ。だがそれは違った。メロディーは時に静かで美しく、かと思えば激しく迫力がある部分もあって飽きることがない。その全体にブラームスの香りが充満している。

レナード・バーンスタインが2度目となるブラームス交響曲全集を、ウィーン・フィルと録音したのは80年代初頭の頃だった。この頃のバーンスタインはウィーン・フィルと蜜月関係にあって快進撃を続けており、その金字塔とも言うべきベートーヴェン交響曲全集をリリースして少したった頃だった。だが、ベートーヴェンの方はデジタル録音の時代に間に合わなかった。ドイツ・グラモフォンのLPジャケットの右上が、ペロッとめくれているのが「デジタル録音」のしるしで、これがあるととても新鮮な感じがしたものだった。

我が家にはそのバーンスタインのベートーヴェン全集に続き、ブラームス全集が揃えられた。4枚組。順番に聞いていった。3つの管弦楽作品が各交響曲の後に収録されていた。演奏時間の関係からこれらの作品は、第2番や第3番とカップリングされることが多いが、作曲されたのも丁度この時期である(バーンスタイン盤のこの曲は第4番の後)。ブラームスの作品はその多くをウィーン・フィルが初演しているが、この「悲劇的序曲」もその一つである。

バーンスタインの演奏は、それまでにない共感を覚える新鮮さに加え、艶と深みのある魅力的なものだった。ウィーン・フィルの特徴を最大限に引き出すと当時に、これをライブ収録することで、熱のこもった臨場感と二度と同じ演奏はできないと思わせるほどの緊張感を併せ持っていた。この様子は今でも色あせることがない。久しぶりにそのバーンスタインの「悲劇的序曲」を聞いている。

数ある「悲劇的序曲」の演奏の中で、バーンスタインの演奏は遅い部類に入る。この曲ではキリっと引き締まった直線的演奏が多いが、バーンスタインは丸でシューマンの曲のようにテンポを揺らす。和音がバシッと決まると、続いて大海原を行くかのような深い呼吸に合わせ、管楽器が思い入れを込めて歌う。この中間部にある静かな行進曲風のメロディーの印象的なこと!

音楽は多様に変化しつつも、その過程に目まぐるしさを覚えることはなく、複雑であるにもかかわらずむしろ自然に進む。凝縮された中に次々とメロディーが浮かんでは消え、そのそれぞれに作曲家と演奏家の息遣いを感じるのは、曲の完成度がすこぶる高い証拠だろうと思う。ずっしりと重いが、無駄がない。筋肉質の体操選手に見とれるような感覚とでも言おうか。そしてフィナーレで一気に弦楽器が駆け上り、鮮やかに曲が終わる。バーンスタインのように、表情付けが堂に入って多彩であればこそ、短い中に多くの要素を味わうことができる素晴らしい曲としての真価があらわになる。

2025年3月30日日曜日

ブラームス:「大学祝典序曲」ハ短調作品80(ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団)

いまの大学入学共通テストが共通一次試験と呼ばれていた頃、理数系の大学を目指す受験生として私が毎晩耳を傾けていたのが、旺文社の提供する「大学受験ラジオ講座」だった。この番組は全国のAM局でも放送されていたが、私が専ら聞いていたのは日本短波放送(ラジオたんぱ。現、ラジオNIKKEI)での放送で、確か夜の11時台だったように思う。テキストを買って毎晩異なる教科の講座を聞くのだが、日によっては受信状態が悪く、ノイズや伝播障害で聞き取れないことも多かった。

その番組のテーマ音楽が、ブラームスの「大学祝典序曲」の一節だったことはよく知られてる。ラジオたんぱにはこのほかに、「私の書いたポエム」(モーツァルトのト短調交響曲)や「百万人の英語」(ハイドンの「時計」)といった番組もあって、クラシックの有名曲がテーマ音楽に使われていたのでよく覚えている。だがその「大学祝典序曲」が何と、われらが阪神タイガースの元主砲、掛布選手のヒッティング・テーマの原曲であることは、80年代以来の阪神ファンである私も知らなかった。

それほどにまで我が国では有名な同曲だが、この曲を演奏している指揮者はさほど多くない。というより、大指揮者でもこの曲だけは演奏していない人がなぜか多いのだ。カラヤンしかり、ジュリーニしかり、ベームしかり。いずれも「悲劇的序曲」や「ハイドンの主題による変奏曲」には名演奏を残しているにも関わらず、である。なぜだろうか?

想像するにブラームスは、あまに気乗りしないまま作曲したので、安直な、従って低俗な曲だとみなされているからではないだろうか?それはブラームス自身が言っている。彼はある大学から贈呈された博士号に対するお礼のため、学生歌をつなぎあわせるような形で作曲した。並行して作曲した「悲劇的序曲」とは対照的に、明るく楽天的な曲である。口ずさめるようなメロディーが次々と現れるので親しみやすい。おそらくブラームス嫌いの人でも、この曲は楽しめると思う。

私も音楽を聞き始めて、初めて親しんだブラームスの作品だった。わずか10分の曲で歌謡性に溢れているが、それでもブラームスらしい音運びは十分に感じられる。大学合格を目指す受験生には相応しく、最後にはシンバルやトライアングルも伴って華やかに盛り上がり、大変ハッピーな気分で終わる。初演の指揮は作曲者自身だった。

私の好みの演奏は、ブルーノ・ワルターがコロンビア交響楽団を指揮した一枚ということにしたい。この演奏は、ステレオ初期にハリウッドで録音された交響曲全集に含まれているもので、何度もリマスターされては再発売されているが、録音も大変ヴィヴィッドで晩年のワルターとは思えないほどの溌剌さが感じられる。演奏として大変立派だが、ドイツ風の重厚な響きを求める人にとっては、本物ではないと感じられるかも知れない。ワルターはウィーンの正統的な指揮者だから、敬意を表しないわけにはいかないので、大変ユニークな演奏と言えるだろう。しかし「大学祝典序曲」に関しては、このような議論は不毛である。

さてこの曲をテーマ曲としていた「大学受験ラジオ講座」はいつまで放送されていたのだろうか。いろいろ調べてみたところ、それは95年頃までのようだった。今から30年も前のことである。一方、1952年には番組が始まっているというから大変な長寿番組だったということになる。伊藤和夫、寺田文行、J・B・ハリスといった名講師陣の声が思い浮かぶ。

「トリトン晴れた海のオーケストラ」第19回演奏会(2026年10月24日、第一生命ホール)

2015年に設立された「トリトン晴れた海のオーケストラ」は、第2巡目となるベートーヴェン・ツィクルスを行っており、とうとう交響曲第7番まで来た。指揮者を置かない室内オーケストラとして、なかなかの評判であることは前から知っていたが、一度も実演に触れたことはなかった。 今回の演奏会は...